カワイイはつくれる最強といって憚らない同級生が、どういう訳だか、急に「可愛くなりたい」と言い出した。
正直、また面倒なことを、と思ったが、十中八九、例の親友絡みだと分かっているので、もうそれについては口には出さずに、とりあえずどうしてなのか尋ねることにした。
「だって、可愛いほうがモテるって。」
「男が可愛くってどうすんだよ。ってか、誰にモテたいの?」
そう重ねて尋ねると慌てた顔をして、拗ねた口調でボソボソと返す。
「や、そーいうんじゃなくて、何ていうか、その、ほら、あれだよ、俺のほうが顔がいいはずなのに、傑のほうがモテるって、おかしくね?」
「いや、お前の言ってる意味が全く分からん。それと可愛くなりたい、が、どう繋がんの?」
「体格的には、俺の方が身長高いけど、ガタイの良さは、傑のほうが俺より分厚いからさー。で、他に勝てるとこ考えてたら、可愛さかな?って。」
真面目な顔をしてそんなことをいう目の前の男に、今度は隠さず大ため息をついた。馬鹿だバカだとは思っていたけれど、ここまでとは…と思いかけて、いや、もう分かっていたはずだろうと、自分に言い聞かせる。彼の専属教育係は、この件では期待できない、というよりは、このバカ寄りなので、こうなったら逆にノッてやろうじゃないかと、半ば自棄っぱちになる。
「で、どうして欲しいの?」
「だからぁ、可愛くなりたいんだって。」
「……。ん、分かった。ちょっとここで待ってな。」
そう言って自室に戻ると、メイク道具一式を持って彼のもとへ引き返してきた。
「とりあえず、私に出来ることはやってやるよ。後で文句言うなよ。あと、礼はタバコ1カートンとビール1ケースよろしく。」
大人しく待っていた男にそう言い放つと、返事を待たずにおもむろに化粧を始める。黙っていれば確かに造作は整っているし、腹が立つくらいにキメが整った肌をしている。
油性マジックで落書きしたい気分をグッとこらえ、ベースメイクはパウダーで簡単にして、下まぶた以外のアイメイクを完成させ、クリアなアイラッシュカーラーで密で繊細なまつ毛を整えてやる。目の下の高い位置にフワッとチークを入れて、
「仕上げにもうひと手間。」
と、涙袋に沿ってアイシャドウを塗っていく。涙袋の影になる位置にラインを引いて、涙袋をふっくらとみせるために、パールシャドーを指でポンポンとのせてみた。
「光を集めて、ぷっくりとした涙袋は、カワイイんだってさ。目は口ほどに物を言う、っていうし。どうよ?」
前髪を止めていたクリップを外し、手鏡を渡してやる。ここまで口も出さず神妙に座っていた男は鏡をまじまじと覗き込むと、小首をかしげる。
「俺、カワイイ?」
「んー、カワイイカワイイ。夏油にみせてきたら?」
「そーだな!これなら勝てるかも!硝子、サンキュ。」
と、おもむろに立ち上がり、共有部分から自室の方へパタパタと足早に戻っていった。
「礼、忘れんなよー。」
後ろから声をかけるも、ひらひらと手を振られて姿が見えなくなった。
タバコが吸いたいと思いながら、メイク道具を片付ける。
「お医者様でも草津の湯でも、って。…あーめんどくさ。私を巻き込むな。」
そうつぶやくと、喫煙スペースに向かうのだった。
その後、勝負がついたかどうかは、預かり知らぬこと。