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    やさか

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    やさか

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    フェルジタの現パロオフィスラブ風味なオメガバースパロです。

    ①からどうぞ。①に注意書きもあります。
    https://poipiku.com/2083344/6074262.html

    最終回です。不穏しかないです。ここまで読んで下さってありがとうございました!

    運命④(終) 久々に会った彼は、相変わらず美しかった。黙ってその場にいるだけで、場の雰囲気を圧倒するような迫力のある美しさだ。
    「久々の食事だな。嬉しい」
     少し疲れた雰囲気はあった。しかし、輝かしい美貌は健在だ。どこか人間離れした美貌だと、今更ながら漠然と思う。
    「そうですね」
     お互いの食べたいものを選んでいく。相変わらず、ルシフェルの選ぶものは、ジータも好きなものばかりだ。
    「研究が完成したんですね、おめでとうございます」
    「ありがとう。君の本望でもあると思ったから、君に祝ってもらいたかった」
    「これで、苦しむオメガの人が減るんですね。私の友達もきっと喜びます」
     しかし、その後はなかなか会話が続かなかった。食事が運ばれてきたため、どうにか食事のことで話を繋ぐことはできた。しかし、以前のように盛り上がらなかった。
     お互い淡々と食事をしているという感じだ。何となく、味もしないような気がした。一緒に居るのが気まずくて、何度か用事もないのにお手洗いに立った。
    (もう……駄目なんだろうな)
     トイレで鏡を見つめながらそんなことを思う。きっと、これが彼との最後の食事のような気がした。
     
     食事も終盤に差し掛かった頃。
    「……ジータ、聞きたいことがある」
     ルシフェルが急に名前を呼んだ。
    「私のことが……嫌いになったのだろうか」
     ジータが返事をする前に、単刀直入に聞かれた。彼は表現がストレートだ。だから、今日それを聞かれるのではないか、心のどこかでそう思ってはいた。
    「嫌いというわけでは……」
     そう、嫌いではない。怖いのだ。彼の存在が怖い。彼の頭が良すぎるのか、それはわからないが、ジータの頭では理解できないことが多すぎる。
    「それならば、どうして避けるのだろうか。もう残業は忙しくないのだろう? 少し前に定時後に君を訪ねたら、君の先輩がいてそう言っていた。君が気にすると思って、君の先輩には口止めを頼んだが」
     返事はそれなりにしていたから、あれからも部署に足を運ばれていたとは思わなかった。
    「あ、そ、そうですね……その……」
     何と答えればいいかわからない。息が苦しい。目が泳ぐ。少し手が震える。そのジータに対し、ルシフェルはそっと尋ねる。
    「やはり私が男だからだろうか? 君が経験したことを考えれば無理はないと思うが」
     確かに、以前は距離の近い男性が怖かった。でも今は違う。ルシフェルの存在自体が怖いのだ。
     しかし。彼に言われてふと、そういうことにすればよいかもしれない、そんな悪いことを思ってしまった。性別は変えられるようなものではない。理由がわかれば、彼も自制してくれるかもしれない。
     だから、肯定の言葉を紡ごうとしたときだ。
     彼は、とんでもないことを口にした。
    「君が怖がる理由も理解できる。アルファの男性に君の友達は襲われ、君自身は気絶するほど強い力で突き飛ばされたのだから。男性が怖くなるはずだ」
    「……」
     心臓を鷲掴みにされるというのはこういうことか。
     最初は聞き間違いかと思った。でも、聞き間違いではない。確かに彼は言った。
    「気絶するほど強い力で突き飛ばされた」と。
    (どうして……知っているの?)
     昔オメガの友人がアルファの男性に襲われ、男性が怖いことは話した。でも、友人を助けようとして、自分が突き飛ばされたことは一言も話していないはずだ。
     心臓がうるさいくらい音を立てている。血の気が引きそうになる。体が震えそうになる。呼吸が先ほどより苦しい。
    (この人は何なの……?)
     どうして彼はジータが言ってもいないことを知っているのか。全然検討が付かない。しかし、考えるより先に本能で悟る。……きっとこの人は危ない人だ。考える前に早く逃げた方がいい。
    (気づいたことを、悟らせたら駄目だ……)
     彼は失言したことにきっと気づいていない。悟られないように、早く逃げなければ。
     とっさに、携帯が鳴った振りをした。
    「ご、ごめんなさい」
     一言謝罪を入れ、実際は着信を告げていない携帯に出る。
    「うん、ごめんね……今、外で……」
     不審に思われないように、本当にかかってきているようなイメージをしながら、繋がっていない携帯に向かって話を続ける。
    「わかった」
     通話を切る振りをしながら、ルシフェルに向き直る。
    「ごめんなさい、急な用事が出来てしまって。ここで帰ります」
    「……」
     上手く嘘をつけただろうか、心配になりルシフェルの表情を読もうとするかうまく読めない。何も発言もしてくれない。わからないが、もう不審に思われたままでもいい。一刻も早く離れたかった。
    「わかった、送ろう」
    「いえ! 大丈夫です。食事も残っていますし、ゆっくりしていってください! お会計、お祝いなので私がしておきますね」
     コートを着てマフラーを手早く巻き、バッグを手に取る。慌てて会計に行くと、店員がすぐに対応してくれてすぐに終わった。そのまま店を飛び出す。少し小走りに近い早歩きで少しでも店から離れようとする。
    (何、何、何?)
     わけがわからない。もしかして、誰かから聞いたのか? いや、ジータは会社の人間には先輩にしか話してはいないし、先輩は常識のない人ではない。内容が内容だから、ルシフェルにはきっと話していない。
     それならば、人には話していないジータの過去をどうしてルシフェルは知っているのか? 全然わけがわからない。不気味で怖い。自分は今まで、こんなに不気味な人とこんなに近い距離にいたのかと鳥肌が立った。
     混乱しながらも、早歩きをし続けたためか、どんどん息が荒くなってきた。体も熱くなってきて、汗が流れ始める。心臓もドクドクと大きい音を立てている。辛くなり、少しだけ歩みを緩める。巻いていたマフラーを外しコートの前を開ける。
    (熱い……)
     少し歩みを緩め呼吸を整えれば、冬の涼しさもあり落ち着くと思っていた。しかし。
    (なんで……全然、落ち着かない……)
     熱が全く引かない。思わず座り込む。それどころか、体は熱くなる一方だ。
    「はぁ……はぁ……」
     呼吸も辛く、荒くなってしまう。明らかにおかしい。早歩きしたことによる熱だと思ったが、今は違うと確信していた。
     上手く例えられないが、体の芯が、体の奥が熱い。特に。
    (お腹……?)
     誰にも触れさせたことのない、下腹部の奥、そこが特に熱い。初めての感覚だ。運動後の熱とも、体調不良による発熱とも全然違う。熱いのだか、どこかもどかしい。
     頭もくらくらしてきた。うまく頭がまわらない。より呼吸が荒くなる。意識を手放してしまいそうになる。
    (これ……救急車、呼んだ方がいいのかな?)
     絶対におかしい。バッグから携帯を取り出しゆっくり操作する。救急車は何番をコールすればよかったのか、思い出そうとしてそこでジータは意識を手放した。体がぐらりと揺れ、倒れそうになることが辛うじて分かった。でもどうにもできなかった。
     
     体の熱で、ゆっくりと目が覚める。
    (あれ……ここ、ベッド……?)
     最後の記憶は、体調が悪くなり道の真ん中で座り込んでしまい、救急車を呼ぼうとしたところだった気がする。そして、自分は倒れてしまったはずだ。
     熱はまだ残っていたが、先ほどよりは少しだけ引いた気がする。考えられる余裕があった。少しだけ目を動かし、天井や周りを確認する。てっきり、病院のベッドかと思ったが、ぼんやりとした視界に飛び込んできた部屋の様子は、病院とは思えなかった。見覚えのないシンプルな部屋だ。ここはどこだろうか……
    「大丈夫か?」
     そこで声をかけられ、その声に体が震えた。声の方に目を向けると、声の主であるルシフェルがいた。ベッドサイドに腰をかけてこちらを見ていた。
    「!?」
     起き上がりとっさに距離を取ろうとするが、体が上手く動かない。ベッドの端に身を小さくし、不安げな視線で彼を見つめるしかできない。
    「心配ない、私の部屋だから。倒れそうなところだったんだ。間一髪間に合った」
     言われてみると、体の酷い熱以外、特に怪我などはなさそうだった。きっと倒れる直前に支えてくれたのだろう。
    「私、病院に行かなきゃ……体、おかしいんです……病気かも……」
     途切れ途切れに、ルシフェルにそう告げるが。
    「大丈夫だよ、病気ではない。単なるヒートだ。少しだけ抑制剤を飲ませたから、先ほどよりは落ち着いたはずだ」
    「ヒート? ……私、ベータですよ?」
     ジータはベータだ。それは検査の結果で明らかになっているし、ヒートだって一度も起こしたことがない。何を言っているのか、いつもより回らない頭で理解しようとするが、全然わからない。
    「今日からはオメガだよ。私がそうした」
    「……何を言ってるんですか? 全然意味がわからないですよ?」
     理解が全然追いつかない。やっぱり、この人は何かおかしい。恐怖のあまり少し震えながら苦笑いを浮かべて聞き返す。
    「本当に私が作りたかったのは、ベータをオメガにする薬だったんだ。それを君と食事をした際に少しずつ気づかれないように混ぜていた」
     ベータをオメガにする? どうしてそんな必要があるのか。オメガはヒートのせいで辛い思いをしている人が多い。どうして、ヒートのないベータをオメガにしなくてはいけないのか? そして、どうしてそんな薬を自分に? 訳が分からず、ジータはただ怯えながら、どこか楽しそうに話すルシフェルを見つめることしかできない。
    「最初に大学で研究していたのは、こちらの薬だったんだ。けれども、世間的にはオメガをベータにする薬の方を求められている、こちらの研究をメインにするのであれば、ベータをオメガにする薬の開発も会社の予算で進めてもよいと言われ、兄と一緒に今の会社に入ることにした」
    「どうして? どうして、そんな薬……何のために私に……」
     理解が追い付かない。彼が分からない。ジータの求める答えがどこにもない。怖くて涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえる。
     ……そこで、ジータは衝撃の事実を告げられる。
    「君が、私の運命の番だからだよ」
     彼は笑って言った。少し照れているのか珍しく頬が赤い。嬉しそうに目を細めジータを熱く見つめている。このような状況でなければ、愛の告白に見えるかもしれない。
     でも、ジータにとっては真逆だ。体が恐怖で凍り付く。その笑顔が怖い。
     相変わらずわからないことだらけだ。彼がジータを好きだとして。第二の性とは関係なく人は結ばれることはできる。だからアルファとベータとして結ばれれば問題ないはずなのだ。それなのにどうして彼はそんなことを考えたのか。
    「なんで……どうして……ベータでも関係ないでしょ?」
    「簡単なことだよ。君がオメガでなければ番にはなれない。君は私の運命の番なんだから」
     この人は、ジータの想像以上に番という存在にこだわっている。そこまでこだわる理由がアルファやオメガではないジータにはわからない。いや、アルファやオメガという事実に関係なく、彼の思考が歪んでいるだけなのかもしれないともふと思う。
     しかし、おかしいことに気が付く。
    (待って……時期がおかしい……?)
     ルシフェルはジータを愛した。運命の番だと勝手に思い込んだ。だから、ベータをオメガにする薬をジータに飲ませた。ここまでは、彼の異常さを抜きにすると、理解はできる。
     しかし、彼は会社に入る前、つまりジータに出会う前からベータをオメガにする薬を研究していたことになる。
    「嘘……ついてますよね?」
    「嘘?」
    「本当は別の人をオメガにする予定だったんじゃないですか? 私がルシフェルさんに会ったのは、今から半年くらい前です。でも、その前、入社前から研究していたと先ほど言いました。時期が合わないです。それか……そんな薬の存在自体嘘なんじゃないですか?」
     それは、薬の存在が嘘であって欲しいというジータの願望が含まれていた。しかし、そうでなければ、別の目的で……別の誰かをオメガにしたくて作っていたことになる。なんとなく、ルシフェルの性格を考えると、うろたえるような気がしたのだが。
    「あぁ、君は知らないから」
    「知らない……?」
    「君のオメガの友人を助けたのは私だよ。私が助けたんだ。だから、君と初めて会ったのは七年ほど前だよ」
     そういえば、ルシフェルがジータの過去を知っていた事実を思い出す。彼の言う通り、その場にいたのであれば、過去を知っていてもおかしくない……。その事実に改めて血の気が引いた。
    「あの日のことをよく覚えているよ。学校からの帰り道、騒がしいと思ったらヒートしたオメガがラットしたアルファに襲われていた。助けようと向かうと、小さくてか弱そうな君が目に入った。友を助けようと、自分より大きい相手に果敢に挑む君の姿はとてもとても美しいと思った。見とれてしまい、助けるのが遅くなって痛い思いをさせてすまなかった」
     そのときを思い出したのか、少し悦に入ったように告げられる。ジータは途中で気絶したため、友達が助けられた現場を直接見ていない。まさか、あのときに出会っていたなんて思いもよらなかった。
    「あのとき、君が運命の番だと確信したんだ。こんなにも心惹かれたんだ、君が運命の番のはずだと確信した。私は君を永遠に愛し守ろうと思った。……しかし、君はオメガではなかった。困った末に君をオメガにする研究を始めた」
    「違うっ、普通はそんなこと考えない……!」
     普通の人間ならば、相手がベータの時点で、運命の番だなんて思わない。やはりこの人はどこかおかしい。
    「違わない。君は絶対に私の運命の番なんだ。襲われたオメガは発情していたが、全く匂いを感じなかった。けれども、君からはとても良い匂いがした」
     そのとき、一気に距離を詰められる。
    「ひっ……!?」
     抵抗しようとするが、体に上手く力が入らず、彼の腕に抱き寄せられた。
    「やだっ……や……!」
    「今もとても良い匂いがする。抑制剤で抑えられてはいるが、フェロモンが少し混じっている。とてもいい匂いだ」
     首筋に顔を埋められ、くんくんと匂いをかがれる。気持ち悪くて、鳥肌が立つ。逃げたいが、熱を持った体は全然言うことを聞いてくれない。それどころか。
    (なんで私……この人の匂い、いいな、って思ってるの……?)
     抱きしめられているため、ルシフェルの匂いが広がる。その匂いで心臓が高鳴る。ピクリと体が跳ねる。嫌だと抵抗したい、でも体が言うことをきかない。
    「今まで嗅いだ中でやはり一番好きな匂いだ。フフ、やはり君は私の運命の番だ」
     そのまま、包み込むように抱きしめられる。
    (ルシフェルさんって……こんなに良い匂い……だったかな)
     匂いを感じるほど距離が近いことはなかった。しかし、もし普段からこれだけの匂いをしていれば、きっと気が付いているはずだ。
     自分が今、彼の言う通りオメガなのであれば、彼のアルファのフェロモンにあてられているのだろうか。改めて怖くなり、ぎゅっと身を小さくする。
    「このときをずっと待っていたんだ」
     彼は優しく、震えるジータの頬に触れた。
    「!?」
     彼の手が触れた瞬間、また体が跳ねる。呼吸が荒く苦しくなる。けれども、もっと触って欲しいと何故か思ってしまう。自分ではないもう一人の自分がいる感覚だ。ただ涙目でルシフェルを見上げることしかできない。
    「君と再会するのは薬が出来てからと決めていた。それまではずっと君を遠くから見ていた。だから、君のことは何でも知っているよ。君の性格、好きなもの、気に入るもの、何でも知っている」
    (あ……そうか……だから……)
     やはり、彼とは趣味が合うわけでなかったのだ。彼は何年にもわたり、ジータのことを見ていたのだ。だから、ジータのことは何でも知っていただけだったのだ。
     ずっと見られていたなんて全然気が付かなかった。何も知らずに日々を過ごしていた。なんて滑稽な話だろうか。
    「だからいつも、私の好みに合わせて、話をしていたんですか?」
    「それは違う。私も君の好きなものを好きになっただけだよ。君の好きなものだから、私も自然と好きになった。だから、君に合わせたつもりもない」
    (……)
     ジータの気を引くために好きそうなことを発言していたと言われる方が驚きは少なかったと思う。愛する人の好きなものだから、自分も自然と好きになるなんて、おかしい。
     改めて、この人の考えることは自分の常識とは異なることを悟る。ジータの理解の範疇を超えている。
    「なら、あの出会いも……夜景を見ていたわけではなくて……」
    「そうだ。ベータをオメガにする薬が完成したから、君に薬を盛ることができるような間柄になるために近寄ったんだ。水曜日のあの時間、君の目に触れるようにあの席に座るようにしていた。男性が苦手な君が怖く思わないように、残業の休憩の振りをしていた。君は基本的には好奇心旺盛だ。だから、いつか気になって話しかけてくれると思っていたよ」
     彼が水曜日のことで、嘘をついていた理由がようやくわかった。
     残業を装っていたのは、不審に思われないためだ。確かにそうだ。不自然に近づかれればジータはきっと声をかけなかった。残業の休憩のようだと明らかに分かったから、不審には思わなかったし、声もかけた。ジータの性格や考えを完全に読まれている。
     水曜日を部署の定時退社日にしたのは、仕事の邪魔が入らないようにするためだったのだろう。
    (怖い……どうして、この人と仲良くなっちゃったんだろう……)
     体が震える。恐怖なのか快感なのかもうわからない。
     一刻も早くこの人の元を去りたい。でも体が再び熱くなり始め、呼吸も辛い。お腹の奥がじくじくと熱い。
     もう後悔しても遅いかもしれない。彼の言う通り、自分の体はもうオメガになってしまったのかもしれない。
    「フェロモンが強くなってきた。抑制剤が切れてきたな。ヒートは苦しいだろう? すぐに楽にしよう」
    「ひっ……っ……」
     髪を優しく撫でられる。涙と共に嗚咽が漏れる。初めてのヒートに体が疼く。甘くてどこか恐ろしい疼きだ。怖い。嫌なはずなのにその手をもっとと、求めてしまう自分がいる。求める気持ちと拒絶したい気持ちが混ざり合い、自分でも気持ち悪い。
    「可愛い私のジータ。ようやく、番になれる」
     そのまま、ベッドに押し倒される。覆いかぶさられ、首筋に顔を埋められる。
    「っ……ジータっ……ジータ!」
     いつもの落ち着いた様子はなかった。ルシフェルも呼吸が少し荒い。荒い呼吸を繰り返しながら、ジータの名前を呼び続ける。
    「や、いやっ……」
     抵抗は声だけの抵抗になっていた。引き離そうと彼の背中に回した腕には全く力が入らず、まるでただしがみつくようになってしまっている。
     彼がちゅっ、と音を立てて首筋に口づけを落とした。そのとき気が付いた。
    (私がオメガなら、うなじ……うなじだけは……!)
     うなじを噛まれては、彼と番になってしまう。自分をこんな体にした彼と番になるなんて、それだけは嫌だ。
    「や……嫌!!」
     最後の力を振り絞り、彼を突き飛ばす。とっさにうなじを両手で隠す。
    「噛まれるのが怖いのか? ……大丈夫だ。出来るだけ痛くないように噛むから」
     また距離を詰められ、強い力でジータの両手をゆっくりとどかす。
    「いやっ……嫌……」
    「綺麗なうなじだ。噛むのが楽しみだよ、ジータ」
     そのまま、うなじに口づけを落とされ、そのまま舌を這わされた。
    (あ……あ……)
     舐められる感覚が気持ちいい。何も考えられなくなる。
     与えられる刺激が少しずつ強くなっていることがわかる。同じ愛撫でも、数分前とは全然違う。指がすべるだけで体がびくびくと跳ねる。そしてだんだんと欲を満たすことしか考えられなくなる。意識を手放すわけではない、別の何かに意識が乗っ取られる、そんな気がした。
    (何が、悪かったのかな……)
     薄くなっていく意識の中、そんなことを考えてしまった。自分の警戒心が無さ過ぎたのか。いや、誰だってこの状況であれば結果は変わらないだろう。悪かったのは、自分の運のような気がした。友達を助けたのがルシフェルではなければ、ルシフェルが自分に好意を抱かなければ、ルシフェルがこれほどまでに優秀な人間でなければ、きっとこんな結末にはならなかった。
     そのとき、ふと彼が独り言のように呟く。
    「面白い研究だと、兄が協力してくれてよかった。兄は知的好奇心の塊のような人だから、思ったより早く、番になることができた」
     彼のお兄さんが逃げろと言っていたことを、兄という単語でふと思い出す。真の意味が今ようやくわかった。ルシフェルの性格のことを言っていたわけではなかったのだ。ルシフェルがジータをベータからオメガにしようとしていることを知っていたから、忠告してくれたのだ。
     しかし、今となってはもう遅い。
     意識がより朦朧としてくる。嫌だと思っている気持ちすら、もう消えてしまいそうだ。楽になりたくて、さらに快感を与えてくれる彼に無意識に手を伸ばしてしまう。
    「可愛い……私のジータ」
     そっと手を取り、手の甲と左手の薬指に口づけてくれる。触れる彼の唇の感触が気持ちよくて、どこか愛おしい。
    「ようやく番になれる。誰よりも、君を愛しているよ。君を守るよ」
     ゆっくりと唇を重ねられた。ジータの生まれて初めての口づけだった。その口づけで意識はゆっくりと、そして完全に落ちていった気がした。
     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     
    (あ、この書類……誰かに頼まなきゃ)
     誰が適切に対処してくれるだろうか、考えを巡らせる。なかなか、これと言った人が思い浮かばない。
    (あぁ、こんなときジータがいてくれたらな)
     こういうときはいつも、彼女のことを思い出す。人懐っこく優しく誠実でとてもいい子だった。一緒に仕事をしたのは一年程だったが、とてもいい子が配属されたと当時は何度も思った。
     空いたジータのデスクには、そろそろ新卒の新入社員がやってくる予定だ。寂しい気持ちと共にそのデスクを見つめる。
     数か月前、ジータは突然の体調不良で会社に来なくなった。特に病気らしい病気があるとは聞いていなかったが、休む直前、ほんの少しだけ沈んでいるように見えたことがあった。気になり声をかけたが、特に問題ないと言っていた。しかし、こんなことになるのであれば、あの時もう少し親身になってあげればよかったと後悔している。
     何度か心配で彼女の携帯に連絡を入れたが、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とどこか苦しそうなメッセージが返ってくるだけだった。電話は苦しく、難しいとのことだった。
     そしてそのまま、体調不良を理由に会社をやめた。出社ができないとのことだったので、彼女がジータのデスクの片づけをしたのだが、そのときのことをふと思い出す。
     
     定時後の人の少なくなったオフィスで、ジータのデスクを整理していた。備品と私物を振り分け、ジータの趣味らしい可愛らしい私物を段ボールに詰めていく。
    (どうしちゃったんだろう……)
     備品を返し、段ボールに私物も詰め終わり、最後にデスクの掃除をしていたときだ。
    「お疲れ様」
     声をかけられ、振り返る。
    「副研究室長、お疲れ様です」
    「ジータの私物を受け取りに来た」
     会社では口外しないで欲しいと言われていたが、彼女は二人の関係を知っていた。
    (今はジータの旦那さんか)
     そう、二人は結婚したらしい。そして、夫のルシフェルが私物を受け取りに来たのだ。
    「あの、ジータの様子は」
    「あまり良くないが、できるだけ私が傍にいるようにしている」
    「そうですか……あの、少しでも会いたいなと思って」
    「すまないが、ジータが今の姿を見られたくないと言っているんだ。相当辛そうにしている。だから、良くなったらジータから連絡するように伝えておこう。ジータも君のことをとても慕っていた」
     こそりとその会話を交わし、段ボールを渡した。
     話に聞いていただけだったが、彼の左手薬指に指輪が光っていた。ジータとルシフェルから聞いた話を繋ぎ合わせての推測だが、元から仲はよかったが、ジータの体調不良を原因に距離が縮まり、ジータを支えたいとルシフェルがプロポーズしたようだ。
     
    (その副研究室長も、もういないしね)
     そのジータの夫であるルシフェルも、もうこの会社にはいない。オメガをベータにするという画期的な研究を完成させ、すぐに退職してしまった。ちなみに、ルシフェルとは対称的に兄の方は今でも会社に残り、研究室長としてまた新しい研究をしているらしい。
    (ジータ、幸せになってくれるといいな)
     ぼんやりと、後輩の幸せを祈ることしかできなかった。
     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     
     ベッドから、女性の荒い声が聞こえる。
    「はぁ……はぁ……っ……あ!」
     苦しそうな喘ぎ声を上げながら、涙をこぼし、ベッドの中で丸くなって震えている。
     そうしていると、ドアが開き男性が部屋に入ってきた。
    「一人にしてすまなかった。食品を買いに行っていた」
     ベッドサイドに腰かけ、丸くなって震えている彼女に優しくそう語り掛ける。
    「ジータ、ヒートが苦しいのだろう、今、楽にする」
     今度は名前を呼びながら手を差し伸べる。しかし彼女はその手を払いのける。
    「あなたなんて、いらない。落ち着いたら、抑制剤……病院にもらいに行く」
     はぁはぁと苦しそうにしながらも、そうはっきりと言葉を紡ぐ。
    「番が出来る前であればわかるが、君には私という番がいる。必要ない」
    「あなたとは、もう、したくない……!」
     強い拒絶の言葉を吐かれるが、彼は特に気にしてはいないようだ。表情は変わらず彼女を慈しむようなものだ。まるで子供の駄々を微笑ましく見ているかのように。
    「強がらなくても大丈夫だ。私が君を楽にするから」
     半ば強引に彼女の体を起こし、抱きしめた。
    「やっ……やぁ……!」
     離れてと言わんばかりに抵抗するが、抵抗は弱々しく彼はびくともしない。
    「思っていたよりもヒートの間隔が短すぎたな」
     独り言のように彼は言う。ヒートは通常数ヶ月に一回程と言われている。短くてもせいぜい一ヶ月に一回程だ。しかし彼女は、短いときは一週間に一回のペースでヒートを起こしてしまう。ヒートが収まるまでの時間を考えると、一般的な社会生活は難しくなっていた。
    「最後に投与した薬の量が少し多かったか。君がもう会ってくれないかもしれないと、焦ってしまった」
     なかなか彼女が会ってくれなくなり、薬を食事に混ぜる機会がなくなり、焦っていたことを思い出す。
     あと数回で彼女はオメガになる、そのところで彼女が距離を置こうとしていることに気が付いた。確実に彼女が会う気になってくれるために、彼女が待ち望んでいた薬の研究を不眠不休で行ったあの頃が少し懐かしい。
    「しかし、問題ない。すぐに私が楽にする。会社もやめたからずっとずっと一緒だ」
     愛らしい彼女の赤く小さな唇に口づける。嫌だと口では言い、抵抗する素振りは見せるが、熱には抗えないのか、最終的には大人しくキスを受け入れている。
    「可愛いな、私のジータは」
     改めて自分の可愛らしい、妻であり番である彼女を見つめる。
     どこをとっても愛らしい。赤くなった頬も、うるんだ瞳も、汗ばんだ肌も、愛らしい。
     ずっと遠くから眺めていただけだったが、今は違う。
     自分の全ては彼女のものだ。そして彼女の全ても自分のものだ。そう思うと、ゾクリとした感覚と、最近はよく慣れた体の熱を覚え始める。彼女がヒートを起こす度に、彼も味わうことになる熱だ。
    「君のフェロモンで、私もラットになりそうだ。今日も愛し合おう」
     もう一度軽く口づけ、今度は後ろから彼女を抱きしめる。
     彼女が頭を前に傾けると、肩程までの金色のサラサラとした美しい髪が前に流れ、うなじがあらわになる。
     彼女のうなじには、噛み跡があった。その噛み跡が付けられたのは数ヶ月前のことだ。しかし、今でもその噛み跡は昨日付けたかのようにくっきりと残り続けている。
    「愛しているよ、ジータ」
     その噛み跡に口づけを落とし、何度も囁いた愛の言葉をまた囁いた。
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