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    Mame___144

    @Mame___144

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    Mame___144

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    人が死ぬ描写と人肉を食べる描写があります!

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    1話→https://poipiku.com/208731/7941648.html

    ##小説
    ##人食い

    人食いの化け物の話 3


     人食いのヘマは今日も今日とて人間を食べそびれてお腹が空いてるので、口寂しさを紛らわすために黒燕の金でまたタレ付きの肉を食べている。
     黒燕から何度か「握るように箸を持つな。こういう風に持つんだ」と謎の命令を受けたが、特に不便ではないので無視している。というか手でもいいだろ。なんだ箸って! ヘマは縛られることが嫌いだ。
     そういう姿勢のヘマであるから、タレ付きの肉を食べる時は毎回口や手がベタベタになる。
     口はまだしもベタベタの手でその辺のものを触って汚されると困るので、黒燕は甲斐甲斐しくヘマの手や口を布で拭ってやる。
     ──なんだか、子供というより物覚えの悪い犬を相手にしているようだ……。
     何日もヘマの世話を焼くうちに黒燕はだんだんそんな気持ちになってきた。

    「お前本当どういう育ち方を……あ、いや……」

     失言に気付いた黒燕は途中で口をつぐんだ。

    「おれが6つの時に一緒に暮らしてた同族はみんな殺されたから、それから色んな所を転々としてた」

     ヘマは付け合わせの汁を箸でかき回して中の具をくるくる回す遊びをしながら、なんてことのないように言った。
     黒燕にはこれくらいは教えても問題はないだろうと思ったのだ。アイツはおれの代わりに説明をすることがあるから、ちょっとくらいは教えた方が便利だとヘマは考えた。
     一方の黒燕はヘマの言葉に息を呑んだ。しばしの沈黙の後に、ぽつりと言った。

    「人食いか?」
    「は!?」

     いきなりかけられたその言葉にヘマは飛び上がりそうなくらい驚いて、器から顔を勢いよく上げて、黒燕の顔を見た。目を合わせた黒燕は、沈痛な顔で続ける。

    「お前の、家族を殺したのは……」

     ああ、なんだ。そういう意味か。
     ヘマは安堵した。

    「いや、違う。人間」
    「……そうか……」

     端的に答えを返すと、また黒燕は難しい顔をして黙りこくってしまった。黒燕には多分そういう癖があるのだ。あまり眉間に皺を寄せるとそこの肉が硬くなってしまうのでやめてほしい。人間の顔の皮は柔らかくてふにふにしてるのが美味しいんだから…。

    「……俺には弟がいてだな」
    「うん?」

     なんだか知らないが黒燕の自分語りが始まった。
     あ! そういえば同族が人間の自分語りが始まったら懐に潜り込む絶好の機会と言っていた。よしよし、どうせつまらない話だろうが、ちゃんと聞いてやろう。ヘマは箸を置いて汁をかき回すのを小休止した。

    「お前くらいの歳に、俺が目を話した隙に攫われて…人食いに食べられたんだ。見つかった時には、骨しか残っていなかった」

     なんだと!
     人食いがわざわざ子供を攫ってまで食べるなんて……きっとすごく美味い人間だったのだ!
     そうなると血の繋がっている黒燕もそれだけ美味いかもしれない。これはかなり良いことを聞いたぞ。
     しかし、そんな美味い人間の骨を残すなんてもったいないことをする人食いもいたものだ。おれは絶対黒燕の骨まで食べるぞ。やっぱり黒燕に目をつけたおれの目に間違いはなかったのだ。
     得意顔でうんうん、と頷いていると、黒燕が「わかったか?」と聞いてくる。

    「何が?」
    「お前のような子供が1人でふらふら歩いているのは危ないという話だ」

     そうだったのか。でも人食いなんて怖くないもんね。人食いは人食いが分かるし、共食いもしないんだから。
     ヘマのそういう舐めくさった顔を見て、自分の苦い過去を交えてまでした説教が効いてないことが分かったのか、黒燕は言葉を付け足してきた。

    「それに、危険は人食いだけじゃない。人間にだって、お前くらいの歳の子供を拐って遠い国に売り飛ばしてしまう奴だっている。それですらまだマシな方で、暴力を振るうだけ振るって殺してしまう奴だっているんだ。だから…」

     なんとまあ。そんな人間もいるのか。
     人食いは弱い化け物だから人間の方から襲われたらたまったものではない。飢えて死ぬのは馬鹿らしいが、そんなことで死ぬのはもっと馬鹿らしい。流石に食事よりは命の方が大事だ。
     ううーん。どうしたら安全に人間が食べれるんだろう…。人間は豚だの鶏だのを食べるために飼っていてズルいぞ。黒燕もちゃんと食べられるためにおれに飼われてほしい。
     眉間に皺を寄せ、俯いて黙ってしまったヘマに黒燕はひとつ咳払いして、頭を撫でながら、「だから、まあ、気をつけるに越したことはないんだ」と言った。
      
     なんだか黒燕はよく飯を食わせてくれるし(腹には溜まらないが…)、おれによく触ってくるので、どうやら黒燕はおれに懐いているようだ。
     自分から家畜として身体を差し出せとまでは言わないから、頼んだら味見くらいさせてもらえないものか…。
     ヘマはそんな詮もないことを考えながら、遊びすぎてすっかり冷めた汁を飲み込んだ。




     腹が空いた!
     ここ最近のヘマの頭の中はそのことでいっぱいだった。
     あの山の中で暮らしていた頃、どうしても腹が空いた時は村落の近くにある墓場の中から、まだ新しそうな墓を掘り起こして半ば腐りかけた肉とか残っている骨を食べて糊口をしのいでいた。
     あまりに腹が空いたので、ヘマは今度もそうしようとした。墓なんて不吉な場所に好んで行く奴はあんまりいないので、楽勝だと思っていた。
     しかし、この街の墓を探してみたら墓守がついてる上に、その墓守に聞けばこの街は死んだ人間は灰になるまで念入りに焼いてしまうらしい。
     昔に病が流行ってからそうなったらしいのだが、墓守はこれからはこうするのが主流になるに違いない。俺は最先端の墓守をやっている! と自慢気に言っていたが、墓守なんて退屈そうな仕事に遅いも早いもあるものか。
     どうせ焼くなら、定食屋で出てくる料理みたいに美味しそうにこんがり焼け!
     灰になんてしたら食べられない。美味いタレをかけても食べられたものではない。せいぜい植物の肥料になるのがいいところだ。おれは植物ではない! まったくふざけた風習だ。ヘマは大変憤った。
     そんなことを考えて腹を立てているとさらに腹が空く。
     黒燕を食べる計画は全然上手くいってない。
     一度、少しは黒燕の実力を測ってやろうかと後ろから襲いかかってみたのだが、飛びついてもビクともしないし、ふざけてると思われて「後で遊んでやるから」と頭を撫でられた。
     このように舐めた態度を取られたせいでヘマは拗ねた気持ちになって、2日ほど黒燕とは口を利かなかった。こちらの方がよほど黒燕にはよく効いて、2日間ずっと困った顔をしていたので許してやった。許してやったら黒燕がしきりに遊んでやろうか? と聞いてくるので、「おれは黒燕と違って大人なのでそんなのいらない」と言えば、黒燕はますますヘマを構い倒したので辟易した。
     黒燕はおれに懐いているから遊んで欲しいのは分かるが、いくらなんでも懐きすぎだ。全く、アホの相手は大変だな。
     そんなことを考えながら黒燕の借家でゴロゴロしていたら、黒燕が帰ってきた。

    「おい、青鹿…。よく聞け」

     黒燕が寝っ転がって腹を出してるヘマの服を直しながら横に腰を下ろして言う。

    「新しい仕事が入った。俺はしばらくこの家を留守にする」
    「えっ!」
    「ああ、寂しいと思うが、組合の連中には話を通してあるし、俺の金で飲み食いもしていい。…変な使い方をすればすぐ分かるから妙なことは考えるなよ」

     なんと。黒燕はおれをこの家に置いていくらしい。
     黒燕は置いて行かれたヘマが悪さをしないか心配しているようだが、ヘマは内心それどころではなかった。
     困った。ここに置いて行かれちゃ黒燕は食べられない上に、この街には監視の目がたくさんあって浮浪者も食べられず、墓荒らしもできない。このままだと飢え死にだ。
     ヘマは普段あまり回さない頭をからころ回転させて思案した。

    「あ! おれも一緒に連れてってくれよ!」

     これは案外、名案だぞ。
     黒燕が行く先なら組合の連中とやらの目も無いし、何より黒燕の不在中に新しい狩り場を探すような無謀な真似をするよりも、人殺しの黒燕が行く先に人間の死体がある可能性は高くて建設的だ。むしろこれしかない! ヘマはそう直感した。

    「ダメだ」
    「やだ! おれも行くぞ!」
    「ダメだ。俺は必ず帰ってくるから、ここにいなさい」
    「やぁーだぁーっ!」

     床でジタバタしたが黒燕はうんとは言ってくれなかった。ケチだ。

    「組合の連中も何人か紹介しただろ? 気のいい奴を選んだから、時間があればお前の相手もしてくれる」
    「おれもぉ! いーくぅー!!!」

     確かになんか紹介された気もするけど、黒燕ほどお人好しでバカそうじゃなかったので、最初からコイツは食えない人間だなと思ってハナから名前も覚えてない。

    「ダメだ」
    「ゔえーーーん」

     泣き真似してもダメだったので、本当にダメな時のやつだった。
     その時ふと簡単なことに気付いた。
     別に黒燕に同行するのに黒燕の許可っていらなくないか? 
     引っ込みがつかなくなったので泣き真似は続けるが、それとなく黒燕の行き先を聞き出しておく。

    「いつ行くのぉ〜」
    「明後日の朝だ。乗り合いだが馬車で行くからお前の足でも追いつけないぞ」
    「うゔ〜〜っ」

     なるほど。乗合馬車にコッソリ乗り込めばいいのか。
     乗合馬車というのは色んな人間が乗って大きな街から他の大きな街まで行ったり来たりする馬車のことだ。
     大体の人間が他の大きな街に行くが、途中の村で降りることもできる。金はかかるが歩いていくより断然楽だし速いし、獣だの野盗に襲われる心配が少ないのもいいところだ。
     何より、色んな境遇の人間たちが乗り込むから黒燕にバレずに紛れ込むのは簡単そうだ。
     ヘマがけろりとした心境で計画を目論みながら泣き真似をする間、黒燕は根気よくヘマの頭を撫でてやっていた。

     黒燕が出立する日、ヘマは黒燕が起きるより早く起きて、自分の布団の中で気配を伺い、黒燕が準備するのを待った。
     一度出かける前に黒燕が声をかけてきたので、「黒燕なんかしらなぁい!」と布団の中から拗ねた風の声を出して頭から布団を被った。
     黒燕はそれ以上声をかけてこなかったので、隙を見てサッと布団が出て、まだ布団が膨らんで見えるように適当にその辺のものを詰め込んで偽装工作をしてから見つかる前に裏口から黒燕の家を出た。
     ちょうどよくその辺の家に干してあった毛布かなんかの布を盗んで、顔が見えないように外套みたいにまとう。
     そのまま走って乗合馬車の待機場に向かう。良かった、黒燕はまだ来ていないようだ。
     そのまま馬車の中を覗き込む。既に2、3人は出発を待っていて、黒燕の目を誤魔化すのにもいい感じだ。

    「おい、そこの坊ちゃん、乗るなら先払いだよ」
    「これで足りる?」

     乗合馬車の御者に声をかけられて、いつだったかに黒燕に貰った小銭を見せる。

    「…んー、ちょいとばかし足りねえな。坊ちゃん1人で乗るのかい」
    「……うん。田舎のばあさまの所へ行くんだ。体を壊したらしいんだ。お父さんが死んでからお母さんはひとりで仕事に忙しいし、おれだけでも顔を見せてやりたいんだけど……」
    「うーん…じゃあ、着いた先でそのばあさまに払って貰うってのはどうだい」
    「乗ってもいいの! ありがとう!」

     ヘマは人好きのする笑顔でニコニコとお礼を言った。御者は少し照れくさそうなバツが悪そうな顔で頭を掻いて、小声でヒソヒソ言った。

    「他の連中には内緒だぞ。坊ちゃん1人くらいなら身体も軽くて馬もそう疲れないだろうから今回は大目に見るけれど、またばあさまに会いたいなら、ばあさまから次の乗り代も含めて貰っておいで」
    「うん、そうするよ。おじさんありがとう」

     ヘマは愛想良く返事をしたが、当然金を持ってるばあさまなどいないし、後払いなどもする気はない。
     黒燕にはバカだバカだと思われているが、ヘマだってしっかり人を騙して生きる人食いの化け物なのだ。最近あんまりにも人食いらしいことができていなかったので、このやり取りはヘマに充実感を与えた。これで人間の肉も食べられたら最高の日だ。
     馬車に乗り込んで、隅の方で布を深く被る。
     程なくして黒燕も乗り込んで来てどかりと座った。ヘマに気づいている様子はなかった。ふふん、バカめ。ヘマはさらに調子づいた。
     馬車は走り出し、ガタゴトと揺れる。
     黒燕は大きいから馬車を引く馬も疲れるだろうな。これで同じ乗り代なのは他の人間と比べて不公平だな。デカい分、得をしているな、とヘマは思った。
     実際には「組合」の人間は乗っている間、用心棒代わりになるので、馬車代を割引(時勢によっては免除)して貰えるのだが、黒燕は自分の巨躯を乗せた馬車を引く馬は倍疲れるだろうからと割引を断っている。進んで損をする性分なのだ。
     そんなことはつゆ知らず、ヘマは黒燕の大きな身体のことを考えていた。大きくて健康そうで美味しそうな人間。黒燕は酒も煙草もほとんどやらないからきっととても美味い。
     ああ、お腹が空いた……。
     そう思うと途端に腹がきゅるるる、きゅるる、と鳴り出した。すると自然と馬車の中の目線が集まってきて、これにはヘマも困った。顔が見えないように、まとった布を目深に被り直す。
     ガタゴト、ガタゴト、馬車は走り、日が高くなってきた頃に一旦途中で止まった。馬に水を飲ませるらしい。ついでにいくらかの乗客も一度外に出てガタゴト揺られて固まった背筋を伸ばしたり、用を足しに行ったりしている。
     ああ、お腹が空いた。用を足しに行って姿が見えなくなった人間は狙い目だなあ。後を追おうか…。でもあの親切な御者は乗客の顔を覚えている質の人間だろうなあ。面倒だなあ。

    「おい」

     物思いにふけっているヘマは聞き慣れた声をかけられて適当に返事をした。

    「ん、ああ…」
    「お前、腹が減ってるんだろう。なにか…」
    「いい、黒燕はあっちに行っててくれ」
    「は?」
    「あ? あ!」

     ヘマはやっと自分の失敗に気付いたが、時はすでに遅く、ヘマが逃げようか誤魔化そうか迷ってるうちに、ガタイの割に素早い黒燕に外套代わりの布を引っ剥がされていた。

    「青鹿! お前…! お前というやつは…!」
     
     バツが悪そうにへらへら笑いながら目をあちこち泳がせるヘマの顔を見て、黒燕は頭を抱える。

    「何故お前は……いや、もういい…。街に戻らせるにはもう次の街まで行って折り返しの馬車に乗った方がいいか…」
    「おれも連れてってくれれば一緒に帰ればいいだけだし楽チンだよ?」
    「少し黙って……。いや、青鹿、お前乗り賃はどうした?」
    「おれの可愛さに免じてまけてもらった」
    「嘘をつくな」

     おれはこんなに可愛いというのに何故バレたのだろうか…。ヘマは不思議でならない。
     御者の前まで引きずられていき、ばあさまの話から何まで全部嘘だということを暴露された上に、次からはヘマがきちんと乗り賃を持っていても1人では乗せないという約束がヘマの目の前でとり行われている。黒燕が代わりに俺の乗り賃の不足分まで払ったのは助かったが、非常に困る。
     もうこの際、黒燕のことは諦めた方がいいのかもしれないという考えもよぎるが、御者から話を聞いた黒燕はコイツからは目を離さない方がよっぽど気が楽ということに気づいてしまったらしく、ヘマの首根っこを掴んでどこかへ行かないように捕まえている。
     そういうわけで、黒燕の仕事先についていくという目的は非常に不本意な形で成功した。

     黒燕の受けた仕事先は次の街ではなく、途中で降りて少し歩いた所にある村だった。
     最近野盗が出没して困っているという。幸いまだ死人は出ていないが、怪我を負わされた者もいる。
     小さな村の被害に、常に忙しい憲兵はろくに動いてくれない。このまま死人が出たり作物や貴重品を持っていかれては村の暮らしに支障が出る。そういう訳で「盗られるよりは」と村人たちがなけなしの金を出しあって、「組合」に依頼を出した。
     黒燕はヘマのことを「可哀想だが大変困った厄介な子供」と失礼な説明をして、村人にヘマを預けて野盗が潜む山林へと向かってしまった。
     ヘマは外見だけは可愛くて、その上可哀想な境遇なので村人もちやほやともてなしてくれた。ヘマはちやほやされるのは好きだが、今はそれよりも空腹の方が喫緊の問題であったので、用を足したいと言って村人の目から逃れて、さっさと黒燕を追って山林の方に向かった。
     
     それにしても人数も分からぬ相手にすぐさま打って出る黒燕がよほど強いのか、こんな小さな村を襲う野盗が弱いのか、野盗が根城にしていたのであろう洞窟の入り口に見張りだったろう男が首から血を流してこと切れている。
     黒燕はまだ中にいるようだから、戻ってくる前にこの見張りの男をどこか身を隠せる所に引きずって行って食べよう。
     ずるずると男の身体を引きずる。悪さをしている割にそんなに稼ぎが良くないのか痩せた男だったが、ヘマの細腕で大の男を引きずるのは骨が折れた。
     おれの美しい外見は狩りの擬似餌としては最適だがこういう肉体労働には向いていない。全く、人間どもがおれの美しさに感動して自分から肉を献上するのが1番良い。こんなのはおれの仕事ではない。ヘマは心の中で悪態をつくが、その心はこれから食べられる肉への食欲でいっぱいだった。
     やっと身を隠せる茂みに男の死体を引きずりこんで一息つく。
     本当は顔にある口からパックリ股まで裂けて開く人食いの大きな口で丸呑みにしてやりたい所だが、それだと消化に時間がかかって黒燕に見つかった時に大変だ。仕方なく胸の辺りまでだけ口を開いて、死体の腕の先から齧り付いて噛みちぎって食べる。
     ばきばき。もちゃもちゃ。ぶちぶち。ごきゅごく。骨を噛みちぎって、柔らかい皮膚をぐにぐに噛んで、歯ごたえのある筋肉の食感を楽しんで、溢れてくる血液を飲み込む。
     美味しい! 何より腹にたまる! やっぱりおれは人食いだ。それを実感できるのは嬉しいことだった。久々の食事に今まで滞っていた血が身体の隅々まで巡るような心地よさを感じる。
     もう一本の腕も食べよう! 夢中になって死体に齧り付いていたせいで、ヘマは周囲に気を配るのをすっかり忘れていて、ばきばきと骨を噛み切る音を聞いて近寄ってくる大男に気がつかなかった。

    「人食い……!?」
    「わっ!?」

     背後から黒燕の声が聞こえてきて、思わず血だらけの口のまま振り返ってしまう。
     目が合った黒燕の目にみるみる驚愕と混乱と怒りの色が広がっていく。

    「貴様! 何故その姿を…!?」
    「えっ? は? あ!」

     あ! なんだ黒燕はおれが人食いとは気付いていないのか! じゃあまだ誤魔化すこともできるんじゃないか!? 行けるいける! 黒燕はアホだから!

    「あの子をどうした…!? まさか、貴様が…!?」

     あれっ。雲行きが怪しい。
     黒燕はものすごい形相でおれを睨んでいる。まだ赤い血の滴っている剣を持つ手に力がこもる。そういえば黒燕は人食いを殺そうとしてるんだっけ。じゃあこのままだと殺されることは確実だ…。まだおれへの情を人質に命乞いした方が助かる目があるだろう。

    「ち、違う。おれはヘマを食べたりしてない」
    「あの子をどこへやった……! 何故そんな姿をとる…! それを聞いてから殺してやる」
    「そのぉ〜……どこへ、というか……おれが、人食いなんだけど……」
    「そんなの見れば分かる」
    「ああ、違う違う。お前がずっと青鹿と呼んで可愛がってる子供が人食いなんだって」
    「…もっとマシな嘘がつけないのか?」
    「いいや、本当だぞ! 黒燕はアホだから今までの嘘を見抜けてないだけだ! おれの嘘が上手すぎるばかりに!」
    「何だ貴様は! 貴様に何が分かる!」
    「あ! ヘマ! ヘマという名前はお前と俺しか知らないだろう! 街に着く前に黒燕がおれに名前をつけたからだ」

     黒燕の目から勢いが削がれて、困惑が広がっていく。

    「青鹿…?」
    「そうだそうだ。おれが青鹿で、ヘマだ」
    「お前、人食いの化け物なのか」
    「そ……それはそうだが、別段そんなに悪さをしたわけじゃないだろ? ただ転がってた肉を食べただけで……」
    「人は肉じゃない」
    「人を食べただけだ」

     黒燕はいつもよりも深く眉間に皺を刻んで、頭を抱えた。

    「お前は……他に人を食べたことがあるのか……」
    「そりゃあるが……あんまり言いたくはないが俺は狩りが下手で墓荒しだので食っていた。あ! お前の弟を食った覚えはないぞ」
    「……それは…確かにか」
    「ああ、黒燕と弟の歳の差は知らんが、おれと同じくらいの歳だったんだろう? おれは今年で8つだから、それより前なら確実におれじゃないぞ」
    「やっ……」

     あ! 黒燕は幼くない方が好みなのだった。情に訴えかけるなら黒燕の好みの方がいいだろう。

    「いや…今のは嘘だ。本当はじゅうく…20……うーん、40だ!」
    「……………………」

     どうかな? としたり顔で黒燕を見やるが、黒燕は眉間を押さえて深い深いため息をつくだけだった。

    「確かに………この馬鹿さ加減で人を騙して食うのは無理だろうな……」
    「なっ!」
    「それに本人以外にこんなに上手なあの馬鹿の真似ができる訳がないな……」
    「馬鹿とか言うな! お前が青鹿と名付けたんだろう!」
    「アレはもっと良い意味で付けている!」

     黒燕が怒鳴り、ヘマが沈黙すると、1人と1匹の人食いの間に沈黙が流れた。

    「……お前は…人を食べなければどうなる」
    「飢えて死ぬ。どうせ殺されるにしても餓死するにも同じなら、もうちょっと食べていいか」
    「ダメだ」
    「ケチ!」

     ヘマが食べかけの死体に手を伸ばそうとすれば黒燕がヘマの細い腕を掴んで制止する。

    「お前、俺が殺そうとすれば殺されるのか」
    「黒燕におれが勝てるわけないだろ! 元から強い化け物なら人を騙して食う必要なんてないからな!」
    「お前は、俺が『お前が人を食ったら殺す』と言えば人を食うのをやめるか?」
    「? だから飢え死にも黒燕に殺されるのも同じことじゃないか。ならおれは一口でも人間を食べるぞ。あんまり馬鹿にするなよ」
    「……俺の血をやると言えばどうだ」
    「黒燕の血?……それなら飢えて死ぬよりかはマシだろうけど…」
    「なら人を食うのをやめられるか」
    「知らん。やったことがないからな」
    「……そうか。お前らしい答えだな……」

     黒燕はそれ以上なにか言うでもなく、俺の口元の血をよく拭いて、村に連れ帰り、野盗を始末したことを伝えた。黒燕は一泊していくことを勧めた村人の誘いを断って、ヘマを連れたまま帰りの馬車に乗り、夜も深くなった頃に街の借家に戻ってきた。

    「ここで殺すの?」
    「殺さない。殺せるか、今さら…………」

     黒燕は項垂れて、力ない声でひとり言のように答えた。

    つづく
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