イサホン未満 他の囚人を自室に入れることを好む囚人はあまりいない。おそらくホンルもその一人であり、彼の部屋を見た事のある囚人はいなかった。と言うより、興味を持つ者がいないと言うべきか。
ホンルという男は人好きのする笑みを常に浮かべ、道端の石ころにさえ親しみを持つような態度を貫きながら、その実誰かに興味があるわけでも無く、誰の目にも留まらないように距離を取っている。〝いる〟ということも〝いない〟ということも、彼は彼の意思で消すことができるし、また気づかせることも、できるのだろう。
そんな彼の部屋に入ったのは些細な話題がきっかけだ。
「良いお茶がありますよ」
そう言われて誘われて入った彼の部屋は、豪華絢爛とは言い難く想像より質素に感じたものの、しかしやはり整然と並んだ調度品は木目が美しく漆を塗ったように艶やかで、往年の小さな傷さえ化粧のひとつであるかのよう。
八角形の額に嵌められた丸い鏡にイサンが気を取られていると、ホンルがその手を取って部屋の奥へと誘った。
「さあ、こっちです」
そう言ってホンルがイサンを座らせたのは天蓋のある直方体型の家具であった。ちょうど腰掛けるにちょうど良い高さであり、天板には綿の入った布団が敷かれていた上に、何より持ち主のホンルが座るのを促したのであるから、なるほどこれは座るためにあるのだとイサンは解釈した。しかし椅子と違うのは肘掛けが無い。あるのは真ん中を間仕切るように置かれた小さな机である。
この時イサンは知らなかったが、これは寝具も兼ねていて、夜にはこの机――寝具を炕と呼ぶので、これを炕机と言う――を片付けて、天蓋のカーテンを閉めて眠りにつくのである。それを身を持って知るのは少し先の話。
ゆったりとした動作ながら手際良くホンルが机の上に用意したのは、透明なガラス製の急須であった。
中にはひと粒、何やら乾燥した植物を固めたような塊が落ちている。
不思議そうにそれを見つめるイサンの反応に、やはりこれを見たことがないのだろうとホンルは満足気な笑みを深めた。
そして急須の中に湯を注ぎ、少し待つようにと言った。
そうして見せられたのは、湯の中で解けて花開く工芸茶であった。
まさに自然の花が開く様を見るように、ゆっくりと花弁が開き、ゆらゆらと揺れる。色づく湯の色はそのまま香りを具現化しているようだ。
いとうつくしや、と感嘆のため息と共に思わず漏れ出た言葉を聞き逃さずに、ホンルは左目をほんのり光らせて笑った。
「飲み終わった後は中のお花をお水に入れて持ち帰ってください。ちゃんと水換えすれば一週間は保ちますから」
乾燥させて香袋に入れても良いですよ、と付け加えてから、彼は眉尻を少し下げる。
「ああ、香袋を作れる人がいませんでした。僕の家ならお姐さん方か妹達の誰かに頼めたのですけど」
そう言ってクスクスと含み笑いをする彼の姿は、なるほどロージャが言ったように、染みついた振る舞いから生まれを想起させる。