最悪だ。窓の外の景色が朱く染まっているのを見て、七海はため息をついた。今日は一ヶ月間続いている舞台の休演日だった。公演日と同じ時間に起き、溜まってきた家事を片付けるところまでは良かった。昼食を終え、コーヒーを淹れて台本を読み返そうとページを開いたところで記憶がない。
七海は自らのスマートフォンを開き、舌打ちをした。画面いっぱいに広がる珍妙な表情。「イケメン」と名のつくランキングを総なめにしているとは思えないほど原型をとどめていない変顔である。こんなものを見たらその美しくなさか行動の幼稚さに幻滅されるだろうと思うが、ファンからすれば貴重だとありがたがれるものなのだろうか。残念ながら七海はそのどちらでもない。
こんなものをロック画面に設定した覚えはない。
「おわっ、起きてたの」
「はい、先ほど」
「疲れてんじゃないの、さすがに」
「アナタこそ、撮影じゃなかったんですか」
「ああ、だいぶ巻きで終わったんだよね。ほら、あのおじいちゃん早く帰りたがるからさ」
「楽巌寺さんほどの大御所をおじいちゃん呼ばわりするのはどうかと思いますよ」
「オマエだって好きじゃないくせに」
「ハア……そんなことより五条さん」
「何?」
「なんですかこれ」
「僕のご尊顔」
「アナタなのは見れば分かります。勝手に変えたでしょう」
「だって初期設定のまんまとかつまんなくない?」
「面白みを求めていませんから」
「冒険していこうよ」
「いりません」
「っていうか携帯勝手に見たのは怒んないんだ」
「怒られると思うならやらないでください。まあ、見られて困るようなものは無いですが」
「よっ、信用と信頼の七海!」
「なんですかその胡散臭いキャッチコピー」
「まあハナから浮気とかしないだろうと思ってるけどさ。あ、エロいものはシークレットモードで見るタイプ?それとも履歴消すタイプ?」
「普通聞きますか?それを」
「興味がある」
「そういうアナタは普通に見ていそうですけどね」
「残念、シークレットモード派でした」
「いらない情報をどうもありがとうございます」
「でもね、オマエと付き合ってからはな~んにも見てないよ♡」
「え?」
「えっ、なんでそんな嫌そうな顔?」
「嘘でしょう」
「自分でもびっくりなことにホントなんだよね、これが」
「はあ………」
「鳩が豆鉄砲を食らったってこういう感じなんだろうね」
「さすがに驚いています、アナタもなのか、と」
「えっ」
「いえ、今のは忘れてください」
「ねえねえ、どういうこと?僕以外じゃ勃たないってこと?ねえ」
「ハア………」
「オマエってそんなに僕のこと好きなんだあ。ふ~ん」
「うるさいな………」
「分かった分かった。オマエの大好きな僕の待ち受けもオマエの写真に変えといてあげる」
「頼んでいません。そもそも、勝手に待ち受け画面を変えないでくださいと言う話で…」
「ん~~これにしよっかな!」
「まあ聞かないでしょうね…」
「じゃん!」
「………なんですかこの写真は」
「え?ハニーのセクシーショット」
「ダメに決まっているでしょう」
「オマエの寝顔、カワイイんだもん」
「だもんじゃありません。待ち受け画面は論外ですがフォルダからも削除を」
「え~」
「そんな写真、万が一見られたらどうするんです」
「交際宣言?関係各所にファックス送ろうぜ」
「どこにそんな開き直り方するタレントがいるんですか」
「ここ」
「却下します」
「はいはい分かったって。戻すから」
「削除も」
「僕の貴重な癒しを奪うわけ?」
「癒されますかそんなので」
「だいぶ。地方で泊まりの時とか」
「見てるんですか」
「見てるけど。悪い?」
「いえ、なんというか健気なところもあるのだなと」