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    コウヤツ

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    この世界に星座は存在しない ムルと晶♀

    いつか形骸化する星の名を ムル晶♀ 離れていても空は繋がっているから。そんなセリフを昔何かで聞いた覚えがある。詳細はまったくもって思い起こせなかったが、ドラマか映画か、多分そのどちらかだった。前後の流れはおろか登場人物やどんな物語であったのかも定かではない。ただその台詞一つだけがぽつんと晶の胸の中に残っているのだった。
     軽く身を乗り出してその先、頭上には星の海が広がっている。見覚えのある星の並びをどうにか見出そうとして目を凝らしたが、そもそも晶には特定の星座についての知識があまりない。夏と冬に大きく三角形を象るそれか、北斗七星か、オリオン座か。他にも思い出そうと思えば思い出せるのかもしれなかったが、パッと思い浮かぶのはそれくらいだった。別にそれでも問題はなかった。知識があれど、この世界でそれらの星座が見えるはずもないのだ。この世界と晶の世界はまるで違う。空は繋がっていない。だから意味などなかったが、ふと無意識に夜空を見上げたときにはつい、探してしまうのだった。
    「賢者様! 空に何か落とし物でもした?」
     自室の窓辺から空を眺めていた晶は、突然逆さまで視界に入ってきたムルに対して「わっ!?」と声を上げた。驚いた勢いで晶が数歩後ろへ下がれば、ムルは楽しそうに「にゃーん」と鳴いて宙でくるりと一回転し、窓枠に着地してみせた。にゃーんと鳴くのが猫だけじゃないことを、この世界にきてから晶は知った。
    「びっくりした……こんばんは、ムル」
    「こんばんは! 賢者様、さっきからずっと熱心に空を見てるけど、探し物?」
     探し物と言えば探し物かもしれない。そう思った晶は無意識にムルの視線から逃れるように視線を逸らした。
    「まぁ、そんなところかもしれません」
     ムルは無遠慮にじぃっと晶の顔を見つめたが、俯き気味に視線を逸らした彼女は気付かない。
    「探し物は見つかった?」
    「いえ、残念ながら」
     見つかりませんでした、と言って笑う予定だった。ムルが晶の腕を引っ掴んで、窓の外へと晶を誘わなければ。賢者の自室は二階にある。二階から地面への距離はそう遠くない。そのまま落っこちても、打ちどころが悪くなければ死ぬことはないだろう。けれど確実に怪我を免れない高低差がある。一瞬、晶は初めてこの世界に来た日のことを思い出した。高い塔からの跳躍、吹きつける夜風、花かけらの波。目の前の、魔法使い。
    「どきどきしてるけど、怖いと思ってるけど、大丈夫だと思ってる?」
     猫のような魔法使いは愉快な気持ちを前面に押し出して笑う。応える代わりに晶はムルの腕をぎゅっと掴んだ。だってあなたは私の魔法使いだから。あの頃には無かった信頼の情だった。彼女の反応を受けて賢者の魔法使いは大きく口を開けて笑った。鋭い犬歯のよく見える笑い方だった。何もないところから箒が出てくる。片手は箒の柄を掴み、片手は晶の腰を支えるように。
    「《エアニュー・ランブル》!」
     高らかなラッパの音みたいな呪文が弾けた。そして二人の体は地面に叩きつけられるすんでのところで勢いよく浮かび上がる。ぐんぐんと真上に上昇していく。
    「空に落としたんなら、空に近付いたら見つかるかも!」
    「み、見つかりませんよ!」
    「なんで? 空の隅々まで探したわけでもないのに!」
     そしてしばらく空を飛んだが当然晶の探し物が見つかるはずもなく。やがてムルが飽きてしまい、どこかも分からない森に降りて木の上で寝ようか!なんて言い出すものだから晶は慌ててムルを説得し、どうにかこうにか魔法舎への帰路へとつくことになった。
     びゅうびゅうと頬に当たる風は冷たくない。箒の後ろに乗せてもらいながら、ばさばさと暴れる髪を抑えて晶は季節の変わり目のことを思った。夏の気配はすぐそこまで来ている。ムルに掴まりながら晶はいつもより近い、眼前に迫るような星空を眺めた。一際明るい頂点三つ。視線で追って縫い付ける。三角形作りはいとも容易く成してしまえたが、容易い分それは晶を虚しい気持ちにさせた。
    「今が冬じゃなくてよかった」
     そっと息をついて晶は空気へ溶かすみたいに言葉を吐いた。誰に聞かせるつもりもない独り言めいたそれは風に掻き消されてしまうくらいの小さな響きとして生まれたが、感覚の鋭い魔法使いにはしっかりと聞こえていた。ムルがそこそこの勢いで振り返る。晶にはムルの彩度の高い鮮やかな緑の目が光っているように思われた。ばちっと交わった視線には火花が散るような勢いと強さがある。雌雄を決するような場面では無かったが、負けてしまいそうだ、と彼女は思う。
    「どうして?」
     純な疑問だ。どうして。少し考えて晶は口を開いた。
    「冬は、一番見つけやすい星が空に浮かぶ季節だから」
     晶が想定したのはオリオン座だ。彼女の住んでいた日本でオリオン座は数ある星座の中でも見つけやすい部類に入る星座だった。冬に空を見上げれば探してしまう星の列。
     かなり頼りない声だった。見つけやすいものが見つからないことを実感するのは怖い。永遠に見つからないものを探してしまうのは恐ろしい。ここでは異界と呼ばれる晶の世界とこの世界の差異を大なり小なり実感するたび自身の故郷が遠ざかっていくような気持ちになる。疎外感を感じてしまう。
     賢者の言葉を拾った彼女の魔法使いは不躾なくらい、覗き込むみたいに晶の瞳を観察していた。脇見運転、と晶は思ったが飛行船はあるが飛行機はない世界だ。夜空にとくべつ障害物もないから脇見運転でも問題はないのかもしれないと自己完結させる。
    「ねえ、それってなんて星?」
    「ええと、オリオン座っていう星です」
     正確には星座だったが、こちらの文化に星座があるかどうかは分からなかった。別に説明をしても良かったが、何となく億劫でやめた。だから名前だけ、伝える。三つの連なり。それから体を大きく象る四つの星々。どれか一つの星はもう死んでいて、いずれその形が崩れてしまう星座のことを晶は思い出す。その特徴的な星の並びは、小学校で習ってから随分経つが未だ思い出すことのできる数少ない星座のうちの一つだった。
    「ここは賢者様の世界じゃないから、オリオンザという星は存在しないのかも」
     脇見運転をやめてムルは正面を向いた。ムルが言ったのはつまりただの事実だ。けれどそのただの事実が晶の胸を締め付ける。よるべのない不安は、きっと帰らなければ解消されることのない類の呪いだ。
     常であれば気にせずにいられた。けれど何故だか今日はそうもいかず気持ちはどこまでも沈み込んでいくようだった。そんな晶の意識は、視界の端ですっと伸びる腕に引っ張られる。果てのない天上を、魔法使いの指が指し示した。
    「けどここにはきみの名を冠した星が輝いてる!」
     見て、と促されたわけでもないのに晶の目は彼の指の先、一つの星に釘付けになる。日が三つ。二つ横に並んだ日の上に一つ乗っかる日。晶、という自身に与えられた文字が星の輝きを表すものであるということを知ったのは小学生であったころ、高学年のときだった。自分の名前に込められた意味を調べましょう、という授業で両親に聞いたり小学校の図書室で調べて知ったことだ。忘れていたことを思い出す。
    「きみの名前はきっとずっと残るだろうね」
     とびきり穏やかな声音だった。存在を、許されたような。いつか未開の天文台でムルという賢者の魔法使いにより星の名前として天体図に書き記されたその名は、星の輝きを意味するその名前は、確かに彼女のものと同一の響きを持っていた。
     ぱちぱちと、胸の奥底で火花が弾けるような感覚。小さな火花は段々と温度をあげて、大きく成り、すべてを飲み込むようにうねりだす。込み上げてくる気持ちがなんなのかはわからない。わからなかったが、晶は泣きたくなった。
     真っ直ぐ、迷いのない指の先にあるのはただ一つの星だ。青く、小さな星。他の星より輝くものではない。赤く目に焼き付くようなものでもない。けれどそれは確かに存在していた。あきら。アキラ。晶。そんな響きの名前を与えられて、星は静かに呼吸をしている。
     帰りたいという気持ちがなくなることはない。けれどその気持ちで押しつぶされてしまうのは違うと思った。
     魔法使いが振り返る。涙を滲ませた晶の瞳を見てムルは一瞬びっくりしたような顔をしたがすぐに破顔した。キスができるくらい顔が近づいてぴたりと止まる。箒の上、空高く、逃げ場などどこにもない。晶は息をつめてムルを見つめた。
    「賢者様の目、やっぱりきらきらしててきれい!」
     度々言われる褒め言葉だ。ムルは晶の目がお気に入りらしかった。笑みを浮かべて「ありがとうございます」と晶は伝えようとした。が、しかしそれは未遂に終わる。
     片手が首の後ろあたりに添えられたかと思うと顔が更に近付いて、額のあたりに熱をいただく。ごく自然に行われた奇行に晶は目を見開いた。
    「な、なんっ、どうして……!?」
    「あはは! びっくりした賢者様、とっても目を見開いてて面白い! それにきみの目がよく見えて最高!」
     西の魔法使いの笑い声が空に響く。疑問も苦言も戸惑いも全て吹き飛ばすような笑い声に晶はしばし呆然としたのち、つられて笑うのだった。
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    コウヤツ

    DONE
    りんごひとかけぶんの理性 ネロ晶♀ マグカップを両手で包んで晶は息をふうと吹き掛ける。弾みで耳に掛けられた髪が、丁寧に織られたカーテンのように彼女の横顔を覆い隠した。隣で見ていて、あ、とネロは思ったが彼の指先がその髪に触れることはなかった。
     触れたらいけないような。空夜に触れあいを咎める者はいないけれども、そんな意識が働いてネロの指はこれっぽっちも動かなかった。
    「ネロは私のことを子どもみたいに思っているんじゃないかって、たまに感じるんです」
     拗ねたような響きにどう反応するべきかネロの胸に迷いが生じる。全く思っていないと言えばそれは嘘になる。けれど本当に思っていることを伝える気はさらさらなかった。
    「賢者さん」
     正面、シンクの方を向いていた視線が隣のネロに向かう。乾燥させたりんごは、彼女の、引き結ばれた唇のあわいへ寄せられた。りんご一つ隔てれば触れることは容易かった。それは逆を言えば直接触れられないことの証左であったが。ぱちりと目があったかと思えばりんごのスライスはあっという間に半分が齧られる。手ずからりんごを食べる、その姿はどこか小動物めいていた。もっと躊躇ってくれたらやりやすかったんだけど。かといって拒まれたら拒まれたで傷の生まれることは必定だ。難儀なこと。りんごを味わっている間は目が口ほどにものを言った。
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