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    コウヤツ

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    コウヤツ

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    虹の国 オズ晶♀ 彼について神様と同じ力を持っている、と思ったことがあった。普段はあまり、そうは思わないが。
     突然の雨にめいめい、市場で買い物をしていた人間たちは屋根のない場所から屋根のある場所へと急足で身を寄せた。屋根のない道を歩いていた晶も例に漏れず、荷物を半分持ってもらっていた彼の手を引いて軒先にその身を滑り込ませた。
    「わぁ、土砂降り」
     前髪にくっついた雨水を気にしながら晶は独りごちた。そんな賢者のつむじを見ながらオズは「賢者」と一言。呼びかけに応じて、くるりと丸い瞳がオズを見上げた。警戒もなにもない純粋な疑問の色。「手を」と零せば晶は「あっ」と呟いて慌てて手を離す。
    「すみません! めちゃくちゃ引っ張っちゃいましたね……すみません」
    「いや」
     謝罪の言葉を重ねる賢者にオズはほんの小さく首を振る。途端、困ったように微笑まれて彼はほんの少しだけ戸惑った。
     魔法舎から程近い市場だった。日はまだ暮れる前であったためオズの魔法で市場の人があまりいない外れの方に転移をして、そこから市場の中心に向かって二人で歩いた。市場はところどころに日除けの天幕が張られ、その下では出店のように商品が並んでいる。
     そんな市場で買い物を済ませ、いざ帰りましょうかと踵を返した瞬間のことだった。晶の鼻先に雨粒が一つ落っこちた。一粒は二粒になり、そこから先はもう数え切れないくらいの雨粒が地面へと降り注いだ。雨の雫は質量を増やし、あっという間に石畳を暗い色味に変色させる。
    「暗くはないから、少ししたら止みそうですね」
     前髪についた雨滴をぱっと撥ねながら空を見上げて晶は言う。オズも同様の見解だった。どしゃぶりではあるが雲の流れは早く、空には明るさがある。
    「日は落ちていない」
     それは純然たる事実であった。意味を図り損ねた晶の表情が戸惑いで曇る前に「雨を止ませることはできる」と彼は答えを渡した。余白のある言葉選びだった。オズがその気になれば傘を二本ここに呼び寄せることができたし、傘など無くても不思議の力で服が濡れないようにしてしまえる。もっと言えばこの場から一瞬で魔法舎に帰ることだって出来る。すこし考えて、晶は高い位置にある燃えるような瞳を見つめた。
    「止むまで、待ってみてもいいでしょうか」
     晶の言葉に分かりやすく何故、と深紅の瞳が訴えている。真っ直ぐな瞳は純粋に、百パーセント混ざり物なしに疑問をあらわしていた。そんな視線を受けて、晶は少しだけ緊張しながら思っていることを声に出した。
    「今こうして雨が降っていることで、その分長くオズとお喋りが出来ているので」
     雨の音だけ、その場にある。流れる雲に視線を移してオズは「それは、賢者の務めか」と問うた。端的な質問に晶はバツが悪そうに笑う。オズはゆっくりと瞬きをした。不思議と、彼の頭の中で怒られる前の幼いアーサーと晶が重なる。
    「いえ、その……ただ純粋に真木晶として、オズとお喋りがしたかっただけです」
     こういったとき、オズはしばしば言葉を失くす。熟考はそのまま言葉を産むわけではなかったが、代わりに微笑がその場で生まれた。ほんの少し表情筋が動く程度。しかし格段になだらかな表情は賢者の目を奪った。「晶」と普段よりもいくらか柔らかな声が雨音の林をくぐり抜けて彼女の耳朶をそっと撫でる。
    「《ヴォクスノク》」
    「あ」
     重低音のその声で呪文を唱える姿には威厳だとか、そういった種類の、思わず平伏してしまいそうな空気がある。オズが呪文を唱えたあと、みるみるうちに雲は散り真っ赤な夕焼け色が頭上の空を染めた。賢者やオズと同じく、天幕の下や軒下で雨宿りをしていた人々がぞろぞろと屋根のある場所から屋根のない場所へと散っていく。二人はまだ動かない。
    「じき日が落ちる」
    「はい」
    「食事が終わったら、夜食のおやつを持って部屋に来るといい」
     市場のどこかで「虹が出てる!」と子どもの笑い声が弾けた。子どもは割合、虹を好む。きっと目の前の賢者もそうだろうとオズは彼女を観察していたが、晶は虹を見ず、オズを真っ直ぐ見つめて嬉しそうに笑った。
    「じゃあ、はやく帰らなきゃですね」
     紙袋を抱え直して賢者は一歩踏み出した。少し遅れてオズがその隣を歩く。二人の足元から伸びる影は、寄り添っているみたいに見えた。
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    DONE
    りんごひとかけぶんの理性 ネロ晶♀ マグカップを両手で包んで晶は息をふうと吹き掛ける。弾みで耳に掛けられた髪が、丁寧に織られたカーテンのように彼女の横顔を覆い隠した。隣で見ていて、あ、とネロは思ったが彼の指先がその髪に触れることはなかった。
     触れたらいけないような。空夜に触れあいを咎める者はいないけれども、そんな意識が働いてネロの指はこれっぽっちも動かなかった。
    「ネロは私のことを子どもみたいに思っているんじゃないかって、たまに感じるんです」
     拗ねたような響きにどう反応するべきかネロの胸に迷いが生じる。全く思っていないと言えばそれは嘘になる。けれど本当に思っていることを伝える気はさらさらなかった。
    「賢者さん」
     正面、シンクの方を向いていた視線が隣のネロに向かう。乾燥させたりんごは、彼女の、引き結ばれた唇のあわいへ寄せられた。りんご一つ隔てれば触れることは容易かった。それは逆を言えば直接触れられないことの証左であったが。ぱちりと目があったかと思えばりんごのスライスはあっという間に半分が齧られる。手ずからりんごを食べる、その姿はどこか小動物めいていた。もっと躊躇ってくれたらやりやすかったんだけど。かといって拒まれたら拒まれたで傷の生まれることは必定だ。難儀なこと。りんごを味わっている間は目が口ほどにものを言った。
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