お迎え 恥ずかしさなんて、と人は言うかもしれない。だが尊大な羞恥心と臆病な自尊心を後生大事に抱えて今まで生きてきたマトリフにとっては、はじめて抱かれた記憶は途轍もなく大変なものだった。
いや、本当はオレが余裕たっぷりにリードしてやるつもりだったんだとマトリフは思い返す。ガンガディアがそういう行為に疎いと思い込んでいたからだ。
だがいざその時になると、あれよあれよという間にマトリフは翻弄されていた。散々に啼かされ、身体に快感を刻まれ、本能のままに何か口走っていた。そんな記憶は都合よく消えてはくれず、思い出すたびに顔から火炎系呪文が撃てそうなほどだった。
「鬱陶しいぞ」
苛立った声が聞こえてきたが無視する。マトリフは一旦冷静になろうと訪れた地底魔城で膝を抱えていた。そこへこの城の主であるハドラーが通りかかって煩く文句を言ってきていた。無視だ無視。オレは一人で冷静に考え事がしたいのだと、マトリフはハドラーに背を向けている。
マトリフが地底魔城を選んだのは、ガンガディアに見つかりたくなかったからだ。マトリフが行きそうな場所はガンガディアも熟知している。今ごろガンガディアはアバンやロカを尋ねているだろう。
だが今はガンガディアと顔を合わせたくない。だからマトリフは地底魔城を選んだのだった。
「さっさとガンガディアのところへ帰れ」
「煩えって言ってんだろ」
「奴が可哀想だと思わんのか。あいつは貴様に嫌われたと思って落ち込んでいたのだぞ」
ハドラーの言葉がマトリフの胸に刺さる。あの巨体が背を丸めてしょんぼりしている姿が思い浮かんだ。
「てめえに関係ねえだろ」
「ガンガディアはオレの部下だ。関係ないとは言わせんぞ」
そもそも貴様が勝手にオレの城に入ってきたのだろう、とハドラーに至極真っ当なことを言われてマトリフは黙り込んだ。ハドラーは文句を言いながらどこかへと行く。
マトリフだって自分が悪いことくらいわかっていた。だからといって行動を改められるほど素直な性格ではない。
ほとぼりが冷めてからそれとなくガンガディアに謝ろうとマトリフは考えた。それで次にヤるときにガンガディアが喜びそうなことでもサービスしてやれば丸く収まるだろう。ただ今は少し時間が必要なだけだ。
すると派手なルーラ着地音が響いた。それだけでマトリフはガンガディアが来たのだとわかった。訝しんで振り返れば、ハドラーが悪魔の目玉を持っているのが見えた。ハドラーが悪魔の目玉を使ってガンガディアに連絡を取ったのだろう。
「てめぇ」
「さっさとガンガディアに謝って帰れ」
そうこうしている間にガンガディアがやってきた。ガンガディアはハドラーにお辞儀をしてから礼を述べている。マトリフはそれを面白くない気持ちで聞いていた。
「大魔道士」
ガンガディアの呼びかけに、マトリフは意地になって振り向かない。今さらどんな顔をしたらいいというのだ。
「大魔道士、話がある」
「オレはしばらく帰らねえぞ」
「私はあの洞窟を出るから、あなたは帰るといい」
「は?」
マトリフは驚きのあまり思わず振り返った。思い詰めた顔で立っているガンガディアの姿が目に入る。
「出るって……いつ戻ってくるんだよ」
「もう戻らない。私たちは恋人関係を解消すべきだろう。私は地底魔城へ戻るから、あなたは安心して洞窟へ帰ってくれ」
「なんでそんなこと言うんだ……オレのこと嫌いになったのかよ!」
マトリフは荒々しい語気でガンガディアの服を掴んで食ってかかかる。ガンガディアから別れを切り出されるなど夢にも思っていなかったのだ。
ガンガディアはマトリフの手を掴んで離させた。
「私を嫌っているのはあなただろう。あなたの気持ちを考えず、一方的に思いを押し付けてすまなかった」
「そ……んなんじゃねえよ。ちょっとばかし素っ気なくしたが、おめえを嫌ったわけじゃ……」
マトリフははっきりしない言い方で言葉を濁す。だがここには言外に含んだ言葉を汲み取ってくれる相手はいなかった。ガンガディアは自嘲する。
「無理しなくていい。所詮私は粗暴なトロルだ。あなたには相応しくない」
「そんなこと言ってねえだろ。おめえはオレには勿体ないくらいの奴だ」
「では何故私を避けるのかね。やはり私との性交が苦痛だったからだろう」
「違う!」
「では何故なのかね」
ガンガディアはじっとマトリフを見つめてくる。その眼差しがやはりあの夜を思い起こさせた。奥まで挿れられたまま抱きすくめられて、耳元で囁かれた愛の言葉が甦る。
「うッ……ああくそっ……だから、違ぇんだって」
お前に抱かれたのが死ぬほど良かったなんて口が裂けても言えない。これまで生きてきた中で築き上げてきたものが、一瞬にして消え去っていくような予感がする。それがちっぽけなプライドだとしても、失うわけにはいかなかった。
「大魔道士」
ガンガディアは穏やかに言うと寂しそうな笑みを浮かべた。
「……言えないのなら、一緒にはいられない」
「ガンガディア」
「さよならだ」
背を向けようとするガンガディアに、マトリフは飛びかかった。
「おめえのちんこが気持ち良すぎたんだよ!!」
マトリフは叫んでから、冷静になった。ガンガディアは目を丸くさせている。視線を感じて横を見ればハドラーがすん……とした顔でこちらを見ていた。
「てめえ後で覚えてろよ!!」
マトリフはハドラーに向かって中指を立てながらリレミトを唱えた。
マトリフとガンガディアがルーラで洞窟に帰りついてから、気まずい沈黙が流れていた。それをどうにか破ったのはマトリフのほうだった。
「あのよ……そのまあ、とにかくオレが言いたいのはだな……」
「私とのセックスは悪くなかった?」
「そう、それだ。だから……またヤろうな。そんでいいだろ。話は終わりだ」
じゃあな、と言いながら寝室へと引き篭もろうとするマトリフをガンガディアが捕まえた。ガンガディアの手は簡単にマトリフを抱き上げる。
「マトリフ」
「おわっ……なんだよ」
すぐ近くにガンガディアの顔があってマトリフは思わず身を引く。しかし抱えられているので逃げ場はなかった。ガンガディアはマトリフの首筋に鼻先を埋めて囁く。
「話が終わったのなら……いいかね?」
「いいって、何がだよ」
「あなたが喜んでくれていたなら、構わないだろう。またあなたを抱いても」