例の苗木 戦いが終わった後の高揚もおさまらない夜。パプニカ城に引き上げた勇者一行は休息をとっていた。
マトリフは全身を包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに横になっていた。窓からは夜空が見える。先ほどまではパプニカの神官たちがいたが、今はマトリフ一人だった。
すると部屋にノックの音が響いた。そして返事を待たずにドアが小さく開く。顔を覗かせたのはロカだった。
「よ」
ロカはマトリフが一人だとわかると部屋に入ってきた。ロカは後ろ手にして何かを隠している。
「なに持ってるんだ」
マトリフは体が動かせないから目だけをロカに向ける。ロカは誰もいない部屋をさらに見渡してから、声をひそめて言った。
「これなんだと思う?」
ロカが背から見せたのは植木鉢だった。小さな苗木が植っている。まさか見舞いに鉢植えを持ってきたわけではあるまい。
「なんだよ」
「ミ○プルーンの苗木」
よく見れば植木鉢に植っていたのは人面樹だった。
「なにがミキプ○ーンだ。キギロじゃねーか!」
マトリフはロカの手から植木鉢を奪い取って窓から投げ捨てようとした。それをロカが慌てて止める。
「待ってくれよマトリフ。オレこいつのこと育てたいんだ」
「なんでもかんでも拾ってくんじゃねえ。生えていた所に捨ててこい!」
「そう言うなよ。ちゃんと世話するから」
「どうせ一週間で飽きるだろ。まさかネイル村に連れて帰る気か!?」
ロカは植木鉢を大事そうに抱えている。キギロは苗木といっても本当に小さな、小枝のようだった。今はすやすやと眠っている。
「オレが責任を持って正しい心を育むから」
「アホか。だいたいレイラは知ってるのか」
「育ったらクリスマスツリーになるかもねって」
てっぺんにはお星様を飾りましょうねじゃねーんだわ。豪胆じゃじゃ馬娘は肝が座りすぎだろう。
「なんでオレに見せにきたんだよ」
「ミキプル○ンの苗木って言いたくて」
「暇人かよ」
その後キギロはロカに引き取られて立派に成長して、クリスマスの時期に大活躍した。
***
マトリフは怪我が治ってパプニカ国から逃げ出したらしい。それを聞いたロカはマトリフらしいと思った。マトリフは海辺の洞窟に移り住んだというので様子を見に訪れることにした。
「ボクは行きたくないんですけどねえ!」
植木鉢のミキプルー○、ではなくキギロが文句を言う。ようやく葉っぱが生えそろってきた。
「そう言うなって。散歩だと思えよ」
ロカは岩戸をノックする。すると中からマトリフの間延びした返事が聞こえてきた。立て付けの悪い戸を開けるように岩戸を動かして開ける。するとキギロが呆れたような声を上げた。
「ちょっと、それ魔法力に反応させて開けるんだって。力尽くとか草生えるんですけど」
「そうなのか?雑草なら抜くぞ」
「おいコラ、力尽くで開けてんじゃねえ。壊れるだろ」
洞窟の奥からマトリフが出てきた。元気そうで安心する。ドラゴラムしたガンガディアとの戦いで全身粉砕骨折してミイラ男にされていたのにすっかり治ったようだ。
「ん?」
マトリフの後ろに誰かいた。マトリフの後ろに隠れるようにしている。小さな青い手がマトリフの法衣を握りしめていた。
「マトリフ、そいつは?」
「ん?ああ、こいつか」
マトリフの影からそろりと出てきたのは小さな青いトロルだ。その姿に見覚えがある。
「たぶん猫だな」
「猫ではないだろトロルだろ。ガンガディアだろ」
マトリフは小さなトロルを抱き上げようとして、全然持ち上げられないでいる。小さなトロルは申し訳なさそうにしていた。
「すまない大魔道士」
「ほらガンガディアじゃないか」
「育ててみねえとわからねえだろ」
「わかるって。なんだよオレにはキギロを拾うなとか言っておいて、自分だってガンガディアを拾ってんじゃん」
マトリフはガンガディアを抱き上げることを諦めたらしく、丸い頭を撫でている。ガンガディアは真面目な顔で下手な猫の鳴き真似をしていた。キギロはそれを見て笑っている。
「良かったですねえガンガディア。憧れの大魔道士に飼われてて」
「誰かと思ったらキギロかね。てっきり○キプルーンの苗木かと」
「こら、ケンカすんじゃねえ」
マトリフが嗜めるように言う。
「すまんなロカ。うちのガンガディアが煽っちまって」
「いや、うちのキギロが先にふっかけたんだ」
ロカはキギロと目線を合わせた。
「久しぶりに会う友達だろう。素直に会いたかったって言っていいんだぞ」
「光属性やめろ。暗黒闘気が薄れる!」
キギロは葉っぱをパタパタさせて抗議した。するとガンガディアがすっとキギロに手を伸ばした。ロカは植木鉢をガンガディアに手渡す。
「すまないキギロ。君が生きていてこうして会えて嬉しいよ」
「ちょっと……なに良い子ちゃんになってんですか」
キギロは照れつつもガンガディアとの再会を喜んでいるようだった。