限りなく殺意に近いジェラシー 退屈な夜だった。山際の小さな集落はまるで隠れ里のような様相で、そこにある家屋の殆どが空き家だった。住んでいるのも老人ばかりで、斬っても刃はすぐ骨に当たるから面白くない。
死蝋は集落の外周を見回って、生きた人間が他にいないか探した。斬り足りない鬱憤を壊れかけの柵にぶつけるが、それで気分が晴れるわけでもなかった。
「ったくよ、シケてんなぁ」
この調子なら米も粟も少ないだろうと思うと、余計に苛立ちは募る。食うものが尽きて集落を襲ったというのに、碌な収穫がないのなら略奪した意味がない。
すると、集落の中央あたりから賑やかな声が聞こえた。余興を見つけた連中の騒ぎ声だ。女でも見つけたのかと死蝋はそちらに足を向ける。
そこは既に人集りができていた。月のない晩だったが、燃やした民家に照らされてあたりは明るい。囃し立てる声を聞きながら。死蝋は人集りを蹴散らした。
その中心にいたのは瘴奸だった。そしてもう一人、童がいる。草刈鎌を手にした童は、瘴奸に斬りかかっていた。
瘴奸は童の鎌を難なく避けた。その身のこなしに揶揄いを感じる。対して童は息を切らせながら、必死の形相だった。歳は十ほどだろうか。最後の抵抗のつもりで鎌を手に斬りかかったのだろう。
しかしその抵抗も、賊たちの束の間の娯楽になっていた。瘴奸は太刀すら抜いていない。瘴奸は遊ぶように童の鎌を避けて、足をかけて転ばせ、土にまみれながら立ちあがろうとする様子を眺めている。賊たちは童を励ますような声をかけているが、そこには卑下た笑いが含まれていた。
ところが童は諦めなかった。何度も瘴奸に斬りかかっていく。その気迫は年齢にそぐわなかった。
「あれさ、実は武士の隠し子だったりしないかな」
いつの間にか隣にいた白骨が言った。その横には腐乱もいる。いつもは人一倍騒いでいる腐乱が、どこか冷めた目をしていた。
「ありゃ刀の訓練を受けてるでしょ。そういう動きですよ」
童が声を上げて倒れた。瘴奸の蹴りが腹に入ったらしい。甲高い声があたりに響き、賊達の囃し立てる声に一層熱が籠った。
それでも童は鎌を手放さなかった。瘴奸を見る目に強い意志を感じる。目の前のこの男を絶対に殺してやるという、揺るがない決意だ。
その童を、瘴奸がじっと見ていた。
酔っていない瘴奸の目に宿るのは、好奇心だった。無様な童に、わざわざ目を細めている。
死蝋は胸が騒つくのを感じた。
あんな目で、俺を見たことがあったか。
笑いながらいなすのではなく、本気で、どこか惹かれて、じっくりと。
死蝋の胸の奥で、ちりりと火花が散った。それが不快で、薙刀を持つ手に力を込める。
人集りを抜けて足を一歩踏み出す。死蝋の目には瘴奸と童しか見えていなかった。蹴るように踏み込めば、一呼吸で薙刀の間合いに入った。このまま横薙ぎにすれば、童は真っ二つになる。そうしたらあの目が見るのは俺だけだ。
だが、薙刀は童に届く前に太刀に止められた。
「何している」
瘴奸は太刀に腕を添えて死蝋の薙刀を受け止めた。全力を込めても押しきれない、岩のような硬さに死蝋は顔を歪める。
「いつまで遊んでるんすか」
死蝋の言葉に瘴奸は薄ら笑いを浮かべた。ようやく瘴奸の目が死蝋を見たが、次の瞬間には薙刀は弾き返されていた。間髪入れずに拳が飛んでくる。避ける間も無く死蝋は殴り飛ばされた。
「馬鹿が。刃がこぼれただろう」
瘴奸は太刀の欠けたところを眺めながら、もう死蝋を見ていなかった。殴られた顔の痛みより、その目の無関心な冷たさに痛みを感じる。
すると突然の乱入者に気を取られていた童が、我に返ったように瘴奸に襲いかかった。
瘴奸はもう童を見なかった。払うように振った太刀の先が童の足の腱を斬り裂く。童は勢いのまま地面へと倒れて転がった。
瘴奸は既に太刀を鞘に収めて背を向けていた。
地面に倒れた童は自分の足に何が起こったのかわからないまま泣き声をあげている。これまで見物をしていた賊達も、急に白けたように散っていく。
死蝋は殴られた頬を押さえたまま動けなかった。地面に倒れて泣き喚く童が、なぜか自分のように思えた。