背中の跡 背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。ガンガディアは朝陽が差し込む窓を薄目で見ながら、隣から聴こえる規則正しい呼吸音を聞くともなしに聞いていた。まだ朝というには早い時間だが、元より魔族は睡眠時間が人間より短いので時間を持て余していた。
夜を共にしたからといって、なにも朝まで一緒にいなくともよいとガンガディアは思っていた。なので以前に寝たときに夜のうちに帰ったら、次に会ったときに冷たくされた。帰るなら先に言え、言わないなら朝まで一緒に寝てろ、とつっけんどんに言われたのだ。
人間の眠りは長い。脆弱な身体しか持たないから仕方ないのだろう。ガンガディアはそっと起き上がると横に寝ているマトリフを見下ろす。細い肩がむき出しになっていたのでシーツを引き上げた。
それがきっかけになったのか、マトリフの目が開いた。起きたのならもういいだろうとガンガディアは帰り支度する。ガンガディアが度々抜け出すことをハドラーは黙認しているが、地底魔城をあまり長い時間空けることは出来なかった。
「んッ……」
まだ覚醒しきらないマトリフの声に、昨夜の痴態が思い起こされる。マトリフは寝返りを打つとベッドに腰掛けたガンガディアに身を擦り寄せた。マトリフの手がガンガディアの背に触れる。すると詠唱もなしに回復呪文がかけられた。先ほどまで感じていた背中の傷による熱が消えていく。
それを、少し惜しいと思った。
「無理をさせたかな?」
昨夜の、必死に背にしがみついていたマトリフの姿が脳裏に浮かぶ。仮初の熱を分け合うだけの関係にしては、お互いに入れ込み過ぎていた。それを自覚できないほど愚かでもない。
マトリフは身軽に起き上がると、昨夜に脱ぎ散らかした法衣を拾った。そこには夜に見せる色も艶もない。あるのは憎々しいほどの高慢さと自信だった。
「さあ、どうだったかな」