やわらかい朝 目を覚ましたときに、隣にいる存在がまだ信じられないと思うときがある。ガンガディアは寝過ぎた頭を動かしてマトリフを見た。マトリフはまだ夢の中にいるようで、起きる気配はない。
この洞窟は朝陽が差さない。代わりに波の音はよく届く。それが子守唄のように眠気を誘うのか、ガンガディアは目覚めたばかりなのにまた瞼が重くなった。
ガンガディアも寝るなら広いベッドを、と設えたはいいが、マトリフは広いベッドの中で縮まって寝ている。背中の一部だけをガンガディアに触れさせているのは、まるで存在を確かめるような仕草に思えてならない。ガンガディアがこの洞窟で一緒に寝るようになってからというもの、マトリフはいつもこの体勢で寝ている。ガンガディアが動けばその振動がマトリフに伝わってしまうものだから、彼の眠りを妨げないためにもガンガディアは動けないでいた。そうしていると寝過ごすことが増え、ガンガディアはすっかり長寝の癖がついてしまった。
昨夜のことを思えば、マトリフはしばらく目を覚さないだろう。ガンガディアは微睡の中で思う。一度はじめてしまえばマトリフは限度を知らない。こちらが人間の体力を考えて遠慮しているのに、わざと煽るような言動でガンガディアの理性を粉々に打ち砕く。そうして困るのはマトリフであると聡明な彼が解らぬはずがないのに、決まって彼は翌朝に悪態をつくのだ。
ガンガディアは起きれば憎まれ口を叩くマトリフを見やる。身を丸めて眠る彼の背が、とても小さく見えた。ガンガディアからすれば短命で貧弱な人間の身体を、なぜこれほど愛おしく思うのだろうか。
ガンガディアは手を伸ばしてマトリフの身体を抱きしめた。ガンガディアの身体にすっぽりと収まる体躯は、確かな温もりを伝えてくる。愛おしい。ずっとこの温もりをそばに置きたいとガンガディアは思った。
「……なんだよ」
マトリフの掠れた声がガンガディアの耳に届く。しかしガンガディアはその身体を抱きしめて首筋に鼻先を押し当てた。人間の寿命は短い。まだ百年にも満たないのに老年だという。マトリフは魔族になってほしいというガンガディアの願いを断り続けていた。ガンガディアがこうしてマトリフを抱きしめられるのも、あと数年かもしれない。あるいは今日までかもしれない。そんな不確定な毎日を、長い眠りの中で過ごしていた。
「今日は、一緒に街へ行かないかね」
「んー、まだ眠てえ……」
「夕方でも構わない。気が済むまで寝るといい」
「そう……かよ」
マトリフの瞼が下りていく。ガンガディアが抱きしめていても、構わずに寝るようになったのはいつからだろう。この小さな温もりは自由気ままで残酷だ。
君を失ったら、私はどうしたらいい。
君を愛したままで、君を失った世界を生きるのは、全ての色を失うようなものだ。私に透明な世界で生きろというのだろうか。
「君を愛してる」
「んッ……オレもだよ……」
すぐに寝息に変わった声は、柔らかくて脆い。ガンガディアは潰さぬようにマトリフをそっと抱きしめた。