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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    ガンマト。モシャスしてたけど魔物だとバレて人間に攻撃されるガンガディアの話

    #ガンマト
    cyprinid

    終わりの朝、百年の孤独 君を失いたくない。どうか、私の前から消えないでくれ。ガンガディアがそう願うには遅すぎた。沈む太陽を止められないように、終わりは刻一刻と近づいていた。
     空を朱に染める太陽が地平線の向こうへ沈もうとしている。その空に背を向けながらガンガディアはひとり街を歩いていた。
     本当はマトリフと一緒に出かけるつもりだったが、昼過ぎになってマトリフが体調を崩した。昨夜に無理をさせたせいなのかマトリフはずっと布団から出ずにいた。心配したガンガディアが声をかければ怠いと言う。触れれば発熱しており、回復呪文も効かなかった。街へ出かけることは中止しようとガンガディアは提案したが、だったらとマトリフは買い物を頼んできた。それはマトリフが好んで飲む茶で、街にある馴染みの店でしか取り扱っていない。確かに茶葉は残り少なかったが、急ぐほどでもなかった。ガンガディアはそれよりも体調が良くないマトリフのそばにいたかったのだが、マトリフがそれを許さなかった。さっさと行けと追い出され、ガンガディアは渋々承諾した。
     ガンガディアは人間の街が嫌いではない。人間の作り上げたものは、ガンガディアの興味の対象だった。特に本がそうだが、それ以外にも人間は興味深いものを作り上げる。弱く短い生を生きるからこそ、様々なものを作るのだとマトリフは言っていた。ガンガディアが人間に興味を持つのと反対に、マトリフは人間があまり好きではなかった。昔はそれほどでもなかったが、あの一件以来マトリフの人間嫌いに拍車がかかったようだ。ガンガディアも人間に興味があるとはいえ、特別な関心はマトリフだけである。他の人間との関わりは、彼の仲間が数人洞窟へ訪ねて来るのと、マトリフと一緒に街へ来て馴染みの店で多少の会話をするくらいである。
     ガンガディアは賑やかな市場を歩いていく。大きな街なので活気があった。すれ違う人々の表情は明るい。この街は魔王軍の攻撃を受けて半分ほどが崩壊したが、修復が進みこの街に戻る人も多いのだという。
     ガンガディアは既に買い物は済ませ、手には行きつけの店で買った茶葉の紙袋があった。店主は一人で来たガンガディアを見て、マトリフは一緒じゃないのかと不思議そうに言ったが、ガンガディアがマトリフは体調を崩したのだと伝えると、熱冷ましの茶葉をおまけしてくれた。ガンガディアは丁重に礼を言って店を出た。言い付けられた買い物は済んだので、早く街外れまで出てルーラで帰りたかった。ガンガディアは人混みを縫うように歩みを早める。
    「おい、お前」
     呼び止められてガンガディアは振り向く。そこには数人の男たちが立っていた。そのうちの一人がガンガディアをじっと見ている。彼らはその格好から冒険者であるようだった。歳は若く、それぞれが剣などを腰にさしている。ガンガディアは嫌な予感がした。するとガンガディアをじっと見ていた男が口を開いた。
    「お前、魔族だろう」
     ガンガディアは少々の驚きを感じた。ガンガディアは街に来るときはモシャスで人間に化ている。だが熟練した魔法使いであったらモシャスを見破ることも可能だ。どうやらこの男はそれなりの魔法使いなのだろう。そして街に現れた魔族を見過ごさない勇気もあるようだ。
     ガンガディアは眼鏡を押し上げる。冷静にな、とマトリフの声が聞こえるようだった。ガンガディアも揉め事は起こしたくはない。だが、既に見破られた正体を誤魔化すことも不可能だ。ここは穏便に済ませようと正直に認めることにした。
    「そうだが、何かね?」
    「やっぱり……こいつ魔物だ!」
    「だったらどうした?」
     ガンガディアの声は冷たく響いたが、男たちはそれを気にせず、むしろ愉快げに口元を歪ませた。そこには隠しきれない気持ちの高ぶりと歓喜がある。彼らの一人がその感情のままに大声で叫んだ。
    「またこの街を襲うつもりか。そうはさせない!」
     若い正義を振りかざした青年に、ガンガディアは溜息をついた。本来であれば彼の行動は褒められたものだろうが、あいにくガンガディアは急いでいる。額に青筋が立つのが自分でもわかった。だができる限りの冷静さで言葉を選んだ。
    「そのつもりはない。見ての通り買い物をしていただけだ」
    「そんなわけあるか! 魔族は許さねえ!」
     男が手を振り上げた。その手に魔法力が集まっていく。他の者たちも一斉に武器を構えた。ガンガディアは男たちの考えの無さに苛立った。ここは市場だ。店も人も多い。無闇矢鱈に呪文や武器を振り回しては怪我人が出るだろう。既に何人かが足を止めてこちらを見ていた。
    「私と君たちの実力差もわからないのかね」
    「かかってこい。俺たちが殺してやる!」
    「会話が成り立たないか。これは困ったな」
     ガンガディアは手に持っていた紙袋を見る。そして片手を上げた。これが最後通告のつもりだった。もしこれでも彼らが引かなければ、ルーラで去るつもりだった。本来なら街中でルーラは使いたくない。ルーラは人間にとっては珍しい呪文だ。ガンガディアはモシャスで化けているとはいえ、人目を引きたくない。
    「君たちがここで引くなら手出しはしない。だが攻撃をするなら……」
     ガンガディアが言い終わる前に呪文が飛んできた。それに反応が遅れたのは、モシャスで人間に化けていたせいだ。相殺が間に合わず腕で受け止める。痛みと共に肌が焦げる匂いがした。この程度の呪文で傷を負うとは人間の体の脆さに驚く。
    「ッ……忠告も聞けないのかね」
     呪文の衝撃音で人が集まってきた。そこには先ほど訪れた店の店主もいる。店主はガンガディアを見て驚いていた。店主はガンガディアに攻撃した男に向かって怒鳴った。
    「何やってんだあんたら!」
    「こいつは魔物なんだよ! あんたらを騙してたんだ!」
     ガンガディアを攻撃した男が言う。しかし店主は首を振ってガンガディアを見た。
    「この人はうちの常連だ。魔物だなんて……」
    「見てみろ!」
     男が言って何かをガンガディアに投げつけた。それはガンガディアに当たって足元に落ちる。一見オーブのようだが、ガンガディアの足元でそれは赤色に光っていた。インパスのような効果があるアイテムなのだろう。
    「それは見分けのオーブだ。魔物が近くにいれば赤く光る」
     人集りに騒めきが生まれた。先ほどの店主が驚いた表情でガンガディアを見ている。いや、驚きよりも侮蔑の色が強い。
     これはまずいことになったとガンガディアは思った。最も避けたかった結末に近づきつつある。ガンガディアが魔物だとバレてはマトリフにも害が及ぶ。魔物を連れ歩いているなどとわかれば、この街には二度と来れないだろう。
    「これには訳がある。説明をしても構わないかね」
     しかしガンガディアの言葉は届かなかったようだ。また呪文が飛んでくる。今度こそ同じ呪文で相殺するが、男たちの攻撃は止まらない。次々に呪文が繰り出され、ガンガディアも呪文を唱えるが、使いにくい人間の体では上手くいかない。幸いにしてそれほど威力のある攻撃ではなかったが、無傷というわけにはいかなかった。いくつかの呪文を受けてガンガディアは地に膝をついてしまう。最初に攻撃を受けた腕は上がらなくなってしまった。これ以上は好き勝手にさせられないと、ガンガディアははモシャスを解こうとする。
     そこに無数の氷が降り注いだ。
     周りにいた人間が悲鳴を上げた。男たちが半分凍りついている。ガンガディアは空を見上げた。そこにいたのはマトリフだった。
     マトリフは下降するとガンガディアの横に降り立った。マトリフの手がガンガディアの腕に触れる。眩い回復呪文の光が灯った。
    「すまない。私が魔物だと知られてしまった」
     そう言ってからガンガディアは自分が紙袋を持っていないと気づいた。マトリフに頼まれて買った茶葉が入ったものだ。見れば足元に落ちて無残な姿に成り果てている。それを残念に思う気持ちと、この場の人間を捻り潰したいと思う気持ちがせめぎ合う。
     ガンガディアは回復した手でマトリフの手に触れた。その手は熱い。見ればマトリフの表情は虚ろだった。立っているのも苦しいのか、身体が今にも倒れそうに傾いている。
    「大丈夫かねマトリフ。まだ熱がある」
     ガンガディアは支えるようにマトリフの身体に手を回す。そうしてから、今の自分が人間からどう見られているのか思い出した。マトリフに触れれば、そばにいれば、マトリフの立場を危うくする。
     マトリフはよほど辛いのかガンガディアの手を掴んで支えにした。そしてじろりと見上げてくる。
    「てめえの心配をしやがれ」
    「私は無事だ。もう帰ろう」
    「そうはいくか」
     マトリフは言うと憎しみのこもった目で人間たちを見た。マトリフが手に魔法力を集めている。ガンガディアは思わずその手を止めた。
    「賢明な判断ではない」
     人間に攻撃するということは、彼らと敵対するということだ。ガンガディアはともかく、人間であるマトリフがその行動を取れば、後戻りはできなくなる。
    「賢明なんてクソ喰らえだ」
     マトリフが呪文を放つ前にガンガディアはモシャスを解いた。そして力ずくでマトリフを掴んでルーラを唱える。離しやがれ、とマトリフはもがいたが、有無を言わせずガンガディアはその小さな身体を手に押し込めた。

     ***

     ガンガディアは洞窟を前にして驚愕し、目を見開いた。思わず抱えたマトリフを抱く腕に力がこもる。
     マトリフの洞窟は人目を避けるようにひっそりと存在している。岩の出入り口を閉じてしまえば、そこに洞窟があるなど気付かないほどだ。
     その洞窟が呪文によって焼け焦げていた。入り口から内部に向けて閃熱呪文でも放ったかのような有様だ。まだ燃え残りが赤くちらついていることから、燃やされてからそれほど時間は経っていないように思える。煙が暗い空へと細くのぼっていた。
    「誰がこのようなことを!」
     もし洞窟の中にマトリフがいるときだったらと思うとガンガディアは背筋が凍りついた。そして瞬時に怒りが沸き起こる。それともマトリフがいない隙を狙ったのか。どちらにせよガンガディアは怒りで震えた。
     するとガンガディアの腕の中でマトリフが身じろぎをして言った。
    「オレがやったんだ」
     その声は黒い海に飲み込まれるようだった。太陽が沈んで暗闇が支配する世界で、眼前の海は一定のリズムで波立っているが、それが不気味な誘い声のようだった。
    「君が?」
     マトリフは抵抗する力を無くしたのか、ガンガディアの腕の中でぐったりと身を預けていた。洞窟に一瞥もくれずにマトリフは頷く。先ほどまで熱かった身体は今は冷えていた。潮風が吹き荒び、マトリフの身体から体温を奪っていく。その風で洞窟の中の燃え残りがあぶられ、火の粉が散った。
    「理由を聞いても?」
     洞窟にはマトリフが収集した雑多な物が溢れていた。中には貴重なものもあり、魔導書などは唯一無二のものさえあった。それを自らの手で焼き払うなど、相当な理由があったはずだ。
     マトリフは口を閉ざしていた。言いたくないのだとわかるが、ガンガディアも引けなかった。この洞窟の様子では中で休むこともできない。体調を崩しているマトリフには休む場所が必要だった。マトリフの仲間の中で彼を助けてくれそうな人物を考える。そこでふと、先ほどの街での出来事が思い出された。久しぶりに向けられた敵意と攻撃に、重苦しい思いが胸を占める。人間への忌避感は拭えないが、それよりマトリフが優先だ。カールにいる勇者ならばマトリフを無下にはしないだろう。
     ガンガディアがカールへ向けてルーラを唱えようとしたら、マトリフがぽつりと呟いた。
    「……おまえだけには言えねえ」
     その言葉にガンガディアは気持ちがすっと冷えた。腕の中のマトリフは顔を背けている。ガンガディアとマトリフは敵同士の間柄の頃から身体の関係を持ち、そこからなし崩しに今の関係に落ち着いた。考えれば信用などされていなくて当然かもしれない。だがそこに寂しさを感じた。しかし今はその気持ちを飲み込む。
    「言いたくないのなら構わない。しかし今の君には休養が必要だ。カールに向かおうと思うが、いいかね?」
    「駄目だ」
    「ではどこならいい?」
     マトリフは考え込むように口をつぐんでいたが、ガンガディアをちらりと見ると諦めたように溜息をついた。それでも言い淀むように葛藤しながら、背に腹は替えられないと口を開いた。
    「……行ってほしい場所がある」
    「どこだね」
    「おまえは行ったことねえから……悪いがギルドメインまで行ってから、トベルーラで飛んでくれ」
    「わかった」
     ガンガディアはマントを外すとそれでマトリフを包んだ。
    「つらくはないかね」
     すっぽりと包まれたマトリフは、気まずそうに頷いた。いつものように憎まれ口が出てこないところを見ると、やはり身体がつらいのだろう。これまでも老年故の体調不良や、使用した呪文の負荷で寝込むことがあった。だがそれらと今回の不調は何かが違った。そのことにガンガディアは焦燥を感じる。行き先があまり時間がかかる場所でないといいのだが。
     マトリフはマントで顔を隠すと身を丸めてガンガディアの胸に擦り寄った。ガンガディアはその確かな温もりをそっと抱きかかえてルーラを唱えた。

     ***

     ガンガディアは月に照らされながら山脈を飛んだ。おおよそ人が住まう土地ではない。しかしマトリフは行く先をよく知るらしく、迷わずにガンガディアを誘導した。
     ガンガディアは飛びながら時折マトリフを見た。マトリフは真っ直ぐに飛ぶ先を見ている。寒くないようにとガンガディアはマトリフを腕の中にしっかりと抱き込みたいのだが、マトリフは身を乗り出すように風景を見ていた。マトリフを落とさないようにとガンガディアは慎重に力を込める。
     ガンガディアにとってマトリフは憧れだった。それは敵対していた頃から、今に至るまで変わらない。そんなマトリフを何としてでも手に入れたいと願い、実行した。それが一緒に暮らすほど穏やかな関係になったのはガンガディアも不思議だったのだが、それでも満ち足りた生活だと思っていた。
     ガンガディアはまたマトリフを見る。そして先ほどから考えていたことを口にした。
    「私との暮らしは嫌だったかね」
     マトリフが洞窟を焼き払った意味。しかもガンガディアがいない間にだ。急ぎでもない買い物を言い付けたのさえ、そのためなのだろう。住み慣れた洞窟を放棄するほど、マトリフはあの生活が嫌だったのだろうか。
    「……なんでだよ。んなこと言ってねえだろ」
    「しかし……」
    「違えよ。逆だよ逆」
    「逆とは……私との生活は気に入っていたということか?」
    「わざわざ言うな……そうだよ」
    「では何故」
     マトリフはその問いには答えなかった。代わりにマントから手を出して指を指した。
    「見えたぞ。あそこだ」
     ガンガディアは指差されたほうを見る。見れば不自然に途切れた山がある。まるで刃物で切り取ったかのように平になっていた。その麓には小さな村がある。
    「あの上まで行ってくれ」
     ガンガディアはマトリフをしっかりと抱えると上空に向かって飛んだ。雲の中を飛び、それを抜けると澄んだ空気が身を包んだ。
     そこには人工的に作られた、柱で囲む半球があった。通路が伸びているが、それも途切れている。まるで何かの建造物の入り口のような場所だった。
     ガンガディアはその半球の前に降り立つ。マトリフが降ろせと言ったのでその半球の前にそっと降ろした。
     マトリフは半球に手をついて身体を支える。そして懐かしむようにその半球を見ていた。
    「ここは?」
    「オレの故郷だよ。封印されちまって、もう帰ることもできねえけどよ」
     不自然に消えた空間がその封印された故郷なのだろう。それ故に何もない。ガンガディアはてっきりマトリフが安全で休めるような場所を選んだのかと思っていた。しかしここは風も強い。ガンガディアは支えるようにマトリフの背に手を回した。
    「気は済んだかね。あまり無理をすると……」
     その先を言わなかったのは無意識に避けていたからだ。言葉を濁したガンガディアをマトリフが見上げる。
    「ほんとは言いたくなかったんだけどよ」
     マトリフは苦笑していた。ようやく理由を話してくれるというのに、ガンガディアはその先を聞きたくないと思った。本当はどこかで気付いていたのかもしれない。
    「オレは……もうすぐ死ぬ」

     ***

     孤独は夜の海のようだ。黒々として果てがなく、どこまでも広がっている。はじめて孤独を感じたのはいつだったか、ガンガディアはもう覚えていない。
     だがいま目の前に迫り来るマトリフの死に、ガンガディアは怯えよりも孤独を感じていた。彼を失うことよりも、失った後の自分を真っ先に考えたのだ。
     それはある種の衝撃をガンガディアにもたらした。愛しているという感情は人間固有のものではないが、自分のそれが随分と薄情であったとわかったからだ。置いていかないでくれと、赤子のように縋る気持ちが胸を満たす。その先にあるのは孤独だった。
    「どうした……ガンガディア」
     言葉をなくしているガンガディアにかけられた声は、思いほのか優しく響いた。マトリフは秘密を打ち明けてしまったからか、存外にすっきりとした表情をしていた。
    「嘘だとは言ってくれないのかね」
    「生憎な。どうやら本当らしいんだよ」
     そこからマトリフは自分の生い立ちについて話した。それは両親の顔も知らないこと、そしてこのギュータで師匠に育てられたこと、その師匠が自分の死期を悟っていたことについてだった。
    「君も同じだということかね。その、自分の……」
     ガンガディアは言葉が出ない。口にすることさえガンガディアには恐ろしいことだった。
    「数日前にな、突然にわかっちまったんだ……説明は難しい。ただ、そうなんだよ」
     マトリフは淡々と語った。そこには死へ向かう恐怖はないようだ。その存在の消失を恐れているのはむしろガンガディアのほうだ。ガンガディアは無意識にマトリフの身体を強く握る。マトリフは痛みに顔を歪めた。
    「嫌だ……大魔道士……」
     これまでガンガディアの周りには同じ種族がいなかった。トロル族は勿論いたが、みんなガンガディアとは違った。そして知識を欲して本を読みたいトロルなど、ガンガディア以外にはいなかったのだ。ガンガディアはおそらく、そこではじめて孤独を感じた。自分だけが違うというのは孤独だった。だがそれはトロルに限った話ではなかった。魔族は力を追い求める者は多いが、知識はあまり重要視していない。だが呪文にしても戦い方にしても、知識と工夫で多彩な力を得る。ガンガディアは必死で周りに説明した。だが誰もわかってくれなかった。
     それからというもの、ガンガディアは終始苛立っていた。孤独を埋めることは出来ず、コンプレックスは常につきまとった。唯一ハドラーだけがガンガディアを評価して側近としてそばに置てくれたが、彼もまた変わってしまった。ガンガディアは己のあり方を証明したかったのかもしれない。知識は力に劣らないと、誰かに認めてもらいたかった。
     そしてガンガディアはマトリフに出会った。それは眩い光であった。
     マトリフは他とは違った。マトリフは自分の弱点を魔法力と知恵で補っていた。いや、弱点をわかっていながらガンガディアはマトリフを捕らえることすらできなかった。それほど圧倒的な差を感じたのだ。だから憧れた。自分の目指す先に既に彼は立っていた。
     マトリフはそれからもガンガディアの憧れであり続けた。そばにありながら、その存在を超えることはできなかった。
     そのマトリフが消えるという。この世からその存在が消えてしまう。ガンガディアは何かが崩れるのを感じた。
    「馬鹿野郎……いま殺す気か……」
     手を叩かれる微かな刺激にガンガディアははっとする。マトリフを握り込んでいたことに気づいて慌てて手を離した。マトリフは息苦しそうに喘いでいる。
    「すまない」
    「まあ、そういう最後も悪くねえけどよ」
    「軽口でもそのような事は言ってほしくない」
     今度こそそっとマトリフを抱きしめる。マトリフは長い息をついて脱力した。そうしていると風の音だけが二人を包んだ。残りの時間がどれほどなのか、ガンガディアはたずねようとしてやめた。それが数日でも数時間でも、こうやって抱きしめていればいい。
    「では洞窟を焼いたのも」
    「何も残したくなかったんだよ。湿っぽいのは嫌だしな。本当はおまえがいない間に一人でここに来るつもりだった」
    「何故だ……いや、では何故私のところに」
     おそらくマトリフは残りの体力や魔法力をわかっていたはずだ。洞窟を焼き、ルーラでここへ来れるだけの魔法力は温存していたはず。それをガンガディアを助けに街へやってきた。確かに多少は攻撃を受けたが、ガンガディアが本当に人間ごときにやられると思ったのだろうか。
     言い淀んだマトリフだったが、ややあって重苦しく答えた。
    「最後に一目おまえを見ておこうと思って街まで行ったら、あんなことになってやがるから……放っておけるかよ」
    「では何故私がいない間にいなくなろうとしたのかね」
    「それは……おまえに死ぬとこなんて見せたら、後を追ってきそうだからだよ。おまえはオレを追うのが好きだもんな」
     最後は冗談めかして言ったマトリフであったが、ガンガディアが笑わないのを見るとバツが悪そうに顔をそむけた。
    「もし君が何も言わずに私の前から姿を消していたら、私は君を探して世界中を破壊していた」
    「ぶ、物騒なこと言うなよ……んなことしねえだろ?」
    「いいや。もし君がこんなところで一人で死んだと知ったら、私はどうしていたか……」
     ガンガディアの言葉にマトリフは参ったというように頭を押さえた。マトリフはガンガディアの思いの強さを見誤っていたらしい。しかしガンガディアもまた、マトリフの愛情をわかっていなかった。マトリフはガンガディアが思っているよりずっと愛してくれていた。それを嬉しく思わないはずがない。それは心に空いた埋められない隙間を、そっと満たしていく。
    「私は君に出会うためにこの百年を生きてきたのだと思うよ」
     ガンガディアの言葉にマトリフは鼻で笑った。
    「……なにを大層なこと言ってやがる」
    「嘘ではない。私の百年の孤独は、君ではじめて埋まった」
     ガンガディアはかつて魔王軍に身を置きながら、己の修練に満足していた。力も知力にも自信があった。それなのにどこか満たされない気持ちがあった。ところがマトリフに出会って己が目指す先が遠いと知った。それは途方もない道のりであったが、孤独は薄れていった。
    「あんまり買いかぶってんじゃねえよ。オレには魔法しかなかったんだよ」
     マトリフはどこか拗ねるように言った。
    「オレの師匠は魔法使いのくせに剣まで振り回す人だったんだよ。そんでオレにも剣の修行をさせやがった。でもオレは全然ダメだった。剣だけじゃねえ。武術だって勝てた試しがねえ。オレには魔法しかなかったから、それだけやってたんだ。オレからしたら、おまえのほうがよっぽど凄いぜ。自分の理想のために努力できる奴には敵わねえよ」
     ガンガディアはマトリフの賛辞に面食らった。これまで彼がそのように真っ直ぐな言葉でガンガディアを褒めたことなどなかったのだ。それがまるで別れの言葉のようで、ガンガディアは嬉しくはなかった。憎まれ口の方がよほどいい。
    「だからオレがいなくなっても、楽しく生きろや」
    「そんな言葉は聞きたくない!」
    「なんでだよ……最後の最後で素直になってんのによ」
     マトリフはつらそうに息をつくと、空に浮かぶ白い月を眺めた。まるで誰かを見ているかのような表情に、マトリフがすぐにでも消えてしまうような気がした。ガンガディアはその視界を遮るように覗き込む。
    「もう一度だけ言わせてくれ。私のために魔族になって生きてくれないか」
     それはこれまで何度もガンガディアが言ってきたことだった。魔族になれば長く生きられる。脆弱な身体も強くなる。悪いことなどないはずだ。だがマトリフは首を横に振った。
    「何度聞かれたって答えは変わらねえ。断る」
    「何故なんだ……」
     ガンガディアは膝をついて項垂れた。どれほど握り込んでも砂は指の隙間からこぼれ落ちていく。そんな焦燥と心許なさに心がかき乱された。
    「なあガンガディア」
     マトリフはそんなガンガディアの頬に手を当てると顔を上げさせた。
    「オレは親の顔も知らねえ。家族ってやつも持たなかった。だがオレには師匠がいたし、里のみんなもいた。仲間もいたし、弟子もできた。だが、どこかでずっと孤独を感じてきた」
     意外な言葉にガンガディアは瞠目する。マトリフは人間嫌いであるが、その周りには信頼できる仲間がいた。その彼が孤独を感じていたと言う。
    「おまえの孤独をオレで埋められるように、オレの孤独はおまえで埋まっていた。なぜだろうな。おまえの存在があるだけで、オレはこの世界で一人きりでもいいような気がした」
     マトリフはガンガディアを見据えた。そこには天才故に疎まれ遠ざけられた男がいた。老練で塗り固めた壁の奥には脆い心がある。それを今はガンガディアに曝け出していた。
    「オレを大魔道士って呼びながら追いかけてくるおまえが、結構気に入ってたんだぜ」
     それは初めて聞いたことだった。それはおそらくまだ敵対していた頃のことだろう。軽々とあしらわれた記憶が蘇る。
    「だから、おまえはオレの思い出でも抱えて、また百年生きろ」
     マトリフは彼らしく皮肉な笑みを浮かべていた。やはりマトリフの意思は変えられなかった。ガンガディアはマトリフから手を離す。その手は地に落ちた。その手へ雫が落ちていく。ガンガディアの眼から大粒の涙が流れていた。
    「やはり君は残酷だったな」
    「オレの両腕はオレの人生だけでいっぱいなんだ。てめえの面倒までみられるかよ」
     言いながらマトリフは半球から降りるとガンガディアの前に膝をついた。今度はマトリフからガンガディアの手を取る。その手から魔法力が失われていくのを感じて、ガンガディアは声にならない声を上げた。ガンガディアはマトリフの小さな手を両手で包む。そんなことで何も止められないと理解していたが、ガンガディアはそうせずにはいられなかった。
    「憎らしいよ。それでも君を愛してる」
    「ああ、オレもだぜ」
     マトリフはガンガディアの胸に倒れ込んだ。その表情は穏やかだ。まるで眠りに落ちていくように瞼が下りていく。
    「あばよ……」
     風が一際強く吹いてマトリフの髪をさらっていった。腕の中の身体から命が失われていく。ガンガディアは胸の奥底に焼け付くような寂寥を感じた。それがじわじわと喉元まで込み上がってくる。それが不明瞭な呻き声になって口から漏れた。叫び出しそうになるのを必死で堪える。だが今この瞬間に何を堪える必要があるのだろうか。ガンガディアは感情のままに泣き叫んだ。その声も風に千切れていく。まだ温もりのあるその身体を胸に抱きしめた。
     どれほどそうしていたか、遠くの空が明るくなっていた。枯れた声でマトリフにそのことを告げる。もう声は返ってこなかった。雲の下では太陽がゆっくりゆっくりのぼってくる。



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    MAIKINGガンマトとハドポプが混在している世界線のお話の続きです。マトポプは師弟愛です。ひたすらしゃべってるだけです。
    ダイ大原作と獄炎のネタバレを含んでおりますので、閲覧の際には十分にご注意くださいませ。
    捏造と妄想がかなり激しいです。いわゆる、何でも許せる人向け、となっております。
    このシリーズは一旦ここで完結という形を取らせていただこうと思います。続きを待ってくれておりましたなら申し訳ないです……。
    大魔道士のカミングアウト 5 「――ハドラー様は10年前の大戦にて亡くなられたと聞き及んでいたのだが」

     本日二度目のガラスの割れる音を聞いた後、ガンガディアから至って冷静に尋ねられたポップは一瞬逡巡して、ゆっくりと頷いた。

     「ああ、死んだよ。跡形もなく消えちまった」

     さすがにこのまま放置しておくのは危ないからと、二人が割ってしまったコップの残骸を箒で一箇所に掻き集めたポップは片方の指先にメラを、もう片方の指先にヒャドを作り出し、ちょんと両方を突き合わせた。途端にスパークしたそれは眩い閃光を放ち、ガラスの残骸は一瞬で消滅した。

     「そうか……ハドラー様は君のメドローアで……」

     なんともいえない顔でガンガディアはそう言ったが、ポップは「は?」と怪訝な顔をして振り返った。
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