幸せに名前なんてなかったから4 その翌日。予感はしていたがビルの前で死蝋が待ち伏せていた。瘴奸は一瞬足を止めかけたが、何も言わずに通り過ぎようとした。その背を、死蝋が当然のようについてくる。
「おはよ」
顔を覗き込んでくる死蝋に、瘴奸は顔を背ける。屋上に上がるためにエレベーターに乗り込むと、死蝋も乗り込んできた。死蝋は階数のボタンを押さず、エレベーターは屋上へと昇っていく。そもそも、瘴奸は清掃のためにこの時間に出社するが、ビルの中に入る会社の者の出社時間はもっと遅かった。
瘴奸はパネルを見つめるふりをして、死蝋の視線から逃げた。構わずこちらを見てくる視線を針のように感じる。
「やっぱりあんたが誰なのか思い出せないんだけどさ」
その言葉に、一瞬目の奥が揺れた気がした。想定していた反応のはずなのに、どうして胸の奥がこうも沈むのか、自分でもわからなかった。
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