禁呪法 アバンがガンガディアの姿を見たのは久しぶりだった。深い森の奥の、誰からも忘れられたような遺跡に彼はいた。その姿は以前と変わらないように見える。
「お久しぶりですね」
ガンガディアと会ったのは二十年ぶりだろうか。最後に会ったのはマトリフを見送った日だ。みんなが泣きながら別れを惜しむ中で、ガンガディアは毅然としていた。最後までマトリフと共に過ごしたのだから、誰よりもその喪失を感じていただろう。しかし彼は最後の最後まで涙を流さず、その墓をじっと見つめていた。
「勇者か。久しいな」
「ここに住んでいたのですか。実は興味深い文献を読んで……」
アバンは各地の遺跡調査を行っていた。この遺跡を記した書物を手に入れて、調べに来たのだ。
「ガンガディア?」
高い声が聞こえて、アバンは遺跡の奥へと目を向けた。その声は子供のもののように聞こえたのだ。
ガンガディアは遺跡の奥を振り返る。その巨躯を屈めてから、ゆっくりと立ち上がった。
こちらを向いたガンガディアの腕には少年がいた。淡い髪色をした、十にも満たないほどの少年だ。少年はアバンを見ると怯えたように身を屈めた。
「そちらは?」
その少年は人間のように見えた。さらには、その少年にマトリフの面影が見えたのだ。
ガンガディアは少年の背を大きな手で摩る。怖がらなくていいと小さな声で言い聞かせていた。
「すまない。人間に慣れていなくてね」
ガンガディアはそう言うと少年を下ろした。少年は遺跡の中へと駆けていく。アバンはその背を目で追った。
「禁呪法だ」
ガンガディアが言った。その声は不気味に響く。
「私が禁呪法で作った子だ」
「マトリフに似ていると思うのは私の思い過ごしですか」
「いいや。彼は実際にマトリフの一部を元にして作った。似るのは当然だ」
ガンガディアは平然としていた。禁呪法を使うことも、マトリフに似せた子を作ることも、彼にとっては禁忌ではないのだろう。
「安心してくれ。この件についてはマトリフに了承を得ている」
「彼が許可したのですか」
「死んだ後のことは好きにしていいと言われている」
だからといって、とアバンは言いそうになる。だが、何がいけないのか咄嗟に言葉にできなかった。
「彼は人間なのですか」
「いいや、魔族だ。彼を作って二十年が経つが、まだ子供のようだろう。魔族は人間のように成長が早くない」
ガンガディアは視線を遺跡の中へと向けた。その視線は穏やかだ。
「すまないが、ここの遺跡のことは忘れてくれ。すっかり私たちの家として作り変えてしまったのだよ」
「そうですか」
アバンは小さく頭を下げてその遺跡を後にした。ガンガディアは遺跡の出入り口でアバンを見送る。その足元に少年が寄り添っていた。