魔導図書館の英霊「大魔道士」
ガンガディアは思わずマトリフに呼びかける。マトリフは多くの兵士に囲まれて、地図を広げながら指示を出していた。
ヨミカイン魔導図書館の泉のすぐそば。パプニカ王家の兵士たちは物々しい警戒をしていた。その中心にマトリフがいる。
ガンガディアは戸惑いながらもマトリフに近付く。沢山いるパプニカの兵士たちは誰一人としてガンガディアに気付かなかった。
ガンガディアは死んで霊となった。あの地底魔城の闘技場で炎に包まれ、そこで意識が途切れたが、次に気がついたときにはヨミカインにいた。
ヨミカインは湖に沈んでいた。水に揺蕩う魔導書を目にしてガンガディアは改めて罪の意識に苛まれた。どうにかできないかと泉の奥深くに沈んだ魔導書を拾おうとしても、ガンガディアの体では物に触れることはできなかった。透き通った手は魔導書を貫通してしまう。魔導書だけでなく、ガンガディアは実在する物に触れられなかった。
ガンガディアはヨミカインの魔導書を引き上げられないかと考えていた。するとある日、泉の上が騒がしくなった。見てみればパプニカの兵士が集まっている。咄嗟に警戒したものの、誰もガンガディアには気付かなかった。ガンガディアが実在するものに干渉できないように、人間たちにはガンガディアを認識できないようだった。
泉の底へ戻ろうとしたガンガディアだったが、そこである人物を見つけた。マトリフだ。マトリフは兵士に囲まれるように泉へと歩いてきた。
ガンガディアはマトリフを見つめた。マトリフは兵士たちに指示を出しながら泉を覗き込んでいる。聞こえてくる言葉から、彼が魔導図書館の修繕の行おうとしているとわかった。
「大魔道士」
ガンガディアの言葉はマトリフには届かない。マトリフはそばに立つガンガディアに気づく様子もなく通り過ぎていく。マトリフの真剣な眼差しに、ガンガディアは胸が詰まった。
もしかすると、マトリフはガンガディアの後悔を引き受けてくれたのかもしれない。
ガンガディアにとってヨミカインは大事な場所だった。理由があったとはいえ、それを壊してしまった。最後に残った火竜変化呪文の魔導書をマトリフに託したのはせめてもの罪滅ぼしだった。
マトリフがヨミカインを復活させてくれたらどれほど嬉しいだろう。ガンガディアは無いはずの肉体が震えるようだった。
だがガンガディアはあることに気付いて振り返る。そこには一人の老人がいた。着用しているローブからパプニカ王家の者だとわかる。その者から禍々しい気配を感じた。その老人は一点を見つめている。その視線の先を辿ると、そこにいたのはマトリフだった。