七夕 晴れた夏の夜空を、立ち昇った紫煙が横切っていく。マトリフは指に挟んだ煙草が短くなっていくのを見て、もう一本火をつけるかどうか考えていた。
広くて見晴らしのいいベランダで、マトリフは裸足にサンダルを突っ掛けて煙草を吸っていた。
夜空では年に一度の逢瀬をする恋人がいるという。そんな不遇な恋人たちは残りの三百六十四日を、どんな気持ちで過ごすのだろうか。
「マトリフ」
ベランダのガラス戸が空いてガンガディアが姿を見せた。室内の明るい光がガンガディアを照らしている。マトリフは煙草を口元に運んで吸い込んだ。
「風呂へ入らないか?」
「これが終わったらな」
マトリフが煙草を吸い込めば、火が強く灯る。ぎりぎりまで吸おうとしていると、ガンガディアはじっとマトリフを待っていた。
ガンガディアは健気な恋人だ。ガンガディアなら、年に一度の逢瀬でも辛抱強く待つのかもしれない。だがマトリフは自分にはできないだろうと思う。
マトリフは煙草を灰皿に押し付けた。煙草とライターをひとまとめに持って、もう一度夜空を見上げる。
どれほど大きな河が二人を隔てたとしても、それを飛び超える魔法があればいい。河を飛び越えたなら、愛しい人の手を掴んでどこへだって行ける。
「ガンガディア」
マトリフはガンガディアの手に手を絡める。本当に運命が二人を分つときは、きっと冷静ではいられない。
「……オレたちはずっと一緒だよな」
「急にどうしたんだね」
ガンガディアはマトリフの言葉を冗談か何かだと思ったらしい。ガンガディアはマトリフの腰に手を回すと首筋に口付けた。それがどうにもくすぐったい。マトリフが逃げるように身を捩れば、ガンガディアは逃さないように腕に力を込めた。
「私たちはずっと一緒だ」
冗談めかしたその言葉をマトリフは信じたかった。漠然とした不安がずっと胸の底に澱となっている。だがそれに見ないふりをして、目の前の温もりを抱きしめた。