ポメガバース その白くてふわふわの毛並みはまるで綿毛のようだった。太陽に照らされてきらきらと輝いて見える。
「見たことのない魔物だな」
ガンガディアはその白い毛並みの生き物を見つめて呟いた。場所はマトリフの洞窟のすぐそばだ。その白い毛並みの生き物はガンガディアを見て驚き、逃げ出そうとした。
「待ちたまえ」
ガンガディアは片手でその生き物を捕まえる。四つ足だが足は短く、いくらばたつかせても逃げられはしない。ガンガディアははじめて見た生き物に目を輝かせた。
だがガンガディアが捕まえたその生き物は魔物ではなく犬だった。それもポメラニアンという犬種である。ガンガディアは犬を見るのは初めてだった。
「君を詳しく調べてみたい。もしかしたら何かの亜種だろうか」
ガンガディアはその白い犬を持ったままマトリフの洞窟に入っていった。
「大魔道士」
ガンガディアは洞窟の奥に向かって呼びかけた。しかし返事はない。白い犬が小さな声で鳴き声を上げた。
「留守か。大魔道士の蔵書に君の事が載っていないかと思ったが」
ガンガディアはこの洞窟のすぐそばの森で暮らしている。そして時折りこうしてマトリフの洞窟を訪れては、魔法談義に花を咲かせていた。今日もガンガディアは手土産の花を携えて洞窟を訪れていた。
「クゥン……」
犬が鳴き声を上げた。何か言いたそうな表情をガンガディアに向ける。ガンガディアは持っていた花を机に置くと、その犬を両手で持ってまじまじと見つめた。
「プリズニャンのような……いや、角のないアルミラージか……」
その犬は全体的に丸いフォルムで、愛くるしい見た目だ。しかし目付きだけが胡乱である。まるでこちらを見透かすような深い知性を感じてガンガディアは眉間に皺を寄せた。
「……どこかで見たような」
ガンガディアはその犬を色々な角度から見つめる。犬は嫌がるように暴れたが逃げ出せはしなかった。
するとそこへ元気のいい声が響く。
「おーい師匠!」
洞窟へ入ってきたのはポップだ。ポップはマトリフから卒業の太鼓判を押された後も、以前と変わらずこの洞窟へと遊びにきていた。
「やあポップくん」
「ガンガディアのおっさん。あれ、師匠はいねえの?」
「留守のようだ。ところで君はこの魔物を知っているかね?」
ガンガディアは手に持っていた白い犬をポップに見せた。犬は不服そうな顔をしている。
「そいつは犬だぜ。なんて種類だったっけなあ」
「魔物ではなかったか」
ポップはガンガディアに犬の説明をした。人間に飼われていることが多いこと、人懐っこいこと、嬉しいと尻尾を振ること。ガンガディアは熱心にその話を聞いた。
「それでこの犬どうしたんだ?」
「この洞窟のそばにいた。もしかして大魔道士の飼い犬だろうか」
「犬を飼い始めたなんて聞いてねえけどな。それに師匠が犬の世話なんて出来るかなあ」
ポップは歯を見せて笑うと犬の顎のあたりを撫でた。すると犬が不機嫌そうに唸る。ポップは慌てて手を引っ込めた。
「おっと、嫌だったか?」
犬はまた逃げ出そうともがいている。しかし短い足をぴょこぴょこと動かす様はどう見ても可愛らしさを感じるものだった。
「この犬には飼い主がいるのだろうか?」
「どうだろ」
ガンガディアは暴れる犬をそっと床に下ろした。もしかしたら飼い主の元へ帰りたくて暴れているのかもしれないと思ったからだ。
犬は床に降りた途端に外へ向かって走り出した。しかし足が遅い。まるで四つ足に慣れていないかのように辿々しく走っていく。
「んで、師匠いつ帰ってくんの? 本を借りに来たんだけど」
「私も今日は出かけると聞いていない」
ガンガディアとポップは二人で首を傾げる。すると洞窟の外から声が聞こえてきた。
「兄者〜! この犬が逃げてきたけど」
そう言いながら洞窟に入ってきたのはまぞっほだった。その手には先ほどの犬が抱えられている。犬は心なしかウンザリした表情をしていた。
「あれ、兄者いないのか?」
犬が唸るようにワンと吠えた。この白くて小さなポメラニアンこそマトリフであることに、三人はまだ気付いていない。
***
ガンガディア、ポップ、まぞっほの三人は一匹のポメラニアンを囲んで談笑していた。三人はマトリフに会いにこの洞窟を訪れ、そこでポメラニアンを見つけた。三人はマトリフが留守だと思って帰りを待っているが、このポメラニアンこそがマトリフであることに気付いていない。
まぞっほがポメラニアンをじっと見つめた。するとポメラニアンはすっと顔を背ける。
「昔、里でこんな犬を見たことがある気がする」
まぞっほの言葉にポメラニアンの耳がピクンと揺れた。
「里ってギュータかい?」
「ああ。里に犬なんていないはずなんだが、あるとき見かけてな。その時は追いかけたけど逃げられてしまった。こいつは簡単に捕まえられたがの」
ポメラニアンが恨めしそうにまぞっほを見上げる。まぞっほはその視線に既視感を覚えた。つられるようにマトリフのことが頭を過ぎる。
「それにしても兄者遅いなあ」
まぞっほがポメラニアンを撫でながら言う。ポメラニアンは逃げられないと悟って大人しくなっていた。
ガンガディアとポップは洞窟の出入り口へと視線を向ける。しかしマトリフの姿が見えるはずもなく、夕方になろうとしていた。
「心配だな」
ガンガディアは真剣な面持ちでポメラニアンの肉球に触れていた。その触り心地にすっかり魅了されている。ポメラニアンはガンガディアの手から逃れようとするが、その度に失敗してすっかり諦め顔になっていた。
ポップは肩をすくめてポメラニアンの耳の付け根をくすぐった。
「師匠はどうせ酒場で飲んでるんだぜ」
ポップは言いながらも立ち上がる。ガンガディアとまぞっほ、そしてポメラニアンがポップを見た。
「おれ、ちょっと師匠のこと探してくるわ」
するとポメラニアンがポップの服の裾を咥えた。まるで引き止めるような仕草にポップが振り返る。
「なんだよお前、寂しいのか?」
ポップはポメラニアンを抱き上げて頬擦りする。するとポメラニアンはジタバタともがいた。短い脚がポップの頭にペチペチと当たるが、ポップからすれば痛くも痒くもなかった。
「おれに懐いたみたいだな」
「嫌がっているのでは?」
「頭を殴ってるみたいに見えるがの」
「そ、そんなことねえよ! なあ、おれのこと好きだろ?」
ポップがポメラニアンの顔を覗き込む。ポメラニアンはうんともすんとも吠えずに明後日の方向を見ていた。
「なんだよお、そこはワンって言うとこだろ」
ポップはポメラニアンを撫でながら拗ねたように言う。
すると足音が近付いてくるのが聞こえた。三人はそれに気付いて出入り口の方を見る。
「やっと帰ってきたようじゃの」
まぞっほが言うが、ガンガディアは険しい目をした。ガンガディアのほうが聴覚は優れており、その足音をよりはっきりと聞いたからだ。
「いや、大魔道士の足音ではない」
三人は警戒してその足音を聞いた。だがポメラニアンはその嗅覚によって来訪者が誰か気付いた。ポメラニアンはポップの腕から抜け出して床に降り、出入り口の方へ走っていく。
「おい、待てって」
ポップは追いかけたが、それより早くに通路の暗がりに立つ来訪者がポメラニアンを抱き上げた。ポップは目をすがめてその来訪者を見る。そして表情を緩めた。
「なんだ、師匠の師匠かよ」
「久しいなポップ。息災か」
ポメラニアンを抱き上げたバルゴートはニコリともせずにポップと挨拶を交わした。
「元気だけどさ。マトリフ師匠なら留守だぜ」
「そのようだな」
バルゴートはポメラニアンを抱いたまま奥へと進んだ。部屋で待っていたガンガディアとまぞっほがバルゴートを見て緊張の面持ちになる。ガンガディアはバルゴートと折り合いが悪く、まぞっほは夜逃げした件をまだ気にしていた。
「揃ってマトリフを待っているのか?」
バルゴートはポメラニアンを撫でながら二人を見て言った。高圧的なバルゴートの言い方にガンガディアの額に血管が浮かぶ。まぞっほは腰が引けていた。
「見ての通りマトリフは留守だ」
ガンガディアは怒りを我慢するように低い声で言う。バルゴートはわかりきったことを言われて興味がないように頷いた。
「そのようだな。では帰るとしよう」
バルゴートはポメラニアンを抱えたまま踵を返す。そのまま行こうとするのでポップが止めた。
「待ってくれよ。その犬も連れてくのかい」
「ああ。何か問題でもあるのか」
「いや、もしかしたら師匠が帰ってこないことと、この犬が何か関係あるのかなって思って」
するとバルゴートは片目を見開いた。そしてすぐに感心したように目を細める。
「この犬とマトリフにどのような関係が?」
ポメラニアンはバルゴートの腕の中で大人しくしている。そしてポップを見つめて目を丸くさせていた。
「……間違ってても笑わないでくれよ」
「聞かせてくれ」
「その犬がマトリフ師匠なんじゃないかって思ってさ」
「なるほど。素晴らしい」
バルゴートは満足そうに頷くと腕の中のポメラニアンを見つめた。
「正解だ。このポメラニアンはマトリフだ」
ガンガディアとまぞっほが驚きの声を上げる。正体をばらされたマトリフは抗議するようにバルゴートに向かって吠えた。
「それってモシャスかい?」
ポップが尋ねる。
「いいや。この現象はポメガバースという。マトリフは昔からある条件下でポメラニアンとなる体質なのだ」
「え、じゃあわしが里で見た犬って」
「マトリフだ。昔は私がマトリフを元に戻していた。マトリフ自身では元に戻れぬからな」
「方法があるなら早く戻してくれ」
ガンガディアの言葉にバルゴートは鋭い視線を返す。
「だから連れ帰ろうとした。お前たちがいるならここでは出来ないからな」
「どんな方法なんだよ」
「とにかく甘やかすことだ」
「なんだって?」
「ただ甘やかせばいい。マトリフが里にいた頃は私が甘やかしていた。里を出た後はどうしていたか知らないが、おおよそ想像はつく。この見た目を使って若い女性に擦り寄っていたのだろう」
マトリフは図星だったので顔を強張らせた。ガンガディアがジト目でマトリフを見る。
「本当かね大魔道士。では先ほどから逃げ出そうとしていたのは、もしや甘やかしてくれる若い女性を探しに行くためかね」
「兄者も変わらんなあ」
「すけべじじい」
三人の言いようにマトリフはキャンキャンと吠える。罵詈雑言なのかもしれないが、可愛らしい鳴き声にしか聞こえなかった。
バルゴートは考えるようにマトリフを見つめると、ポップへと向き直った。
「マトリフをお前たちに任そう」
バルゴートはポップへとマトリフを差し出す。すかさずにガンガディアがその手からマトリフを受け取った。
「私が大魔道士を元の姿に戻す」
ガンガディアは挑むようにバルゴートに言った。その様子をバルゴートは鼻で笑う。
「簡単ではないと忠告しておこう」
バルゴートはそう言うと背を向けて洞窟を後にした。残された三人は揃ってポメラニアンのマトリフを見る。
「……ところで甘やかすって、どうすんだ?」
ポップの疑問にガンガディアとまぞっほは答えられなかった。マトリフは最後の足掻きをする。オレはねーちゃんに撫で撫でされたいんだよ、という叫びは、やはり可愛らしい鳴き声となって洞窟に響いた。
***
マトリフは己を撫でる大きな手を心地よく感じていた。ガンガディアの大きな手は細心の注意を払いながらマトリフを撫でている。
「……との理由から己の魔法力を精霊に合わせて練り上げることが」
ガンガディアの低く落ち着いた声が魔導書を読み上げていく。それはガンガディアが手に入れた希少な魔導書で、マトリフと意見交換をしたくて持参したものだ。
ガンガディアはマトリフを膝に乗せ、片手でマトリフの背を撫で、もう片手で魔導書を広げている。それがガンガディアが考えた「マトリフを甘やかす方法」だった。
ガンガディアはちらりとマトリフの様子を伺う。かれこれ小一時間はこうしているが、マトリフが人間に戻る様子はなかった。
「大魔道士、休憩が必要かね。お茶を……いや、今のあなたには何が良いだろうか?」
ガンガディアは懸命にマトリフを甘やかしていた。だが魔導書を読んでお茶を淹れるのは普段からしていることだった。
そのガンガディアとマトリフの様子を少し離れてまぞっほとポップが見ている。ガンガディアが張り切ってマトリフを元の姿に戻すと言ったので任せていた。しかし結果は芳しくない。
するとまぞっほが立ち上がった。そして懐に手を入れると一歩前に進み出る。
「兄者を甘やかすならこっちの本じゃろうな」
まぞっほは伝家の宝刀を取り出すように、懐から一冊の本を取り出した。
「深淵なるぱふぱふ!」
まぞっほが掲げた本はピンク色の表紙に若い女性がポーズをとっているものだった。ガンガディアは顔を歪め、その膝に寝そべっていたマトリフは目を輝かせて顔を上げた。
「兄者から頼まれてたコレ、ようやく手に入れたんで持ってきたんじゃよ」
するとマトリフはぴょんとガンガディアの膝から飛び降りてまぞっほのほうへ走っていく。ガンガディアはショックを受けたように固まっていた。
「大魔道士……そんな破廉恥な本のほうがいいというのかね」
ガンガディアの寂しそうな一言も、ムフフ本を前にしたマトリフには聞こえてなかった。早く見せろとぴょんぴょん跳ねているマトリフを、まぞっほが満面の笑みで撫でている。
ところがポップも黙ってはいなかった。
「どうせなら本より実物だろ?」
ポップは言うなり呪文を唱えた。煙がポップの姿を包む。その煙が揺らぎながら消えていくと、そこにいたのはポップではなく女性だった。豊満な胸と尻を主張するように布面積の少ない服を身につけている。黒く長い髪は黄色いリボンで結ばれていた。ポップはモシャスでマトリフ好みの女性に変化したのだった。
ポップは屈むとマトリフに向かって手を伸ばした。その小さな動作でも胸が揺れる。
「師匠、おいで」
マトリフはすっかり豊満な胸に目が釘付けだった。しかしそれがポップのモシャスであると知っているから小さな抵抗が生まれる。あの胸に飛び込むことは、つまり野郎の胸に飛び込むことだ。マトリフはあれはニセモノの乳だと自分に言い聞かせた。
「あれ、どうした?」
ポップが首を傾げる。柔らかそうな胸が揺れる。いやもう偽物でもいいか、とマトリフの決心も揺れた。あの柔らかそうな胸に顔を埋められれば本物だろうが偽物だろうが構わない。
マトリフがポップのほうに走りだした途端、また洞窟に来訪者が姿を現した。
「あれ、マトリフ。またポメってんのか?」
ロカはポメラニアンの姿になったマトリフを抱き上げた。マトリフもロカを見上げてワンと声を上げる。ロカは慣れた様子でマトリフを撫でた。
***
ロカは嬉しそうな笑みを浮かべてマトリフを撫でている。マトリフは素っ気なさを装っているが、尻尾を振っているので嬉しいのだと周りには丸わかりだった。
それを見てガンガディアは唇を噛んだ。犬は嬉しいと尻尾を振るという。マトリフはロカに抱かれているだけで嬉しいらしい。ガンガディアは自分が不甲斐なく思えた。尊敬するマトリフのピンチを助けたかったのだ。
「マトリフのポメを見るのいつ振りだろうな。あの旅以来か?」
マトリフが肯定の意味なのかワンと吠える。魔王を倒す旅の途中で、マトリフは何度かポメラニアンになっていたが、その度にマトリフを元に戻していたのはロカだった。
「そうだったのか大魔道士」
その頃は敵同士だったとはいえ、ガンガディアは過去に戻ってポメラニアンになったマトリフを撫でたい衝動に駆られた。
「よしよし」
ロカがマトリフを撫でてしばらくたった頃、ポメラニアンだったマトリフが軽快な音と共に煙に包まれた。ロカは驚きもせずにニッと笑みを浮かべる。
「お、戻ったな」
ロカの腕には人間の姿に戻ったマトリフがいた。ロカは重さを感じていないようにマトリフを抱っこしている。
「もう降ろせよ」
マトリフはロカのたくましい腕をポンポンと叩く。
「ポメる前にオレのところに来たらよかったんだぜ。今日はオレがこっち来てたからよかったけどよ」
「今回はいいかなって思ったんだよ。でも助かったぜ」
ロカはマトリフを降ろした。そのマトリフの頭にロカが手を伸ばす。
「あんまりストレス溜めんなよ。もう若くねえんだし」
ロカはマトリフの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。マトリフは顔を歪めたもののその手を払おうとはしなかった。
「もうポメ扱いすんな」
「ポメのときは可愛いんだけどな」
「大魔道士はいつも可愛い!」
突然のガンガディアの言葉にマトリフは驚いたものの、すぐに声を上げて笑った。
「おまえさんの冗談が聞けるとはな」
マトリフは笑いすぎて出た目尻の涙を指で拭った。ロカはマトリフとは違った笑みを浮かべてガンガディアを見ている。そしてぽつりと呟いた。
「そっか、オレだけじゃないのか」
「ん? 何がだ?」
マトリフが聞き返す。ロカはガンガディアやポップ、まぞっほを見て言った。
「マトリフのこと甘やかしてやれる奴」
「ああ?」
「みんなお前のこと戻そうと甘やかしてくれたんだろ?」
愛されてんじゃん、とロカがマトリフを肘でつつく。しかしマトリフは素直ではないので肯定も否定もせずにくるりと背を向けた。そしてぼそりと「まぁな」と呟く。そして背を向けたまま手を上げてひらひらと振った。
「疲れたから寝る」
「じゃあ勝手に本を借りてくぜ」
ポップは言って本棚へと向かう。
「ムフフ本はここに置いておくからの」
まぞっほは秘蔵の本を机へと置いた。
「このような本を食卓に置くのは如何なものかな。大魔道士、あなたがベッドの下に隠している箱へ入れたほうが良いのでは?」
ガンガディアは眉間に皺を寄せながら本を手に持つと寝室へと持っていく。マトリフの「なんで隠し場所知ってんだよ!」という声が寝室から聞こえた。
「昔から隠し場所を変えんとは成長がない」
バルゴートは厳しい表情で言った。いつの間にか洞窟にいたバルゴートにマトリフが寝室から戻ってくる。
「師匠は帰ったんじゃねえのかよ」
「お前たちではマトリフをポメラニアンから戻せないと思って近くに隠れて見ていた」
バルゴートは何でもないことのように言ってのける。マトリフは溜息をひとつつくと寝室へ戻った。代わりにガンガディアが寝室から出てくる。
「君のそのような言動が大魔道士にストレスを与えるのではないのかね」
ガンガディアが鋭い視線をバルゴートに向ける。しかしバルゴートはまるで聞いていなかった。
こうしてマトリフのポメラニアン騒動は幕を閉じた。そして数カ月後にまたマトリフがポメラニアンになるのだが、そのときにマトリフがガンガディアのマントの中に埋まるようにして眠っていたのは、また別のお話。