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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    ガンマトとハドアバ。手違いで一緒の部屋に入るマトとハド。

    #ガンマト
    cyprinid

    しないと出られない部屋 何事にも間違いはある。それが些細な間違いであれ、大変な間違いであれ、間違いには違いない。特にひとは間違いを犯しやすく、反省すらしない。その挙げ句に同じ間違いを繰り返す。
     ここにその間違いに巻き込まれた二人がいた。
     一人は魔族で、かつては地上を征服するために魔王を名乗っていた男だ。現在は肉体を改造して超魔生物となっている。名をハドラーといった。
     そしてもう一人は自らを大魔道士と名乗った人間で、かつて勇者と一緒に魔王軍に戦いを挑んだ男だ。今は一線を退いたものの、魔法勝負ならまだまだ負けないと自負している。名をマトリフといった。
     この二人、元々が敵対した間柄であったために仲が悪い。顔を合わせるたびにお互いを罵り合っていた。もし仮に敵対していなかったとしても、反りが合わないために仲良くはなれないだろう。
     そのハドラーとマトリフが同じ部屋にいた。それもセックスしないと出られない部屋に。
     その部屋はほぼ真四角で壁は真っ白だった。部屋の中央にはキングサイズのベッドが鎮座している。あるのはベッドだけで、セックスしろと言わんばかりだった。
    「なんでこいつとなんだよ」
     マトリフはげんなりと呟いた。マトリフはもちろんかの有名なセックスしないと出られない部屋を知っていた。まだセックスを経験していない二人などを入れて、強制的にセックスをさせてしまおうという欲望の煮凝りのような部屋だ。その存在は伝説として語り継がれ、多くの書物でその物語が紡がれている。
     だがしかし、その部屋に入るのは恋人同士、あるいはまだくっついていなくとも、お互いを思い合っている二人だ。少なくとも憎み合っている者同士ではない。
     マトリフはガンガディアと付き合っていた。最終決戦でお互いをライバルと認め合った二人だが、現在は恋人同士であった。そしてハドラーはアバンと付き合っている。長い因縁は二人を幾度も戦わせたが、最後には恋人として結びつけたのだ。
     そしてこの二組のカップルに共通することがあった。どちらもまだセックスをしていないのだ。そのために天に御座す偉い人が奇跡を起こして、二組をセックスしないと出られない部屋に閉じ込めようとしたのだ。
     だがここで間違いが起こった。部屋に入れる人物を取り違えてしまったのだ。そのためにハドラーとマトリフが同じ部屋に入れられてしまった。
    「なんだこの部屋は! 出せ!」
     どうやらハドラーはセックスしないと出られない部屋を知らないようだった。先ほどから無い出入り口を探して壁を殴っている。そしてそれらは失敗に終わっていた。
    「この部屋は条件を満たさないと出られねえんだよ」
     マトリフは言うが、ハドラーの怒りに油を注いだだけだった。ハドラーは殴っても壊れない壁に苛立っている。
    「ふざけるな。超魔爆炎覇で吹き飛ばしてやる」
     言うなりハドラーは壁に向かって魔炎気を纏わせた一撃を繰り出した。だがそれも壁に傷一つつかなかった。攻撃が壁に当たる前に無効化されているらしい。
     それを見たマトリフはメドローアも効かないだろうと予想する。当たる前に無効化されてしまうのなら、いくらメドローアでも効くはずがないのだ。
    「いや、まだセックスしないと出れねえと決まったわけじゃねえか」
     マトリフは呟いて壁を見る。いかにもな状況だが、壁にセックスしないと出られない部屋などと書かれているわけでもない。ただのベッド付きの亜空間かもしれない。
     すると真っ白な壁にじんわりと文字が浮かび上がってきた。それはまるで血文字を使った鏡通信呪法のようだった。ゆっくりと浮かび上がってきた文字はこう書かれていた。
     セックスしないと出られない部屋
    「ふざけんな!!」
     マトリフは叫んで壁にメドローアを放ったが、やはりそれは無効化されてしまった。

     ***

    「なんだこのふざけた文字は」
     ハドラーは壁の文字を見て鼻で笑った。冗談や悪ふざけの類だと思ったからだ。ハドラーからすれば、セックスをしなければ出られない部屋などというふざけた存在は理解の範疇を超えていた。
     だがマトリフはこれが本当に厄介なものだと理解していた。これまで読んだ多くの書物から、この部屋に入れられた二人がどれほど破廉恥な試練を乗り越えたか知っていたからだ。
     マトリフは魔法力を高めてメドローアを作った。ハドラーはそれが先ほど無効化されたのを見ていたので呆れたように笑う。
    「その呪文はさっき無駄だとわかっただろう」
     だがマトリフはメドローアを壁ではなくハドラーに向けていた。さすがのハドラーもこの距離でメドローアを向けられて真顔になる。
    「これ以上オレに近寄ってみろ、消滅させてやる」
     マトリフはドスの効いた声で言うと呪文を引き絞った。マトリフが本気であると気付いたハドラーは壁の文字を指差す。
    「これは本当だとでもいうのか」
     セックスしないと出られない部屋、という文字をハドラーは視界の端に見ながら言う。なぜこんな部屋が存在するのか、誰の思惑なのか、そもそも誰がセックスをしたと判定するのか、ハドラーの頭に次々と疑問が浮かぶ。そこでハドラーは最も重要な事に気付いた。セックスとは一般的に二人以上でするものだ。この部屋にいるのはハドラーとマトリフだけだ。では誰と誰がセックスをするのか。もちろんハドラーとマトリフしかいない。
     ハドラーは顔を引き攣らせた。その反応を見たマトリフが、ようやく気付いたのかと吐き捨てるように呟く。
    「良い知らせと悪い知らせがある」
     マトリフはメドローアをさらに引き絞った。今にも呪文を撃ちそうである。マトリフは口の端を吊り上げて悪い笑みを浮かべた。
    「この部屋には攻撃も呪文も効かねえ」
    「そのようだな。良い知らせを言え」
    「部屋は壊せねえが、てめえはメドローアで消滅する。あばよ」
     マトリフがメドローアを放った。だがそれはハドラーに当たる前に消滅してしまう。壁に当たるのと同じように、何らかの力によって無効化されてしまった。
    「チッ……良い知らせも無くなっちまった」
    「ではこちらも試しておこう」
     言うと同時にハドラーはマトリフに殴りかかった。だがマトリフに当たる前にその拳は弾き返されてしまう。まるで透明な壁に当たったかのようだった。マトリフはニヤリと笑う。
    「相手を攻撃することも出来ねえようだな」
    「オレの拳が当たっていたらどうするつもりだった」
     ハドラーは本気で殴りかかった。この強化された肉体で殴れば人間など粉々になる。
    「当たらねえってわかってたから避けなかったんだよ」
    「貴様にオレの攻撃が避けられるとは思えんがな」
    「だからてめえは三流魔王だってんだよ」
     わざと苛つかせるようなマトリフの言い方に、ハドラーの額に青筋が立った。今すぐにでも捻り潰したい衝動に駆られる。
    「この部屋から出たら真っ先に貴様を殺す」
    「ああいいぜ。けどそれより先にオレがてめえを消滅させるがな」
     一触即発の空気が漂う。ハドラーとマトリフは向き合ったまま睨み合った。そのまま暫く無言で牽制し合ったが、先に口を開いたのはハドラーだった。
    「……セックスせねば出られないのだろう」
    「誰がてめえなんかと寝るかよ!」
    「それはオレのセリフだ! 貴様とやりたい奴などガンガディアくらいなものだ!!」
     そこで二人は同時にある事に思い至った。ここに自分たち二人がいるのなら、お互いの相手、つまりアバンとガンガディアはどこにいるのか。
    「まさか」
    「ちょっと待て」
     二人は探すように部屋を見渡す。しかしそこには何の手がかりもない。ハドラーは怒鳴り声を上げた。
    「おい! 誰か知らんがアバンはどうした! どこにいる!!」
     すると壁にまた文字が浮かび上がった。それを見て二人は顔を歪める。
     アバンとガンガディアもセックスしないと出られない部屋にいる。いるのは隣の部屋。
    「ガンガディア! 貴様アバンに手を出したら承知せんぞ!」

     ***

     ハドラーは怒鳴りながら何度も壁を殴っていた。マトリフは壁に耳をつけてみるが、聞こえるのは横で怒鳴っているハドラーの声だけで、隣の部屋の物音は聞こえなかった。
    「うるせえ! 隣の部屋の声が聞こえねえだろ!!」
    「アバンの貞操の危機だぞ!」
     ハドラーの言葉にマトリフは頭に血が上った。感情のままにマトリフはハドラーに怒鳴り返す。
    「ガンガディアがアバンに手ぇ出すわけねえだろ!!」
     部屋がしんと静まった。ハドラーがニヤリと笑ってマトリフを見下ろす。
    「ふん、自分がガンガディアから求められぬからそんなことを言うのか。アバンは貴様と違って若く美丈夫だ。それに加えて頭も切れる。ガンガディアもその魅力に気付くだろう」
     ハドラーはマトリフを言い負かす機会を得たとばかりに得意気に言った。マトリフは密かに気にしていたことを指摘されて苦い思いをする。
     ガンガディアとマトリフは恋人となって長い。だがセックスはしたことがなかった。マトリフはガンガディアから求められない理由は自分にあるのではないかと思っていた。マトリフは老齢だ。昔は修行で鍛えていたが、今は年齢相応に衰え、お世辞にも見た目が良いとは言えない。ガンガディアはこんな身体を抱きたいと思わないからセックスに誘わないのだろう。そう思っては自尊心を傷つけ、自分から誘う勇気もないまま今に至る。
    「先にてめえの心配をしたらどうなんだ。てめえだってアバンを抱いてねえんだろ」
     マトリフは言われっぱなしで引き下がる性格ではなかったので、ハドラーの指摘で一瞬だけ怯んだものの、間髪入れずに言い返した。
     ハドラーは図星だったので口元を歪めた。
    「なぜ貴様が知っている」
     それはもちろんアバン本人から聞いたのだが、マトリフはあえて「やっぱりな」とかまをかけたように振舞った。マトリフは肩をすくめて呆れたようにハドラーを見る。
    「どうせ力尽くで押し倒したんだろ。ムードも知らねえから三流だってんだよ。アバンが力押しじゃ靡かねえことくらいわかるだろ」
    「黙れこの老ぼれが。ムードなど下らん! そのような小手先の取り繕いこそアバンは好まんのだ」
    「馬鹿正直が美徳なのはガキの頃だけだぜ。そんだけ生きてて惚れた相手とのコミュニケーションも取れねえのか」
    「だったら貴様はどうなのだ。ガンガディアが愚痴っておったぞ。いつも卑猥な本ばかり読んで、ガンガディアの話しに上の空らしいな」
    「な……あいつ、そんなこと言ってたのかよ」
     ガンガディアがハドラーの元を度々訪れていることはマトリフも知っていたが、まさか愚痴を言っていたとは知らなかった。マトリフはガンガディアが他にどんな事を話していたのか気になるが、ハドラーに聞くのはプライドが許さなかった。
    「ガンガディアが貴様に愛想を尽かすのも時間の問題だな。あいつはあれでモテる。今まで貴様などにうつつを抜かしておったのが間違いなのだ」
    「てめえ言わせておけば……ガンガディアはオレにベタ惚れなんだよ。あいつがオレ以外を好きになるわけがねえ!!」
     マトリフは言い切ったものの、もしかしたら、と思い始めていた。ガンガディアは賢い奴が好きだ。アバンは頭が切れるし品行方正だからガンガディアとも気が合う。二人が何やら話し込んでいるのを何度も見たことがあった。
    「あいつに限って……」
     すると、壁の向こうから何か聞こえてきた。マトリフは壁に耳をつける。すると聞こえてきたのはガンガディアの声だった。かなり小さくて聞き取りずらい。ハドラーも壁に耳をつけていた。
    「……かね、しかし……」
     ガンガディアの戸惑うような声が微かに聞こえる。
    「ええ、ですがここを出るために……」
     アバンの声は説得するようだった。マトリフとハドラーは思わず視線を合わせる。
    「安心……ここでのことは……ですから」
    「わかった、では……しよう」
     途切れがちに聞こえたアバンとガンガディアの会話に、ハドラーとマトリフは声にならない叫び声を上げた。
    「おい、貴様ッ! 早くあいつらを止めろ!」
    「出来るならとっくにやってんだよ! てめえこそ早く壁をぶっ壊せ!」
     マトリフとハドラーはお互いに罵りながら慌てた。早くこの部屋を出てあの二人を止めなければならない。
     
     ***

     ひとは慌てると間違いを犯す。冷静であれば絶対にしないような判断や行動を取ってしまうのだ。それは元魔王であれ、大魔道士であれ、同じであった。
     ハドラーは一心不乱に壁を殴り続けていた。それでは壁を壊せないとわかっていたはずだが、アバンの危機に判断力が鈍った。目の前の壁をどうにか壊さねばならぬとそればかり考え、ひたすらに殴り続けた。
     マトリフは一見冷静さを保っていた。壁を殴り続けるハドラーを見ながら、どうすれば部屋を出られるかを考えていた。そしてその答えを見つけて、実行せねばならないと決意を固めた。
    「おい、殴るのをやめろ」
     マトリフの言葉にハドラーは目を吊り上げて怒った。
    「貴様は何をやっている! こうしている間にもガンガディアがアバンの服を剥いでいるやもしれんのだぞ!!」
    「逆かもしれねえだろ。アバンに説得されたガンガディアが……いや、そんな事言ってる場合じゃねえ。ちょっと手を貸せ」
    「ここを出る方法があるのか」
    「いいから手ぇ出せってんだよ」
     マトリフはハドラーの手をぐいと掴んだ。その拳は血が滲んでいた。壁には傷ひとつついていないが、ハドラーの手は殴り続けたために傷ついていた。
     マトリフの手がハドラーの手にかざされる。淡い回復呪文の光がその手を包んだ。ハドラーの傷は塞がっていく。
     ハドラーはそれを呆気に取られて見ていた。
    「……何の真似だ」
    「魔法自体が無効化されるわけじゃねえってことさ。相手に敵意のない呪文なら使えるんじゃねえかと思ってな」
    「それが何になる。この部屋を出る呪文が使えるというのか」
    「いいや、さっきリレミトを試したが無駄だった。だがホイミは使える。ってことはだ」
     マトリフはハドラーに向かって手をかざした。ハドラーは思わず身を引くが、その体が桃色の煙に包まれる。
    「な……んだこれは、ん?」
     桃色の煙が消えると、そのにいたハドラーはハドラーの姿ではなかった。青い肌に尖った耳、顔には小さな丸眼鏡。それは紛れもなくガンガディアだった。しかしサイズが二回りほど小さく、人間と同じくらいの大きさになっている。
    「モシャスか。オレをガンガディアに変えてどうするつもりだ」
    「まだわからねえのか」
     マトリフはガンガディアに姿を変えたハドラーの体を押した。ハドラーも普段であったら人間ごときの力で押されたりはしない。だがマトリフの妙な迫力を感じて後ずさった。すぐ後ろはベッドである。ハドラーはベッドに倒れ込んだ。
    「この部屋を出る方法はひとつだ」
     マトリフはマントを脱ぎ捨てた。その形相は覚悟を決めた男のものだった。ハドラーはギョッとして目を見開く。
    「ふ、ふざけるな! 誰が貴様などと!!」
    「オレだって嫌なんだよ。だがあの二人を止めるにはこの部屋を出るしかない。この部屋を出るにはセックスするしかない。簡単なことだろ」
     マトリフはベッドに膝をついて上がった。ベッドが軋んだ音を立てる。
    「だからオレをガンガディアの姿に変えたのか。しかしオレは貴様など抱く気はないぞ!」
    「オレだっててめえになんて突っ込まれたくねえ。だからオレがてめえにぶち込んでやるよ」
    「はあ!?」
     ハドラーの混乱は極限にまで到達した。だが混乱していたのはマトリフも同じだった。普段の冷静さを保っていたなら、どんなに追い詰められていてもハドラーを抱くという選択はしなかったはずだ。だがガンガディアがアバンとセックスするかもしれないと思うと、冷静さは吹き飛んでしまった。
    「てめえのままだとオレが勃たねえからガンガディアの姿に変えたんだ。最後の情けだ。オレの姿も変えてやるよ」
     言うとマトリフはモシャスを唱えた。するとマトリフの姿がアバンに変わる。
    「ほらよ、これでいいだろ。尻を出せ」
     アバンの姿だが光のない瞳がハドラーを見下ろす。ハドラーは一瞬固まったものの、すぐに怒鳴り返した。
    「いいわけあるか!!」
    「抱く前にひとつだけてめえに言っておく」
     するとアバンの姿のマトリフが、身を乗り出してハドラーに覆い被さった。ハドラーは気圧されて半泣きになる。
    「バーンパレスでてめえがポップやアバンを助けたんだってな」
    「は? ああ、それがなんだ」
    「あんがとよ。てめえが助けてくれなきゃ二人とも助からなかった」
     マトリフの突然の礼に、ハドラーは目を白黒させた。するとマトリフがハドラーの体をひっくり返す。
    「うぉ!?」
    「怖けりゃシーツにしがみついてろ。すぐにイかせてやる」
    「やめろ!! 絶対に嫌だ!!」
     マトリフの手がハドラーの尻に伸ばされる。ハドラーは小さな悲鳴をあげて身を強張らせた。
     だがマトリフの手がハドラーに触れる直前、轟音が響いた。地震かと思うほどの衝撃が部屋を揺らす。
    「無事か大魔道士!?」
     部屋の壁は大きく崩れ、そこにガンガディアが立っていた。

     ***

     ガンガディアは混乱した。ガンガディアは頭脳派で頭の回転も早い。魔王の側近を勤めるほどの胆力もある。殆どの出来事に驚かず、冷静に対処できるとさえ思っていた。
     だがいま目の前で起こっているのは冷静に対処できない一部の出来事だった。
     ガンガディアはマトリフを助けにやってきたはずだった。だが壊した部屋の中にいたのはガンガディアとアバンだった。本物のアバンはガンガディアの後ろにいる。アバンは部屋を覗き込んで何やら怪しげな笑みを浮かべていたが、混乱していたガンガディアはそれには気づかなかった。
     ガンガディアはベッドの上にいる二人を見つめる。そこにいるガンガディアは二回りほど小さく、ベッドにうつ伏せになっていた。そのガンガディアに手を伸ばしているアバンは一目で偽物とわかるほど、本物と表情が違っていた。二人とも突然に壁を壊して部屋に入ってきたガンガディアを驚いて見ている。
     ガンガディアの混乱は荒れ狂う大波のようだった。だがそれは数秒にも満たなかった。ガンガディアの良心が混乱を諫めたからだ。
     ガンガディアはベッドの上にいたアバンを自らの腕に抱きとめた。
    「もういい」
     ガンガディアにはそのアバンがマトリフであるとわかっていた。魔法力には個性がある。マトリフの魔法力を覚えているガンガディアは、たとえモシャスをしていてもマトリフだとわかったのだ。
    「間に合ってよかった」
     ガンガディアにはマトリフの意図がわかっていた。お互いにモシャスをかけたのはセックスのためで、それはこの部屋を出るために仕方なくやったのだ。それはガンガディアとアバンが部屋を出るために仕方なくしたことと同じことだ。
     するとガンガディアの腕の中が煙で包まれる。それが消えるとマトリフが姿を現した。マトリフは顔を歪めて俯く。
    「……やったのかよ、アバンと」
     マトリフは深い後悔を感じていた。もっと早く決断してハドラーを抱いていれば、ガンガディアとアバンがセックスするのを止められたと思ったからだ。
     だがマトリフの後悔は全く的外れであった。
     ガンガディアはマトリフに微笑む。何も心配することはないのだと表すように。
    「案ずることはない。私と勇者はセックスしていない」
     ガンガディアの言葉にマトリフは首を横に振った。
    「嘘なんてやめてくれ。アバンとヤったんだろ。そうしなきゃあの部屋を出られなかったんだ。だったらしょうがねえじゃねえか。だからヤってねえなんて嘘はやめろ」
    「それがホントなんですよねえ」
     それまで黙っていたアバンが突然に声を上げた。その背ではモシャスがとけたハドラーがマトリフとガンガディアの様子を伺っている。アバンはこの混沌とした場には不似合いな明るい声をあげた。
    「セックスの定義って何でしょうね?」
    「はあ? ちんこを突っ込むのがセックスだろうが」
     マトリフがすかさず答える。ガンガディアはその言い方を気に入らなかったが、今は発言を控えた。
    「ええまあ。一般的にはそうなんですけどね。でもこの部屋ではあらゆる概念が歪むんですよ」
     アバンの言葉の意味をマトリフは理解できなかった。言葉の意味というよりも、その発言の意図や思惑に危険な香りを感じて理解を放棄した。
    「何言ってんだ」
    「ちょっと試してみましょうか。ハドラー、マトリフと見つめあってください」
    「嫌だ!!」
     ハドラーが‪叫ぶ。マトリフも嫌そうに舌を出した。アバンが二人を宥める。
    「いいから騙されたと思って。さあさあ、愛し合う二人にように見つめ合って!」
     ハドラーもマトリフも嫌そうにしながらも、渋々視線を合わせた。ハドラーは長年の恨みを今すぐに果たすべきだと思いながら。マトリフは今になってハドラーを抱こうとしたことを後悔しながら。お互いに唾を吐きかけんばかりの形相で見つめ合った。
     すると軽やかな音が響いた。突然に部屋の壁が外に向かって倒れていく。ハドラーがどれほど殴っても傷ひとつつかなかった壁が、簡単に四方に向かって倒れていった。
     倒れた壁にじわりと文字が浮かび上がる。
     仲が悪い者同士が見つめ合ったらそれはもうセックス
    「個人の見解ですけどね」
     アバンがまるで代弁するかのように言った。

     ***

    「で、お前らは何をしたんだ?」
     マトリフがガンガディアとアバンを交互に見てから言った。この部屋のように歪んだ概念だったのなら、所謂セックスをせずに部屋を出たのだろう。
    「私たちは手を繋ぎましたよ」
     ねー、とアバンがガンガディアを見て言う。ガンガディアはそれに頷いてから、気遣うようにマトリフを見た。
    「それ以上は何もしていない。信じてくれ」
    「別に疑ってやしねえよ」
     そう言いながらもマトリフは拗ねたようにそっぽを向いた。ガンガディアは顔を背けたマトリフを抱き寄せる。
    「私がしたいのはあなたとだけだ」
     ガンガディアの言葉にマトリフは目を見開いた。照れを隠すように小さく笑みを浮かべる。
     そんな二人をハドラーとアバンが横目に見ていた。
    「本当にあいつと何も無かったのだな」
     幾分か落ち着きと威厳を取り戻したハドラーがアバンに言った。アバンはじっとハドラーを見上げて意味ありげな笑みを浮かべた。
    「何かあったのはお前のほうでしょう?」
    「何も無いわ! あんな老ぼれと!」
    「そうは見えませんでしたけどねえ。もしやそちら側を希望でしたか?」
     ハドラーの頬がひくついた。激情のままアバンに何か言おうとして、ふと思い止まる。そしてハドラーはアバンの手をそっと握った。
    「……オレが契りを交わしたいのはお前だけだ、アバン」
    「おや、今日は押し倒さないのですか?」
    「そのほうがいいか」
    「それは時によりけり、ですけどね。でもこうやって手を繋ぐほうが、私は好きですよ」
     アバンの微笑みをハドラーは見逃さなかった。そしてちょうどガンガディアとマトリフもいいムードになっていた。
    「さて、そろそろ帰りますか」
     アバンの声に皆が頷く。四人は閉じ込められていた部屋から出たものの、そこは見知った場所ではなかった。広くて白い空間で、まるで雲の中のようだった。そこにポツンポツンと先ほどの部屋がある。アバンたちが閉じ込められていた部屋と同じような部屋が、まだいくつもあった。それらの部屋は扉が開いているので中には誰もいないのだろう。
    「あれです」
     アバンは少し離れた場所を指差した。そこはぽっかりと大きな穴が空いている。
    「あの穴から落ちれば地上に帰れます。お先にどうぞ」
     アバンはマトリフとガンガディアに向かって言った。ガンガディアが頷いてマトリフを抱き上げる。
    「では行こうか大魔道士」
    「いや、オレらは後でいい。アバン、お前から先に行けよ」
     マトリフはどこかソワソワしながら言った。ガンガディアが不思議そうにマトリフを見る。
    「どうしてかね?」
    「ああいや、あー、あれだ、ここがどんな場所なのかもうちょっと調べてみたくてな」
     マトリフは歯切れが悪い様子で言う。何かを隠しているのは丸わかりだった。
    「いやあ奇遇ですね。私もすこーし調べてから帰ろうと思っていたんですよ」
     アバンはニコニコと笑みを浮かべなが言うと、ハドラーの腕をぐいっと引っ張った。しかしハドラーは早くここから出たいのか文句を言う。
    「こんな気味の悪い場所など御免だ。オレは帰る」
     するとアバンがハドラーに耳打ちをした。ハドラーは妙に緊張した面持ちになってアバンの手をぎゅっと握った。
    「では私たちは向こう側を調べてきますので」
     アバンはマトリフに目配せをしてから歩き出す。その意味をマトリフはもちろん理解した。
    「じゃあオレたちはこっちだな。行くぞガンガディア」
     マトリフはアバンが進んだほうとは反対を指差す。ガンガディアは今になってこの空間の不思議さに知的好奇心を刺激されたらしく、眼をキラキラさせながら歩き出した。
    「この空間はどこまで広がっているのだろう」
    「できるだけ遠くに行こうぜ。声が聞こえる距離じゃ嫌だからな」
    「声?」
    「いや、なんでもねえ。あの部屋の中も調べたほうが良さそうだな。こういう場所ほど貴重な魔導書があるもんだ」
     二組のカップルは別々の方向に歩き出したが、目的は同じだった。次こそは望む組み合わせで、しなければ出られない部屋に入るのだ。


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