Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    sumire421232

    @sumire421232

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 💪
    POIPOI 19

    sumire421232

    ☆quiet follow

    モブ補佐からの若補佐

    #おそカラ
    slow-witted
    #モブカラ
    punkRockStar
    #極狼松
    wolfPine
    #若補佐

    憧れの人大好きで、憧れの人がいた。

    オレが10歳のころあの人は二十代だったから、少し年の離れた兄貴のような存在だった。何をするにもかっこよくて、子供のオレにも優しくて、男気があって豪快で……。オレがガキの頃に若頭だった人だ。
    小さい頃はよく飴をくれたし、高校生になってからはエロ本や小遣いをくれた。兄弟の中でも一番オレを可愛がってくれていたと思う。
    あのときのオレは単純だったから彼のやることなすことすべてが輝いて見えた。
    ひとりで敵対組織に乗り込んで組を半壊させた話とか、月曜は愛子、火曜は奈々子といったように曜日によって抱く愛人を変えている話とか。いま思えば誇張した武勇伝なのだろうが、あのときの自分にとっては何もかもが新鮮だった。彼のようになりたくて、オレは継ぐ気もなかったこの家に入った。
    単純だったんだ。ヤクザの世界が何なのかも知らずに、覚悟もなしに、あこがれだけでこの世界に足を踏み入れてしまった。あのときは何も知らなかった。

    19のとき、あの人が背中一面に入れている鬼面の入墨に憧れて、自分も鬼女面の入墨を入れた。兄弟で一番最初に墨を入れたのがオレだった。兄弟は図柄どころか、墨を入れるか入れないか迷っているようなころだった。兄弟はそれはもう驚いていた。泣き虫で痛がりのカラ松がなぜ、と。オレはバカだったから、これが取返しのつかないこととも知らずに筋彫りを自慢して回った。
    あの人と肩を並べられると思ったら、剃刀で肌を削られているような痛みもふっとんだ。鬼女にすると言ったらあの人も喜んでくれた。「鬼と鬼女で、まるで番みたいじゃな。俺と肩並べられるくらいの男になれよ」。あの人の言葉に大きく頷いた。期待されているんだ。だったらもっと変わらなきゃ。あの人と同じくらいかっこいいやくざにならなきゃ。そう思った。


    完成した筋彫を見せようと、あの人のアパートに行った。
    ドアを開けたらあの人の部屋は血で染まっていて、知らない男が半殺しにされていた。その横であの人は知らない女を犯していた。その女の顔もひどく腫れあがっていて、小さな声で助けて、やめてと呟いていた。現状が把握できなくて固まっていると、オレに気づいたあの人がこっちに来いと手招きした。何でもこの女はホストに500万円売掛してとんだ女で、この男は恋人でその逃亡の手助けをしただけらしい。AV会社に紹介した自分に恥をかかせたから折檻しているとかなんとか言っていたが、あのときは意味がわからず単語のひとつひとつが理解できなくて、はあという生返事しかできなかった。それよりも目の前でこんなに軽く暴力がふるわれていることが恐ろしくて足がすくんだ。思えば本当の暴力を見たのはこれが初めてだった。不良同士の喧嘩ではなく、抵抗のない相手を痛めつける本当の暴力。
    血と精液の匂いが充満したいつもの部屋は、とてつもなく気持ちの悪い異空間に見えた。「カラ松、お前も殴れ」爽やかな笑顔でそう言われたが何も反応ができなかった。
    殴る?オレが?この抵抗のない人間を?知らない男を?「お前童貞じゃろ?この女で童貞捨てさせてやる」とも言われた。オレの目の前には憧れの人と、その人に犯されて泣いている女と、その横で短く痙攣している血だらけの男。異様な光景だった。
    俯いて動かないでいると早くしろと怒鳴られた。そんなこと言われても、自分の意志で身体を動かせなかった。このときのオレは焦って、動け、動けと頭に念じていた。それでも身体はぶるぶる震えるばっかりで、喉もカラカラで声も出なくて、もう正直いうとどうしようもなかった。自分の肌に針を入れる勇気はあっても、見ず知らずの他人に暴力を振るう覚悟はできていなかったのだ。あの人は痺れを切らしてオレを殴った。そしてオレの股間を思い切り握り「お前ちんぽついてねえのか?」と額をこすりつけて凄んできた。はよヤれ、殺すぞと言われ、オレははいと返事をしたものの、いざ女の前に立つとどうしても無理で、女の恐怖と恨みがこもった濡れた瞳に射抜かれるといままでにないほど足が竦んだ。
    怖かった。人に恨まれるのが。人を傷つけるのが。
    「カラ松」あの人の声に肩を揺らす。オレは震える身体で土下座し、「すみません、無理です。ごめんなさい」とみっともなく憧れの人に謝った。額を床にこすりつけ、ひりつく喉から無理矢理声を出した。言い訳をしようとしても口からはごめんなさいという言葉しか出ず、壊れたラジオのように謝罪の言葉だけが繰り返された。
    何に謝っているんだろう。命令に従えなかったから? 肝心なときにビビって足が竦んでしまったから? 勃起できずに犯せなかった情けない自分に対して? オレは何に赦しを乞うているんだろう、と、熱に侵された頭で考えた。
    何度目かの「ごめんなさい」で、頭上からため息が降ってきた。それにびくついてまたごめんなさいと言った。
    そうだ、オレは情けない。そこで犯されている女の方がよっぽど根性があると思う。オレが動けないでいたのは女が可哀そうだったからではない。自分の保身からだ。自分自身に赦しを乞うように謝罪を口にする。
    殴られる覚悟はあった。若頭に逆らったんだからそれくらいはされる。そこに転がってる男のように、瓶で何発も殴られて、後遺症が残るかもしれないレベルでボコボコにされると思った。今思えばそうしてもらった方がオレの気持ち的に楽だったと思う。
    憧れの人はオレの痴態を見下ろして、「お前、ヤクザ向いてないよ」とだけ言って、オレを部屋から追い出した。足が竦んでしばらくドアの前に立っていたが、女の悲鳴が大きくなったことを皮切りに、オレは逃げるようにしてその場を後にした。
    帰り道、オレは泣きながらその言葉を反芻した。
    憧れの人に失望されて、ヤクザとして言われてはいけない一言を言われた。おそ松ならやっただろうか。弟たちはどうだろうか。人も殴れない、女も犯せないのは自分だけなのだろうか。青あざだらけの女の裸体を思い出すと吐き気が襲ってきて、2、3回道端にゲロを吐いた。殴られたときに口を切ったのか、血が混じっていた。

    あのときから、憧れの人はオレにとって畏怖の対象になった。あの人の瞳からも、オレに対する期待の色は消えていた。あの人にとってオレは「見込みのある右腕候補」ではなくなってしまったんだと直感した。
    別にあの人が悪いわけじゃない。あの人はヤクザとして普通のことをしていただけ。不義理をされたら暴力で返すのは当たり前だし、あんなのまだ甘い方だ。借金しておいてヤクザから逃げようとしたあの女と男が悪い。死ななかっただけマシとしか思えない。この世界の鉄槌はもっともっとすごい。
    だから、オレが本当のあの人の姿を知って勝手に怖くなっただけなんだ。オレがあの人の側面しか見ていなかっただけ……。
    ヤクザの世界を甘く見て、本当の姿を知って勝手にビビって勝手に泣いた。オレがどうしようもなくヤクザに向いていなかった。根性も気力もプライドもなかった。それだけのことだった。
    あの人はオレをヤクザだと認めたからこそ、暴力とレイプに誘ったのかもしれない。でもできなかった。人を殺す覚悟もないのに憧れだけで入墨を入れて娑婆には戻れなくなって、でもヤクザにも向いていないという八方ふさがり。最悪すぎる。
    あの人のことを何も知らなかった自分が悪い。あのとき暴力を働けなかった「ヤクザに向いていない自分」が悪い。
    自分自身が呪いとなった。

    そういえばあの人が両刀だと知ったのも、オレが20になってからだった。
    冗談であの人になら抱かれても良いと言ったこともあった。でも実際に抱かれるとどうしようもなく虚しくて、それ以上に怖くて、大好きだった人にそんな感情を抱く自分が情けなかった。気持ち良かったかどうかはまったく覚えていなくて、ただただ意味のない言葉を口から漏らして喘いでいただけだったのを思い出す。「お前はヤクザより情婦の方が似合っとるよ」と言われて、一丁前に傷ついたことも。
    あの人の背中の鬼がとても怖かった。抱かれているときは思い出さないのに、背中の鬼を見るたびにあのときのことを思い出した。この人にとってオレは、あのときの犯していた女と同じ存在なのだろうか。そんなことを考えては胸が痛くなった。
    まだ色を入れていない自分の鬼女は、ヤクザとしての覚悟も何もないただの絵にしか見えなかった。本物の鬼を背負っている彼と、鬼女の絵を背負っているだけのオレ。不釣り合いとしか思えない。

    それから6年経ったころ。兄弟でひとりだけ入墨を入れていなかったひとつ上の兄のおそ松が、肩から腕にかけて入墨を入れたと報告してきた。
    その柄を見たときオレは驚いた。ヤクザではご法度の被り墨。
    「鬼」だった。右肩に大きく口を開けて佇む鬼の顔。
    入墨は上の者と被らないようにするのが当たり前。痛いから入れないと言っていたおそ松が墨を彫ったことにも驚いたが、若頭の入墨を知っていて同じ柄を入れる愚行にも驚いた。
    かっこいいじゃろと自慢してくるおそ松に「何で鬼」と聞くと、おそ松は薄く笑いながら「番じゃ」とオレの胸を指刺した。
    「番?」
    「俺がお前の番になるの」
    「……意味がわからん。若頭と被らせるなんてとんでもないことして……。謝りに行こう、オレもついてっちゃる。いまなら許してくれるかも」
    「ええ、ええ」
    「お前、殺されるぞ?」
    「俺が若頭になるから、ええんじゃ」
    「はあ?」
    本当に何を言っているのかわからず、もしかしたら頭がおかしくなってしまったのかもと思った。まだ年若い若頭がいるのに、やくざになりたての若造が組の若頭になるなんて絵空事だ。
    「俺が番にも若頭にもなる。それで全部解決じゃろ」
    「なに言って……」
    あっけにとられているオレの頬におそ松の手が伸びる。
    「お前はそのままでええよ、カラ松」
    そう言って肌を撫でられたオレは何も言えなかった。
    そのままでいい?
    ヤクザに向いていないありのままの自分で良いのか?
    いや、そんなわけない。ヤクザはヤクザらしく、オレは胸の鬼女に釣り合うように。あの人の番らしくしなければいけないのに。
    その後はどうしたらおそ松が折檻を免れるかだけ考えていた。オレが指を詰めれば許してくれるかもしれない。指、指を落とすにはノミが必要だ。あったかな。ホームセンターで買ってくるか。いや、家にあった。そうだ、工具箱の中。あれを使って小指を落として若頭に渡せば……。
    そんなことをぐるぐると考えていたが、それは杞憂に終わった。

    その晩、あの人が敵組織の下っ端に刺されて死んだという報告を聞いた。
    あっけない最期だった。
    あんなに強い人だったのに。

    おそ松はあの人の通夜にも葬儀にも出ず、筋彫の入墨に色を入れ、熱を帯びた身体でオレを抱いた。あの人がつけた痕をすべて上書きするように、強く強く痕を付けながら。
    そのときのことを鮮明に覚えている。オレはとっくに処女じゃなかったけれど、初めて抱かれたときのような反応をしていた。

    あの人に対する恐怖も、好意も、しがらみも、すべて。
    世界がとけていく。
    そして自分自身もとけていく感覚だった。
    色を入れたばかりの包帯だらけのおそ松の身体に爪を立てた。

    針で柔くなった肌の色が飛び、瘡蓋になり、皮膚が抉れた傷跡。




    「痛。そこばっか触んなよ、もう」
    「すまん」
    ―――そのときの傷はいまでもおそ松の背中に残っている。
    不格好な絵にしてしまって申し訳なく思うと同時に、おそ松の肌に一生消えない傷をつけたという何ともいえぬ幸福感があった。
    3cm大の大きな爪痕。あれから何十年経っただろう。
    あの人が死んでからおそ松は若頭になって、オレは若頭補佐になった。様々な死線をくぐりぬけてきた甲斐があって貫禄も出た。
    ……お互い年をとった。
    皺も増えたし体力も落ちた。
    久々に激しく抱かれたからか腰が痛い。本当にもう歳だ。
    「なあ、もう一回しない? お前が俺の傷触るからまた反応しちゃった。久しぶりじゃけえ全然治まらんわ」
    オレの思いとは裏腹におそ松はまだまだ元気なようだ。この歳でよく勃つものだ。
    後ろから抱き着いてくるおそ松に、されるがままに布団の上に押し倒される。
    背中に手をまわすと、ざり、と自分のつけた爪痕の感触を指に感じた。
    この爪痕を見るとどうしても若い頃の思い出が脳裏をよぎってしまう。

    「あの人を殺したのって、おそ松、お前か?」
    おそ松はオレの顔を見ながら「いや。俺がやる前に死んじゃった」と笑った。
    そうか、と一言呟いてオレは目を瞑った。
    別にどちらでも良かった。

    憧れだった人。
    それと同時に、オレの中の恐怖が最期まで消えることがなかった人。
    はじめてオレを抱いた人。

    もう顔も思い出せない相手だ。思い出さなくても良い。
    呪いももうとけた。

    オレはいま、おそ松の番なのだから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💴💴💴😭❤💙💯🙏👍👍👍👍👍👍😍😍😍❤㊗❤💙❤💙❤💙❤💙💒😭💖💯🍌🍌🍼☺💗💖㊗😁❤💙😭🍡😭😭😭😭💖💖💖❤🌋👍💞💞😍😂💕💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works