昨日の傷にくちづけを ちゅむ、と。呂布の顔の傷の上をトールの唇が辿る。唇だけならいいが、時々舌が出てきては舐めてくるのでたまらない。
「友よ」
「なんだ」
嫌だと言われてもやめる気はないぞ、というオーラを出しながらトールは答えた。正攻法では引き剥がすのは無理だと判断した呂布は、少し時間をとって言葉を選んだ。
「くすぐったい」
「む」
「舌はやめろ」
「……わかった」
しぶしぶと言った具合に、トールは了承の返事をする。痛み分けというところだろうか。傷を舐められるのはやめさせることができたが、まだまだ唇の雨はやみそうにない。なにをそんなにこんな傷に執着することがあるのだろうか。呂布は考えてみたものの、神の考えなどわかりそうもなかった。なので放棄して、トールの唇を受け入れる。
顔の傷が終われば、次は首だ。首は急所でもあるからあまり触れられたくはないのだが、トールはお構いなしである。ちゅ、ちゅ、と首を回るようにくちづけを落としながら、最後に髪の毛をかき分け、うなじにぢう、と吸い付いた。それで満足したのか、トールの頭は離れていった。ようやく、呂布は一心地つく。
「すまない、最後のは痕がついた」
「つけた、の間違いではないか?」
まあどうせ髪で見えなくなるからいいか、と呂布はトールを許す。そんなことだからトールは甘えてくるのだろうが、呂布にはそんな機微はわからない。
「お前は、我の傷が好きだな」
呂布は呆れたように言ったが、きょと、としたトールは答えた。
「いや、嫌いだぞ?」
「はぁ?」
呂布は素っ頓狂な声を上げた。ではなぜこうも執着しているのか。説明を求めると、トールは素直に応じた。
それを短く結論付ければ、「上書きがしたい」のだそうだ。
「貴様についた傷すべてが煩わしく、疎ましく、憎らしい。私がつけたものではないのだからな」
「お前に出会ったのは天界に来てからだからな。地上での傷はお前がどうこうできるものではないだろう?」
「だからこそ、だ。生前よりついた傷は消せない。それが私には堪らなくなる」
悩ましげに溜め息をつくトールは絵になるな、と思ったがそれはそれだ。
「とんだわがままだな」
呂布は吐き捨てた。
「ああ。神だからな」
肯定するトールだったが呂布がそれを見るに、自身に呆れているようであった。トールもまた初めての感情に戸惑っているのかもしれない。――まあ、それに付き合わされる身になってくれ、と呂布は言いたかった。しかし、自分の感情がうまく消化しきれないトールにそれを伝えるのはどうかと思い、言わないでおいた。
「心配せずとも、いまの我に傷をつけられるのはお前くらいだ」
「それは、そうだろう。そうでなくてはな」
トールのそれは、もしも呂布が誰かから傷を負わされたとしたら、その誰かを嫉妬で殺してしまいそうな答えだった。トールはそれが嫉妬という感情ともわかっていないのかもしれない。
これからはトール以外の誰からも傷つけられまい、と呂布は静かに誓った。