誕生日にまつわる不穏『闇の中に』
年齢分のロウソクをケーキに刺すなんて、子供以外はやめとくべきなのではないだろうか。俺がやったらケーキが蜂の巣になる。
鯉登さんは年齢の数字を模った2本のロウソクを刺した。3と4。なるほど、これなら穴ぼこにならずに済む。賑やかしにあと3本シンプルなロウソクも灯された。
「よし、じゃあ電気を消すから吹き消してくれ!」
わざわざそうなことせずともと胸がむず痒くなるが、せっかく祝ってくれるのだからのっておこう。鯉登さんは電気を消し、改めて俺の正面に座った。ロウソクの灯りは暗闇の中では頼りなく、鯉登さんの姿をかろうじて照らすだけだ。
「誕生日おめでとう、月島」
「ありがとうございます。では」
肺いっぱいに息を吸い込む。しっかりと息が溜まったところで、唇を少し尖らせ吐き出す。
ロウソクの灯火が消える。消える直前、鯉登さんの笑顔が見えた。その横、暗闇に見覚えのある顔が浮かび上がっていた。死んだ目をした俺の顔だった。
『見つけた』
俺の家はまったくもって平凡としか言いようがない。俺と両親ふたりの3人暮らし。裕福でもなければ貧しくもない。欲しいものは地道に小遣いを貯めれば手に入れられる。衣食住何の不自由もない。あえて言えば、生まれたのが島でかなり田舎だということくらいか。とはいえ、やはり特別変わったことはない。この人の存在を除いては。
「基、元気にしてるか」
1ヶ月ぶりにやって来たその人は、いつも通り小綺麗な格好だった。芸能人のようなオーラや洗練された服装は佐渡ではかなり浮いている。本人は全く気にしてないみたいだ。
「……こんにちは、鯉登さん」
「変わりないか?」
「はい」
「そうか。何かあったらすぐに言うんだぞ。欲しいものがあれば買ってやるからな」
鯉登さんは恐らくハタチそこそこ。俺よりは歳上だが、すごく歳が離れているわけではない。なのに、鯉登さんは俺の世話を焼こうとする。
家族でも親戚でもないこの人は、なぜか昔から俺の近くにいた。両親曰く俺が産まれた病院で偶然知り合い、付き合いが続き今に至るらしい。新生児室に並んでいる俺をじっと見ていて声をかけたところ『もう会えない大切な人に似ている』と切ない顔で語ったとのこと。お人好しの両親はその様子に胸を打たれ、交流が始まったらしい。
「また身長が伸びたな。ふふ、早く大きくなってこっちに来てくれ」
「……」
高校を卒業したら島で就職しようと考えていた。しかし、今後も考えて進学させてはどうかという話が両親と鯉登さんの間でまとまっているらしい。そもそも家族でもない人間がそんな話に混ざっていることもおかしいが、島を出た時には鯉登さんが俺の面倒を見ることにもなっているとのこと。俺はそんなの聞いていない。一体、この人はなんなんだ。
「……鯉登さん」
「ん?」
「あなたはどうして、俺のことを構うんですか」
葡萄色の目がぎらりと光った。
「やっと見つけたから」
『見つかった』
佐渡の産院は限られている。この土地でツキシマハジメという命をずっとずっと、ずっと探していた。今日、4月1日にやっと見つけた。ガラスに阻まれているが、あれは間違いなくツキシマハジメだ。やっと見つけた。やっと!早くお前に触れたい。