『にせもの』
「どうか私のために死んでください」
月島は私に縋りささめく。夜を煮詰めた粘っこい匂いがする声音だった。
「お前が望むなら、それも悪くないかもしれん」
「嬉しいです」
早く、早く!早く、私と共にいきましょう。
月島は痛いほどに私を抱きしめる。触れた場所はじわりと熱い。人の形を保っていた月島だったが、徐々に輪郭が崩れていく。溶ろけた月島が全身にまとわりつき意識が遠くなっていく。
「早く、早く、早く」
月島の中に溺れてしまう。耳や口にやつが入り込もうとしてきた瞬間、真後ろから声がした。
「やめてください」
月島の声だ。
「そんな贋物が私のはずないでしょう。ついに呆けたんですか」
「まさか」
口の周りにまとわりつく月島を振り払う。
「しかし、お前の姿と声音で迫れると弱い」
「それが私だと」
この月島はほぼ粘液となっている。甘い誘い声ももう聞こえない。海水のような匂いだけが残り漂っている。
「ふざけないでください。そんなふざけたこと、到底許しがたい。ひどいです。貴方をころしてしまいたい」
甘く冷たい声音。
「早く、早く、早くころしたい」
「お前だって贋物だろうが」
「私は私ですよ」
「馬鹿め。月島はもっとむぜで、それでいて恐ろしいんだ。お前らなどに真似できるものか。消えてくれ」
貴方の望みではないのですか。
幻は消えた。
『うまれかわる』
世界一有名なハンバーガーチェーン店。鯉登も月島もここであまりものを食べることはなかったが、休憩に訪れることがある。なにせ店舗数が多い。そしてお馴染みのロゴは目につきやすいのだ。
「最近ふと思うんだが」
「なんですか」
鯉登は雑然としたファストフードの店内に似つかわしくない仕草でコーヒーを口にする。一口飲んだ彼は月島に話しかけた。
「私たちは、昔どこかであったことがあるんじゃないか」
「ナンパですか?」
「今更してどうする」
確かに、と月島は珍しく破顔した。笑い声が漏れる口元を抑え月島が応える。
「前世があったとして、私たちが共に過ごしていたとしても、生まれ変わりはしないです」
「どうしてそう言える」
熱さも冷たさもない声音だった。
「ことわりを曲げた者は、生まれ変わることができないからですよ」
鯉登はいまだに生まれ変わりを信じている。