未知の道「お前、しっかり食べているのか」
自分と同じ場所に上がってきた月島に鯉登は声をかけた。距離がぐんと近くなり、月島の顔がよく見えるようになった。どこか晴れ晴れとした、はじめて見る顔をしている。この柔らかい表情は己が引き出したものであると鯉登はまだ知らない。ただ、月島が明るい表情になったことが嬉しかった。
さて、これからのことを考えようとなった時にまずは心身に力をつけなければならない。鯉登が食事のことに言及したのはそのためだけでなく、月島がどういった生活を送っていたのか知るためでもあった。毎日毎日、朝から晩まで海を浚う。海に導かれる魂のようにゆらりゆらりと生気を感じない日々だった。
ぐぅ。月島の代わりに腹が応える。生命の音だった。
「ふはっ、そうか。ではこれからどこかで」
「……すみません、こういった格好でして」
月島は少し気まずそうに己の身体を指さした。海に入っていたのだから、当然服は濡れている。服だけでなくその顔にも汚れはついている。鯉登は慌てて言い募った。
「す、すまん。私としたことが」
「そんな」
「……月島にどう言葉を伝えようか、どう言えばいいかずっと考えていた。今も心臓が落ち着かん」
今度は鯉登が気まずそうにする番だった。ばつが悪そうな顔で目を逸らし意味もなく頬をかく。
「月島、私は全力で私のなすべきことを全うする。だから……どんな時もお前にいてほしい」
「少尉殿」
「腹は括った。しかし、お前のことを考えるとどうも上手くいかん。もし断られたりでもしたらと思うと情けないが眠れなかった」
「な……」
何故、貴方のような人が俺のような人間に心を砕く必要がありますか。
月島のそんな言葉が口から溢れそうになる。何も考えず、無意識のうちに生まれ出る言葉。以前の月島であれば息を吸うように口にしていたであろう言葉。しかし、今、鯉登を目の前にするとその言葉は紡げなかった。
(俺を、俺が必要とする人)
瞳の奥の思いが。声が。言葉が。あらゆるものが月島の心を引き上げた。
月島は不思議と喉の奥が震えていることに気づく。何故だろう。忘れていた感情が呼び起こされるような感覚。
「……少尉殿も、そういったことがあるのですね」
「私を何だと思っている」
「……貴方は貴方です」
今は言葉にならない。胸の奥に芽吹いたひかりの蕾が開くまで。長い道程、やがてその蕾は花開く。