祈りは灰色だった(前編)----------
いつだって別れは唐突だ。
ユニクロンとの戦争に勝ち、デストロンをも打ち負かした長いようで短かったような乱世の時は過ぎ去った。
終わってみると呆気ないもので、今やどんな屈曲な戦士もセイバートロン星復興のためにレーザーガンを置いてショベルを持ち出し、瓦礫を退けている。
それはサイバトロンの科学者であるパーセプターも同じ事であった。
ただ1つ、違うのはパーセプターはデストロンとの戦争中同様に地球のサイバトロン・シティに留まり、そちらの復興に勤しんでいるという事だった。
「やあ、パーセプター。」
右手を上げて爽やかに声をかけてきたのは新たにサイバトロン・シティへやってきたマイスターだった。
「マイスター副官。」
「よしてくれ、私はもう副官ではないよ。」
「あぁ、そうでしたねマイスター。」
コンボイ司令官が亡くなった今、新たにリーダーの証であるマトリクスを受け継いだのはホット・ロディマスであり、マトリクスを体内へと取り込んでロディマス・コンボイ司令官となった。そしてその副官はコンボイの信頼厚かったサイバトロン・シティーのシティ・コマンダーであるウルトラマグナスだった。
「いやしかし、こうも瓦礫が多いと参ってしまうな。私は土木工事はそこまで得意ではないんだ。」
「そうですねぇ、そうも言っていられないのが実情ですが。」
「ははは、全くだ。」
マイスターはいつもの様に飄々と話す。
実はマイスターは一度周囲の願いもあり、ロディマス司令官の副官にならないかと推薦された事もあったらしい。しかし彼は周囲の願いを聞きつつもそれを辞退したのだ。コンボイ司令官が亡くなった今、それに殉ずるかのようにしてマイスターは"一介の工作員"へと戻っていった様に見えれば、周囲も彼を哀れに感じたのか、彼の地位について何も言わなくなっていた。
「…いい街だね、ここは」
マイスターの顔は変わらないが、パーセプターには周囲の雰囲気が変わったかのように思えた。
珍しい事もあるものだ、サイバトロンの副官(であった)であり、数々の特殊任務をこなしてきたプロ中のプロの工作員であるマイスターが、この様に雰囲気を変えたことを自分に"分からせて"くるとは。
「私は、…この戦争で、副官でありながら何も出来なかったよ。こんな私を右腕にとして下さったコンボイ司令官に、最後の最期まで、ついて行くと誓ったのに。」
マイスターの顔に影が落ちたように見える。何事もスマートに、その苦労を周囲に見せることのないあのマイスターが人前で、パーセプターの目の前で落ち込んでいるのだからそれは殊だ。
パーセプターは自分はマイスターに試されているのかとも思ったが、マイスターの顔に落ちる影に気付き、パーセプターはゆっくりと排気をした。
「そのような事はないですよ、マイスター"副官"。貴方は何回も立派に役目を成し遂げたじゃないですか。それにユニクロンとの戦いでも、司令官とは別の任務をしていましたし。」
「そうだね。しかし私は敵に捕まってあわや九死に一生、功績の一つも上げていない。」
「…マイスター副官、貴方は…いや、『そうですね。』………これでよろしいかな?」
パーセプターは理解していた。この会話が誘導されたものであることを。
マイスターはパーセプターにあえて自分を批難させるように仕向けているのだ。マイスターの顔は相変わらずなにも語らないが、少し表情が柔らかくなったかのように見える。マイスターの顔から影が消えた。
「いやすまないパーセプター、意地悪が過ぎたかな?」
「いえ、しかし何故私に?」
パーセプターはマイスターが自分にこの会話を振ったことが不思議だった。自分はあまり世間話に向くタイプとは思えないしマイスターの分かりやすい会話誘導に気付かないふりをすることも上手くできなかった。言うところの、不器用というやつである(と、パーセプターは考えている)。
「いや、君なら或いは…そう気付いても、私に乗ってくれると思ったんだ。」
マイスターは全く困っていないような、いつもの表情で首をかしげる。そこに居たのはパーセプターがよく知るマイスターの姿だった。飄々として掴み所がなく、クールでスマートな彼だ。
「そうですか、それは…良かった。」
パーセプターにしては短い返しだった。いや、話を振ったマイスター本人がそうしろというかのように、パーセプターはそれ以上話すことをしなかった。
「ああ、なんだかようやく肩の荷がおりたような気がするな。」
マイスターはそう言って腕を回すような仕草をして、パーセプターに背を向ける。
「さて、今度は私の番かな」
マイスターが再びパーセプターの方をむくと、にこやかな様子でパーセプターを見た。パーセプターは意味がわからないと言ったように首を傾げて見せる。
"私の番?"
「よく見たらお前さんも、酷い顔をしているじゃないか。というか、そう思ってちょっとしたモノを用意しておいたんだ。分析も兼ねて、103倉庫で休んできてはどうかな?」
「…マイスター?貴方の言っている意味が分かりませんが…」
マイスターは歩いてパーセプターの方へ行くと、パーセプターの肩にぽんと手を置き、「いいね?103倉庫へ今すぐ行きなさい。これは君への、私の副官としての最後の願いでもあるからね?」と囁くとマイスターは、それはどういう…というパーセプターの疑問を無視して手をヒラヒラと振りながら行ってしまった。
「………」
マイスター"副官"はずるい、そんな風に言われたら行くしかないじゃないか。
パーセプターはマイスターの彼らしい背中を名残惜しむかのように振り向きつつも、マイスターの進んで行った方とは逆方向に向かって歩き出した。
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