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    fuji_kemo

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    このあとどう展開したかったのか思い出せない銃独。タイトルは「退廃」になっている

    退廃 地下にあるライブハウスはワンドリンク制で、銃兎は一杯五百円のオレンジジュースを買った。本当はビールがよかったが、こんな場所にいても一応は勤務中だ。普段なら絶対飲まないオレンジジュースは、今が自由な時間ではないと教えてくれる。
     後ろの方にボックス席がひとつあった。開演まであと十五分。ボックス席には若い男女が数名。僅かな気まずさをごまかすように彼らは無理に会話を続けようとしている。全体的にライブハウス内はがやがやと騒がしく、時折はしゃいだような声が上がる。甘いジュースとアルコールのにおいと、様々な機材のにおい。薄暗い照明。べたべたした床。観客側はこんな感じなのか、と新鮮な気持ちになる。
     ライブはコピーバンドらしく、銃兎の知らないアーティストや曲名がポスターに書かれていた。こういう場所でも怪しまれないために今日は黒のスーツではなく、ラフなシャツを着てきた。だが、銃兎は自分がこのような若い集団と同じテンションで盛り上がるような雰囲気の人間ではないことを知っている。
     あたし単位やばいよ、留年しそう! 俺の方がやばいよ、もう留年確定だから。ここって酒の持ち込みだめなの? 俺、明日も先輩と飲みに行くんだけど金ないんだよなー。
     観客は大学生が中心らしく、若々しい会話が耳に入る。うるさくて、嫌になる。銃兎はガラスのコップを持っていない方の手で目頭を揉んだ。そこそこに観客の入ったライブハウスは、しだいに銃兎を場違いな気持ちにさせた。それもそうだろう。銃兎はたったの一瞬でも、モラトリアムを経験したことがない。
     銃兎が探している男はすぐに見つかった。その男は皆と同じように振る舞っているが、どこか不自然に視線をさまよわせていた。罪悪感ではない。バレることへの恐れだ。
     だったらやらなければいいのに、と銃兎は嘲る。
     銃兎は目的の男に近づいた。男は同世代の若い女と話している。男の後ろから彼の肩をぽんと叩いた。彼は振り向いて、銃兎に対して強い恐怖を示した。いつもの黒のスーツと赤い手袋はないが、銃兎は自分が威圧感のある男であると自負している。
    「“痛いキツネ“さんですね?」
     銃兎が男のハンドルネームを口にすると、彼はうろたえたように足踏みをした。しかし出口は銃兎の後ろにある。
    「少し、お話よろしいですか?」
     銃兎は男を隅の方へ誘導した。そろそろ開演するのだろう、照明が落ち始めた。男は適度に悪いことをしていそうな見た目だが、本当に悪いことをする覚悟はないのだろう。すでに彼は「助けてくれ」というような目で銃兎を見ている。
     だったらやらなければいいのに。
     再度、銃兎はそう思った。
    「治安が悪くても警察はきちんと仕事をしますよ」
     オレンジジュースを半分まで飲んで、銃兎は警察手帳を見せた。男はうろたえて、違う、と小さな声で言った。
    「俺はまだ何もしてないんです。待ち合わせの場所に来てくれって、それだけで」
    「えぇ、知っています。でもそのあとあなたは法を犯すつもりだった。犯行前のあなたを捕らえる法はありませんが、私はあなたを許しません。……とは言え、私も暇ではないので。その『待ち合わせの場所』を教えてくれたらそれで構いませんよ」
     人のよい笑みでそう言うと、男は怯えた表情でスマホを操作し、銃兎に見せてきた。そこには銃兎が捕らえたい犯人とのDMが表示されており、待ち合わせの住所も書かれていた。銃兎はそれをメモして、スマホの画面の写真も撮る。
    「あの、本当に警察のひとなんですよね? だったら俺のこと、ちゃんと守ってくれるんですよね?」
    「あなたを? どうして?」
    「だって俺はあいつを裏切ったから、復讐されるじゃないですか……どこかに保護とかしてくれますよね?」
    「さぁ? それはあなたが自分でどうにかしてください。私は今からその取引場所に行きますので、あなたは自分の口でちゃんと警察に相談してください。違法薬物売買の斡旋をしようとして失敗しました、とね」
     銃兎はオレンジジュースを飲み干すと男に背を向けた。同時にステージが明るくなり、歓声が上がる。男は何か言おうとしたが、観客に押しつぶされてしまった。銃兎は一度も振り返らずコップを返却すると早足でライブハウスを出た。
     夕方のアスファルトは昼間にたっぷり吸った熱を放出している。じわじわと体温が上がる。こういう暑さは嫌いだ。銃兎は近くで待機している仲間のもとへ急ぐ。
     観音坂さんも、と思った。
     直射日光から逃れるように道の脇を歩き、わざと小石を蹴る。観音坂さんも、大学生の頃は『あんな風』だったのだろうか、と今夜会う予定の恋人のことを考える。
     観音坂独歩は単純な人間だ。悪いことが起きれば悲しみ、良いことが起きれば喜ぶ。悲観主義の思想は少々厄介だが、銃兎がひとことフォローを入れてやれば彼は同意して自らのネガティブを否定する。
     路地の方へ曲がると銃兎は仲間と合流した。先ほどの男を薬の運び屋にさせようとした犯人との待ち合わせ場所を伝え、車に急ぐ。煙草を吸いたかったが、そんな時間はなかった。
     銃兎は、独歩と恋人になれたことを奇跡のようだと思っている。
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