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    fuji_kemo

    わたし

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    fuji_kemo

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    チョコボックスでいただいたチョコネタ銃独。恋をしているだけ。

    ふつうのバレンタイン 独歩はそれほど甘いものを好む体質ではないし、独歩が知る限り、銃兎もそうであった。コーヒーはブラック、カレーは辛口、ワインは白より赤。だから独歩は、自分が言い出したこととはいえ、どうしてこんな場所に来ることになったのかとても不思議に思っている。
    「チョコといっても、色々あるんですねぇ」
     銃兎は展示されたたくさんのチョコレートを見ながら、感心したように言った。ここはチョコレート展覧会の会場。世界中の珍しいチョコレートが集まる場所。
    「これ見てください、ひとの顔を模したチョコですよ」
     意外にも銃兎は、楽しそうにガラスケースの中にある精巧なチョコを観察していた。美術品が好きだと言っていたから、興味があるのだろうか。
     けれど職人技も極めすぎると仇になるのではないか、と独歩はチョコの顔から目をそらした。まるでさらし首のようなそれは、虚ろな瞳をしていて不気味だ。顔の皺まで微細に描くなんて悪趣味な職人もいたものだ。
     そして独歩は、広い会場を回りながら自分の不甲斐なさを恨んでいた。銃兎が楽しんでいるから結果的には良しとするが、独歩はただ、バレンタインデーにチョコを渡したかっただけなのに。
    「……あ、これ、フランケンシュタインだ」
     ひとの顔をしたチョコにも色々あった。歴史上の人物を模したものや既存のキャラクターなど、作り方も様々だ。独歩は頭に釘の刺さった四角い顔の前で立ち止まり、銃兎を呼んだ。
    「どれです? ……あぁ、先ほどのものよりずっとファンシーですね。ですが、フランケンシュタインというのはあの有名な人造人間を作った男の名前であって、この化け物に名前は……」
    「なんかこれ、ちょっと入間さんに似てません?」
    「は? どこが?」
    「首のとこ」
     独歩が銃兎の首に目をやると、銃兎は不満そうに上着で自分の首もとを隠した。
    「似てないです」
    「似てますよ。ここの、胸鎖乳突筋のあたり」
    「そんなニッチな筋肉、知りません」
     銃兎は首を隠したまま、すたすたと歩いて行った。独歩も後を追う。会場内はチョコばかりのため、あまり暖房が効いていない。周りのひとたちもみんな、厚着をしている。
     会場の奥には大きな象がいる。チョコレートでできた甘い象。長い鼻がくるんと曲がって先端が天井を向いている。あとで誰かが食べるのだろうか。銃兎なら、あんな埃っぽいチョコなんて食べたくないと言うのだろう。そのくせ、一日中、外で仕事をしてきた独歩を風呂にも入れず抱きしめ、そのまま食べてしまおうとする。そんなかわいい矛盾でできている銃兎は、本物みたいなピアノ型のチョコの前で身を乗り出していた。進入禁止のロープに手をかけて、ピアノチョコを少しでも近くで観察しようとしている。
    「ピアノ、好きなんですか」
     独歩が隣に立つと、銃兎はようやく来たと言いたげな顔で得意そうに笑った。
    「私、猫ふんじゃったなら弾けますよ」
    「へー。嘘だ」
    「……二割は本当ですけど」
    「そんなのだったら俺だって幻想即興曲が弾けますよ。一割の半分程度」
     言うと、銃兎はおかしそうに微笑んで独歩の肩を抱こうとしたが、直前で躊躇して手を下ろした。ここにはたくさんのひとがいる。嬉しくなっても、急に愛しくなっても、それを表現できる場所じゃない。
     帰りたいな。
     独歩はため息をついてピアノの前から離れた。そろそろほとんどの展示品を見て終わったところだ。きらびやかなチョコや繊細な造りのチョコ。それから食糧難に備えた虫チョコとか、宇宙食用のチョコとか、食べるとえっちな気分になる媚薬チョコとか。でもそんなものは独歩にも、銃兎にも、必要ない。独歩に必要だったのはバレンタインデーなのでチョコでもどうぞと気軽に愛情を渡せる勇気で、逆に銃兎に必要なかったのは独歩が本当はそうしたいと気づいているのに知らないふりをする意地の悪さだ。
     いつもは独歩からの贈り物なら何でも欲しがる銃兎が、バレンタインにチョコを欲しがらないわけがない。それなのに、独歩が「バレンタインデーなのでこういう展示会があるのですが……」と切り出しても、銃兎は「それで観音坂さんは私にチョコをくれないのですか?」とは口にしなかった。にやにやと、試すみたいな笑みで独歩に「休みを合わせて見に行きましょうか」と言うだけだった。
     なんなんだよ、あいつ。あんなやり方ばっかりだから元カノの数が多いんだ。全員にフラれて、どうしてなのかわからないなんて、馬鹿なんだろうか。
    「……はぁ。入間さん、もうお土産だけ買って帰りま……ってえぇええ!? いっ、入間さん!?」
     振り向いたら人間サイズの象がいた。風船を持った可憐な象は全身が茶色で、つぶらな瞳をしている。どうして入間さんが象に変身したんだ? あんまりにも意地悪だから呪われたのか?
    「あらっ、驚かせてごめんなさい! この子はチョコレートエレファントのチョコファンくんです!」
     びっくりしていたら、象の後ろから女のひとが出てきた。制服を着て会場の名札を付けている。象はごめんね、と言うように頭を下げ、両手を振って独歩を慰めてくれた。
    「あ、いえ……すみません、驚いてしまって」
    「良かったらお兄さんもチョコファンくんのチョコをどうぞ!」
     係員のお姉さんはバスケットにたくさん入ったチョコをひとつくれた。個包装のチョコは象の形をしている。何かのマスコットキャラクターなのだろうか。
    「それじゃ、ばいばーい!」
     チョコファンくんとお姉さんは軽やかな足取りで立ち去った。簡単なことだなぁ、と独歩は思った。誰かにチョコを渡すなんて、こんなにも簡単なことじゃないか。
    「いた! 観音坂さん! 勝手にいなくならないでくださいよ!」
     人混みから銃兎が独歩の前まで駆けてきて、手を掴もうとした。一瞬ためらったが、銃兎は勢いよく独歩の手首を握りしめた。
    「すみません、入間さん。そろそろ帰りませんか?」
    「構いませんけど……お土産は買わなくていいんですか?」
    「入間さんは買うんですか? 誰かにあげる用に?」
     強めに睨むと銃兎は、ぱぁっと笑顔になった。。その爽やかさには少し腹が立ったけど、独歩は握られた手首を引いて会場を出た。外はまだ真昼で、冬の青空がきれいだった。
    「……あんなにすごいチョコをたくさん見たあとなので、見劣りするのは仕方ないことだと思ってください」
     銃兎と向き合って、手首を離してもらった。鞄にずっと入れておいたそれは、悩み抜いた結果。でもたぶん、銃兎は正解にしてくれるだろうと、独歩は確信している。
    「どうぞ」
     取り出したのはどこにでも売っている、二十四個入りのチョコ。きっと誰もが口をそろえておいしいと言う。特別でもないし、手作りでもないし、別に思い入れもない。それでも銃兎はそのチョコの袋を大事そうに受け取って、泣く前みたいに瞼をぎゅっと閉じた。
    「……ありがとうございます」
    「入間さん、どうせ昔はもっといい感じのチョコをもらってたんでしょうけど」
    「…………」
    「もう、これからは一生、普通のチョコしかもらえないと覚悟してください」
    「……えぇ、最高ですよ、本当に」
     そんな質素な感動を共にしたのに、その夜、独歩は銃兎から高級なオーダーメイドのチョコを渡されて複雑な気持ちになった。


    おしまい
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