birthday「なぁブルース」
「ん?」
いつものようにメタルの部屋で寝る前の日課である絵日記を書いている途中、名前を呼ばれたブルースは鉛筆で陰影を描いていた手を止め、顔を上げた。ベッドに寄りかかっているブルースから見たメタルは、机の上に広げられたスケッチブックにクレヨンで色を塗りたくっているところだった。この絵日記はワイリーが義務付けたものでメタルとブルースが一緒に過ごすようになった日から2体は毎日書き続けている。
「ブルースの誕生日っていつなんだ?」
ふりかえったメタルの猫のような瞳には単純な好奇心が宿っていた。
「・・・誕生日?」
ブルースは語尾を上げて尋ねられた単語を聞き返した。
誕生日とは、人間でいえば生まれたその日を指すけれど、それはロボットにとっては初めて起動された日か、それとも機体が完成した日か、もしくは心が生み出された日なのか、ブルースは思いを巡らせた。確かに初めてブルースと呼ばれた日は存在するし、体を動かせるようになって完成したロボットになった日もある。しかし、それ以前から電波時計の機能が付けられる前から意識は時折ライト博士によって目覚めさせられていたのだ。
「ブルースにもあるだろう?」
「多分、な」
「多分ってなんだよ、思い出せないのか?」
「そういう、わけではないんだが・・・やってみるからちょっと待ってくれ」
ブルースはメタルに催促されて記憶の奥深くの扉を開いた。
集中するために目を閉じて、微かな手掛かりを探す。
もっとも古い回路にようやく辿り着き再生を試みた。
あまりに古い記憶のため劣化が激しくところどころ抜け落ちているもののなんとか認識できる状態ではあった。
初めて見たモノは―二人の青年と、赤いアイカメラのロボット―だった。
赤いアイカメラの―――
「うっ…!!」
急に頭痛がして再生していた映像が掻き消される。
記憶が古すぎて回路に負荷がかかりすぎたようだ。
もう少しで、そのときに抱いた初めての“感情”を思い出せそうだったのに・・・。
「大丈夫か?」
メタルは椅子から降りてブルースの側に近寄った。
ゆっくりと目を開いたブルースのアイカメラに映し出されたのは心配そうに自分の顔を覗き込むメタルの顔だった。
そして、メタルと目があった瞬間5回瞬きをした。
それはしようと思ってしたわけではなく自動的な反応だった。
「・・・」
―――やっとあえた―――
今までずっと一緒にいたはずなのに何年も離れていたかのような感覚がした。
初めて会ったときにも心に浮かんだ思い。
なにかがはじけて、きらきらかがやいて、あたらしいものがうまれる・・・
(この感情は何だ・・・?)
「・・・」
メタルは自分を見つめるブルースを不思議な気持ちで見ていた。
ブルースの瞳の中に小さく煌めいている何かがある。どこか懐かしくて胸が熱くなる何か。
その何かの正体を掴みたくて、言葉で行動で現そうしたけれど、どうしたらいいのかわからなかった。
「ブルース?」
もどかしさを打ち切るためにメタルが口を開いた。
「あ・・・、ごめん。その、思い出せなかった」
無意識に相手を見つめていたことに、たった今気づいたというようにブルースは少し照れ気味に目を反らした。
メタルの目には申し訳なさそうに苦笑するブルースは嘘を付いているようには見えなかった。
「じゃあ、俺と同じ日にしよう!そしたら一緒にバースデーパーティできるだろ?」
「・・・」
思い返してみれば、ブルースはバースデーパーティというものを体験したことはなかった。
体が動かせるようになってから二週間も経たずにライト博士の研究所から逃げ出したのだから。
それにメタルは起動してからまだ一ヶ月も経っていない。
一年後にも、こうして一緒にいられる保証はない。
戦闘用ロボットとしてメタルが生み出された理由そのものが、それを物語っている。
child typeは、仮の姿であって、いつかメタルはもとの姿に戻る時が来る。
「嫌なのか?」
「そんなことはない。バースデーパーティか、楽しみだな」
ブルースは澱のように心の底に沈む暗い気持ちを打ち消すように明るく言った。
もしワイリー博士の気が変わって、世界征服を諦めてくれれば、今みたいにずっと3人で幸せに暮らしていける。
まだメタルがchild typeでいる今は、それが不可能ではないような気がしていた。
バースデーパーティについてあれこれ話しながら絵日記を書いていると、時刻はちょうど21時になろうとしていた。
すでに書き終えていたメタルはchild typeのせいか省エネのために自動的に夜9時には眠くなる設計らしく、うとうとし始めていた。
「もう9時か」
「うん、俺はもう寝る」
そう言ってメタルは寝る準備をしてベッドに横になった。
「ん、おやすみ」
まだ絵日記を書いているブルースは手を動かしながら言った。
「おやすみ」
そう言って寝つきのよいメタルはあっという間にスリープモードに入った。書き終えたブルースは、いつものようにメタルが完全に寝ているのを確認してから、ライト博士が自分にしてくれていたように、メタルの額に悪い夢を見ないおまじないのキスをして部屋を出ていった。
fin.