捕まえられない渡り鳥 悪友の弟がこっちに出てきたのを機に始めたバンドの活動も早一年、メンバーの性格も大体わかった。サックス兼ボーカル、リーダーのシュン坊は兎も角として、ギターを担当するのはバカ拗らせた高校生のリョーマ、ベースは女装の似合いっぷりが尋常でないアカネ。そして、最初はゲストでたまーに顔を出してたのがいつの間にか入り浸っていたキーボードの片桐くん。片桐くんが正式にこのバンドであるバードランドに入ったのはつい数ヶ月前なのだけれども、彼についてはまだまだよくわからない。強いて言えば、掴み所がないふんわりとした性格だということ位しか、わからない。
そう言えば、昔職場に居た師匠とも言うべき先輩も、そんな掴み所がない人だった。なんて思っては居るが、多分片桐くんはそんなゲスくはないと思う。多分。あの人、仕事以外はクズもクズ、残念すぎる位にダメ人間だったからなぁ。
そんな事を考えながら、俺らがいつも使っている貸スタジオに入れば、ロビーには長身の男が座っていた。伸びっぱなしの癖毛に一昔前なデザインの眼鏡、なんの変哲もないワイシャツの上に着古してるだろう黒いカーディガンをざっくりと着込んだジーパン姿、件の掴み所がない片桐くんだ。相変わらず、最初に来るのは俺か彼かのどちらかだ。
彼の手には何らかの冊子、楽譜では無いことを確認してから、声をかける。
「や、今日も早いね」
「……あ、鷹晴さん。鷹晴だって早いじゃないですか」
現時刻は約束の時間にはまだ早い時間で、俺も彼も時間前には来るのが恒例だった。それにしても、今日はお互い少しだけ更に早く到着していたのだ。
「用事が思いの外早く片付いちゃってね、時間潰すにはちょっと短かったから、早く来てみたんだ」
そう言って笑えば、彼もふにゃりと笑みを見せる。
「おれも同じようなモンです。学校の練習室で時間潰そうとも思ったんですけど、弾き始めたら時間忘れちゃいそうですし」
そう言ってパララ、と手に持つ冊子のページを弄ぶ彼の手元に視線を落とせば、表紙には地球の歩き方、とパリの文字。
「片桐くん、パリ行くんだ?」
何の気もなくそう話を振れば答えはNO。じゃぁ、何で、と続けようと思えば、口を開く前に片桐くんがその答えを出してくれた。
「おれ、中学頃までパリに居たんですよ。懐かしくって」
まさかのパリジャンとは。しかも彼の年齢を考えると、今のところ日本に住んでた時間よりも海の向こうに居た時間の方が長い計算になる。それにしたって。
「日本語、上手だよね」
「母親は日本人だし、父親は母親口説く為に日本語猛勉強したらしいんで、家の中では基本日本語だったんですよ、外ではフランス語」
長い休みは日本に遊びに来てたりもしてましたし、と笑う。
そう言えばシュン坊もニューヨーク生まれだったし、帰国子女同士ウマが合ってるのだろう。
そう言えば、前に枯葉をやった時、片桐くんに歌わせよう!とシュン坊が主張してたのを思い出した。結果、枯葉は完全無欠のシャンソンになった訳だが。それはそれで、楽しかった、なんて。
「此処でだらだら喋ってるのもなんですし、先入っちゃいましょうか」
「だな、あいつら来るまで本場のシャンソン聴かせてもらおうかな」
えー、また枯葉ですかぁ?とカラカラ笑う片桐くんに、愛の賛歌でも良いぞー?と返しながら、防音室の並ぶ廊下を進む。
シュン坊から「ゴメン、急用入っていけそうに無い!」という一言がメールで一斉送信されて来たのは、それからまた少し経った後の話。
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バードランドの鷹晴にいやん(29・ドラム)と片桐くん(20・キーボード)
片桐くん強化月間がキてる。
片桐くんはパリジャンだし結城は元ニューヨーカーだよ。
(2014-10-18)