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    狭山くん

    @sunny_sayama

    腐海出身一次創作国雑食県現代日常郡死ネタ村カタルシス地区在住で年下攻の星に生まれたタイプの人間。だいたい何でも美味しく食べる文字書きです。

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    狭山くん

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    2017-06-17/鳴海さん周辺サルベーシその1

    ##笹野周辺

    ビー・マイ・ラヴにはまだ遠い「お前はお前らしく生きていきゃぁ良いんだよ」
    かつての彼が俺へと告げたその言葉に、俺は一発でやられてしまったのだ。
     
    「お引き取りください」
    その店の温和なマスターは穏やかな笑みを湛えたままに、一人の男にそう告げる。カウンターの端を陣取る俺を含めた常連は心の中でだけマスターへと声援を送る。何しろこの店はジャズバーで、音楽と酒、どちらともを楽しむ為の店だ。この店の主役はあくまでも音楽。そしてその音楽を彩るのが酒である。そんな中で大声で蘊蓄を述べるような輩がこの店のマスターに許されるはずがない。酒に酔って気が大きくなっているのだろうその男は「俺は客だぞ」と喚きたてている。そんな男の言葉に、この先の展開を知っている俺は混み上げる笑いを抑える事となる。
    「ああ、巷でよく言われている「お客様は神様です」というアレですか? 生憎私は無宗教なもので、神様に敬意を払ってはいませんから」
    サラリとそう言って彼は「それに、この店は私の店ですし。お客様は歓迎いたしますが、お客様というのはこの店に相応しい振る舞いをして頂ける方の事を指しますので。貴方はもう少し、場に相応しい振る舞いを身に着けてからいらした方が宜しいと思いますよ?」と重ねた挙句に「お会計はこちらです」と男に口を挟ませる隙も見せずに今宵の男に対して空間を提供した対価を求めるのだ。口調は丁寧であるが、彼の纏う空気は冷たい。笑みを湛えたその表情の視線も同じく冷たく鋭利なものであるのだ。
     
    会計を終え、そそくさとその場を立ち去る男の背中がドアの向こうに消えれば、マスターはいつもの温和な微笑みを浮かべてカウンターの中へと戻って来る。「ナルミさん、流石スね」へらりと笑い俺は声量を落としてマスターへと話掛ける。
    「アレは客などでは無いですからね。この店で楽しんで頂く為に邪魔になるものを排除したまでですよ」
    丁寧な口調ではあるが、言ってる事は過激派かよ。と突っ込みたくなるようなソレで。俺の前にそっとウイスキーが満たされたロックグラスを置く物腰柔らかかつ丁寧な言葉を使うこの紳士のような壮年男性が、実は口が悪く昔はヤンチャしていたというのはこの店では俺だけが知る彼の秘密だと、俺は思っている。何て言ったって彼と俺はこの店のマスターと常連客である以前から実家の近所に住んでいるお兄さんとガキだったのだ。彼が長らく独り身であるからなのだろうか、世間一般の同年代よりも若く見える彼は自分の親と似たような年齢ではあったが、昔からそうは見えなかった。勿論今も。俺がまだガキだった頃、よく近所にあった彼の家へ遊びに行っていたものだ。そしてその時に若い頃の写真を見つけ出した俺は彼が少しヤンチャな学生時代を過ごした事を知る事となる。
    そんな十数年以上の付き合いとなる彼がこの店では――否、この数年は店外でもだ――温和で丁寧な言葉で喋る姿は俺から見れば凄まじい猫かぶりにしか見えないけれど、そんな彼の姿もとてつもなくハマるのだ。かつての口の悪い彼の外見と口調のギャップも良いが、外見と口調が一致している今の彼もとても、良い。
     
    そう。俺の初恋は目の前で笑みを湛えるこの男である。
     
    「ナルミさんのそういう所、俺本当に好きですよ」
    そう言えば、「この店はそういう店でも無いんですけどね?」と俺の軽い告白はスルーされるのだ。
    「ナルミさんだけしか口説いてないスよ」
    「藤田さんはそろそろこの店を出禁にされたいんですか?」
    首を傾げながらそう返すマスターの口元は笑っているが、目が全く笑っていない。本当に出禁にされる事は無いだろうけれど、今夜の折れ所はここらへんだろう。こんな事を俺はもう何年も続けているのだ。
    俺だって、彼をそうやって口説くと言いつつ他の人間と幾度か付き合ってはいるのだからそこを突かれれば返す言葉は見つからないものの、それでも彼に恋愛としての意味で好意を持っているのは嘘ではない。
    「ちょっとナルミさんを口説いてるだけで、静かに楽しんでるのに出禁は勘弁して下さいよぉ」
    ワザとらしく声を潜めてそう返せば「全く……」と呆れ切った声が返って来るのだ。
     
    「ね、リクエストいいスか?」
    彼はセミプロ程度で昔に少し。なんて言うが、運と機会があればスタジオミュージシャンをしててもおかしくない腕前を持つこの店のマスターは客のリクエストで時折サックスを吹いてくれるのだ。
    「まぁ、今日はピアニストも居るし良いでしょう。何をご所望で?」
    ピアノが弾けるバーテンに目配せをし、もう一人のスタッフに一曲分の時間だけ店内を任せると告げる。
    「ナルミさん、俺のリクエストは分かってるでしょう」
    「また、アレですか?」
    溜息と共に彼はカウンターの奥へと向かう為に俺に背を向ける。俺はその背にそのリクエストを投げかける「ビー・マイ・ラヴで、お願いします」
     
    「今日もフられたか」
    マスターがピアノの前に座るバーテンに目配せをし、彼はその十指を巧みに動かし和音で構成されたイントロを奏でる。そうして、彼がそのピアノの音に乗せたメロディは俺が彼にリクエストをしたその曲ではなく、一人取り残された孤独を歌う曲であった。
     
    ステージの上では、サックスの金色ではない、彼の指に纏わりついた細い銀色がチラリと光った。
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