星の海を渡れども 流れる暗闇の中、点々と燦めく星々を眺める日々も、早数ヶ月が過ぎてしまったような気がする。ガラスに隔たれた後部デッキに凭れ、タバコの煙を燻らせながら、私は暗黒の宇宙空間を眺めていた。
「また此処にいらしたんですね」
この汽車の車掌が静かにドアを開けて私に微笑みかける。出逢ったその夜に浮かべた微笑みと変わらないその微笑みで。
「だって、この汽車に乗ってやる事と言えば外を眺めるか乗客か貴方と話す位のものじゃない」
そう返せば、彼は確かにそうですね。と一人頷く。そんなやりとりももう数え切れない程だ。初めて出逢ったその夜から。
「お迎えに上がりました、どうぞ、お乗りください」
いつもと変わらず仕事を終えて会社を出た所にその汽車はやってきた。その頃の私は人の声が駄目で、声に被さるように鳴り響く耳鳴りに悩まされて居たのだけれど、何処の会社のものかも分からない車掌服に身を包んだ彼の声はその耳鳴りを起こすことは無かったのだ。
「大丈夫、怖がらないで。どれだけ乗って居たとしても、一夜の夢ですから」
そう重ねた彼の声に、生きることに疲れ、逃げ場を探していた私は、その汽車へと足を踏み入れたのだ。
「貴女がやってきてからもう数ヶ月ですか」
「降りて欲しいような口ぶりね」
車掌と共に宇宙空間を見つめながら、言葉を交わす。
「貴女のように長期にわたって乗っておられる方は少ないので、興味深いだけですよ」
車掌は微笑みを崩す事無くそう返す。
「だって、降りれないんだもの。仕方ないじゃない」
降りる事が出来ないのは本当だ。車掌が言うには「降りたいと思った時に降りたいと思った駅に降りれば、貴女の世界に戻ります」との事だが、ホームまでは降りることが出来たのに、改札を出ればまた何時もの車内に戻るということを繰り返していた。
「貴女が心から降りようと思った時には降りれます。きっと、まだ降りたくないんでしょう」
正直に言おう、この汽車を降り、またあの耳鳴りの世界に戻る勇気なんて無い。この汽車の中でだけ、私の耳鳴りは止まるのだ。
「ずっと、此処に居ても良い?」
「リョウコ様のお気が済むまで」
そう言って、車掌は「お邪魔致しました、ごゆっくり」と後部デッキから姿を消した。
私は短くなってしまったタバコを揉み消して、新しいそれに火をつけた。
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短め。
こんな感じでオムニバスっぽいの書きたい。
(※と思ったらその街が出来たけど、その街でちょろっと出てきた汽車がこちら)
(2015-03-07)