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    #チェズルク
    chesluk

    チェズルクワンライ お題 傘 ぽつり、と。
     頬に当たった冷たさに、誘われるようにして空を見上げた。
     ぽつ、ぽつ、と。
     肌になじまない水滴は、空から静かに降り出した。薄曇りに灰を足したような空の色は暗鬱として、風の流れに沿って渦巻くように流れている。
     出る前に降水確率は確認したけれど、高くはなかったからまあいいやと思ってそのまま出てきてしまったことが今更ながらに悔やまれた。
     久しぶりの非番の日。四隅にたっぷり埃の積もった室内と、キッチンのシンクにうずたかく積まれた皿やコップ、洗濯機から溢れた洗濯物の山を見て途方に暮れながら、ひとまず空っぽになってしまっていた冷蔵庫に入れておくものを仕入れるために街へと繰り出した僕は、両手に山ほどの荷物を抱えていた。
     雨粒は思いのほか大きくて、次から次へと降ってくる。じわりと濡れた前髪が、視界の端で色を濃くした。慌てて近くの庇の下に入ったところで、一気に土砂降りへと切り変わる。
     アスファルトを叩きつけるような水の勢いは、思わず呆然としてしまうほど強く激しい。
     まさに間一髪だ。
     折り畳み傘くらい、持っておけばよかったかもしれない。そう思ったけれど、この調子じゃ折り畳み傘があったところで大して役に立たなかったかもしれない。
     勢いの強い雨でうすくけぶるような、じっとりと暗い色合いの空を見れば、崩れた天気はすぐに戻ることはなさそうだと見て取れる。
    「うう、どうしようかなあ」
     思わずついた溜息ごと、僕を掬い上げるような甘い声が耳に届いた。
    「ボス」
     その呼称を使う人物は、ひとりしかいない。
     振り返れば、はたして彼がそこにいた。
    「チェズレイ!」
    「お久しぶりです、ボス」
     軽く会釈したチェズレイの銀の髪が、さらりと靡く。極上の帛に似た色合いは、翳った雨の中でも一筋のうねりもなく真っ直ぐに彼を彩っていた。
     今回は、ちょっと早かったなあ。
     神出鬼没というほかない彼は、たまにこうして何の予告もなく僕の前に現れては穏やかな笑顔を浮かべて、軽く腕を広げてみせる。まるで、何かをこれから迎え入れるように。今も、また。
     ――これは、あれか……あれだな。
     求めるところを察したけれど、何せ僕の両手は塞がっている。
    「いやあ、今はちょっと無理かなあ……」
    「私とハグをするのはお嫌ですか? 以前はあなたからハグをして下さったのに、つれないおひとだ」
    「いやいやいやいや、わかってるだろ? この荷物だから無理だって! 別にチェズレイとハグをするのが嫌だって言ってないよね?」
     あまりにも哀れを誘う声と表情に、慌てて言葉を連ねてしまう。あっという間に相好を崩して、楽し気な表情を見せて小さく含み笑う姿に、またやってしまったと少しだけ落ち込んだ。あの声も表情も僕を揶揄うためであって、本当に悲しんだり困っているわけじゃないと頭ではわかっていても、ついつい引き摺られるんだよなあ……その理由も、僕はとっくに思い知っている。内心でぼやく僕を気にした様子もなく、チェズレイはあまくとろけたシュガーバターみたいな魅惑さで微笑んだ。 
    「では、あなたとの触れ合いは後ほどの楽しみとしましょう」
    「そうやって揶揄うのはやめてくれ、そういうの、僕は楽しめない」
    「そう仰らず」
     彼の手には、いつの間にか美しい傘が握られていた。柄の意匠は彼が普段持っている仕込み杖のそれとよく似ている。
     しなやかな美しいその手が優美に動いて、傘が開かれる。凡庸な仕草さえ、チェズレイがしてみせると絵になるというかなんというか……思わず見とれてしまった自分に気付いて、バツの悪さに目をそらした。
    「どうぞ、お入りください。お困りのようでしたので」
    「……ありがとう。困ってたのは確かだ」
     ここで断るという選択肢はない。荷物を抱え直して、チェズレイの傘に入れてもらった。
    閉じていた時は黒だと思っていた傘を見ると、内側は青の強い美しい宵闇に似た紫に細かな模様が緻密に入っている。それはいっそおそろしいほどチェズレイに似合っていた。このままかさに入れてもらうことを少しためらいそうなくらい、彼のものだと一目でわかる。
    「本当にありがとう。助かったよ、チェズレイ」
    「お役に立てて何よりです。ああ、そんなに離れては濡れますよ」
     僅かに離した身体の隙間を一瞬で詰められる。ふわりとあまく蠱惑的な香りが纏わりついた。肩口が擦れ合うだけで、どきりと鼓動が大きく跳ねる意味を、きっと知られている。
     それでも何も気にしていないというように背筋を正したのは、僕なりのプライドだ。
    「家まで良いかな、お茶でも淹れるよ」
    「あァ……ボスが手ずから私のために紅茶を淹れて下さると? それはそれは、喜ばしいことですねェ」
    「君が淹れるほうが美味しいだろうけど、そこは勘弁してくれよ」
     軽口を叩きあいながら家路をたどる。

     強い雨で覆われた傘の中、触れ合う距離で君と歩いた。
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