「ウィリアムズ、荷物届いてるぞ!」
外回りを終えて署へ戻ると、同僚から声がかかる。
「ありがとう」
いったいなんだろう、と思う時期は過ぎている。おそらく、彼からの荷物だ。
自分のデスクへ向かう。そこに置いてあった荷物には果たして流麗な筆致でサインされていた。
自宅ではなく職場へと自分宛の荷物が送られてくることに、最初の内は当惑していたものの、最近は慣れてしまった。実際、自宅に戻らないことも度々あるから、受け取りの手間を考えたら効率の良さは段違いだ。
同僚や後輩から不思議そうな眼を向けられたのははじめのうちだけで、月に一度か二度送られてくる荷物に対して誰も何も言わなくなった。中身が食材と手紙だと説明してから、色気がない話だと興味を持たれていない。
PCの電源をいれて立ち上がりを待つ中、箱を開けて中身を確認してみる。どうせ定時を過ぎているから、少しくらい私事に流されても誰も文句は言わない。
箱のふちいっぱいまで詰め込まれた野菜は、相変わらず輸送されてきたと思えないほど瑞々しい。知り尽くされている僕の好物に加えて、知らない野菜もいくつかあったけれど、きっとそれに関するレシピや説明が一緒に書いてあるはずだ。
「あれ……?」
今回もまた分厚い手紙が入っていることを予測していたのに、小説と見紛うような紙の束が鎮座していることはなく、段ボール箱のほとんどを食材が占めている。
一番下に置かれていたラベンダーを思わせる薄紫の封筒は、普段に比べると随分ひっそりとして見えた。
なんだかひどくがっかりした自分自身にがっかりしつつ、彼から贈られたペーパーナイフを使って慎重に封を開けると、中から出てきたのは同系色の便箋数枚だ。
便箋に触れると、開いた瞬間、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽る。
あ、これ……チェズレイの香りだ。
書いている最中に移ったんだろう。甘いけれどどこか清々しさも帯びている香りは、彼のものだ。触れた指先を通してチェズレイに触れているような気がして、思わず顔が熱くなった。それに気づかないふりをして、内容を読み進める。
流麗な手跡を通して、時候の挨拶からはじまったそれは、どこか他人行儀で壁がある。薄布一枚隔てたような距離感に、今度こそ首を傾げた。
そして最後に書かれた「あなたに逢いたい」という文字を見て、これはただ事じゃないぞ、と気を引き締める。
だって君なら、逢いたいなんて言う前に逢いに来てくれるはずだろう?
いつもならすぐに返事を考えるところだけれど、さてまずどこから連絡を取るべきかと思案しながら、まずは仕事を片付けるために立ち上がったPCのパスワードを入力した。
「お久しぶりです。随分寝不足のようですね」
色々無理を通したせいで、しばらくずっと仕事に追われていた。
今日は三日ぶりにわが家へ帰れる、という時に彼が現れる。
……ほら、やっぱり逢いに来るじゃないか。
「お土産があるんです。お邪魔しても?」
「うん、散らかってるから悪いけど、どうぞ」
ドアを開けると、留守にしていた分の埃と黴臭さが僅かに流れた。
掃除もサボり気味だから、潔癖気味なところがあるチェズレイに叱られそうだなんて考えつつ、のろのろと先に立って入る。
自分の家に帰ってきたことと同じくらい、僕の後ろにいる存在に安心する。
「ハグをしても?」
「……うん」
背中越しにふわりと包まれて、手紙と同じ甘い香りに頭がクラリとした。
そういえば僕は随分くたびれているけど気にならないんだろうか。
シャワーは浴びていたけど着替えは尽きて、昨日と同じシャツだということが気にかかる。
「……ありがとうございます、ボス。今日、あなたに逢えたのはあなたのおかげだ」
「そうか。それなら僕にとってもラッキーだった」
実際のところ、彼が何をしようとしていたのか、どこに行こうとしていたのか、全てがわかっているわけじゃない。
唯一無二の彼の相棒しか知り得ないことはきっと多い。
だけど、少しばかりの無茶と無謀が、チェズレイが僕と逢いたいと思ったら逢いに来ることができる時間を生み出すことに繋がったなら、僕はそれを喜ぼうと思う。
「そういえば、お土産って?」
「ちょっと南国へ行ってまいりまして、その分を」
「ついこの間雪国にいたのに?」
「ええ、まったくせわしないことです」
パタン、と扉が閉まった。
ぎゅう、と抱き込む力が強くなる。
その手に触れて、とんとん、と優しく撫でるように軽くたたく。
離してほしいという合図を、彼は正しく受け取った。
ゆるくなった腕からするりと抜け出して、彼に向き直る。身長の関係で下から見上げるような形になるけれど、いつだって目線を合わせてくれることを知っていた。
「ハグをしても?」
「っ! ……ええ、もちろん」
彼を真似た申し出は少し意外だったのか、一瞬きょとんとした顔をしていたチェズレイに抱き着く。子供が親に甘えるようにぐいぐいと額を肩口に押し付けて、それでもまだ足りない。
「あなたが甘えたがるのは珍しいですね」
背中をぽんぽんと優しくリズミカルに叩かれて、ぐずる子供をなだめるような手つきに、てきめんに眠くなってくる。この腕の中は、絶対に安心できる場所なんだと、頭で考えるより先に知っていた。
子どもみたいな真似をしているのは寝不足だから、という言い訳をさせてほしい。もう少し理性が残っているか、ほんのちょっと君が足りていたなら、こんなことしなかった。
「君の……」
「はい」
「君の、手紙が楽しみだったんだ」
「……はい」
少しずつ読んで、何度も読み返して。
仕事の合間や、雑事の隙間を埋めてくれる
道が分かれた僕たちは、決して同じ道を歩むことはないと知っていても、チェズレイがいつだって心を残してくれていたから、寂しいなんて感じることはなかった。
あんなにも与えられてなければ、気付かなかったはずの衝動が揺さぶられる。
寂しい、なんて知りたくはなかったのに、教えたのは君だ。
だから責任を取って、寂しさなんてこぼれてなくなるくらいに満たしてほしい。
そんな思いを乗せたくちづけを受けた恋しい君は、とろけるほどに甘く香って優しく凪いだ。