【息継ぎが一等ヘタクソなんだね】「金魚ちゃんのことさ、名前も顔もあんま覚えてないんだけど、好きだなー!ってのだけははっきりあるんだよね。なんで?」
愉快そうに、それでいて本当に不思議そうにフロイドは尋ねてくる。
「わからないよ、ボクにはそんなこと」
ねぇねぇなんでー?としつこく聞いてくるフロイドを遮るように語気を強めてリドルは言った。
「えー?金魚ちゃんのことなのに?」
「それはキミのことだ。ボクには何にも……何にも関係がないことだ」
次第に尻すぼみになる言葉。
そんなわけねぇじゃんー!とぼやいたフロイドは背もたれによりかかり、椅子の前脚を浮かせてゆらゆらと視線を窓の方へ向ける。
「……外って海なんだよねぇ、泳ぎてぇし行ってくるわ」
「駄目だ」
立ち上がり足を進めようとするフロイドをすんでのところで制止した。リドル自身も席を立ち、意味がわからないというふうのフロイドの腕を掴む。
「キミは、外に出てはいけない」
いつものリドルらしく強い瞳で睨むようにフロイドを見上げる。
「……さっきも言ってたけどさあ、何で駄目なの。金魚ちゃんのルール?」
「……ルールではないよ。決まり……契約……そうだね、ともかくキミをここから出してはいけない。ボクはそう契約したんだ」
「ケイヤクって、ああ……アズールね」
一瞬ム?とした顔をしたフロイドだったが、数秒後には思い出したようで腑に落ちた表情に変わった。
「頼まれたんだよ」
「へぇ~、対価ヤバそ~」
「破格だったかな」
「ふぅん……あのアズールが?ジェイドは面白がってそうだけど、何か薄気味わりーね」
フロイドは小首を傾げる。
「……ボクもそう思ったよ」
リドルは僅かに眉を寄せた。
「で?なんでオレは出ちゃいけねぇの?理由くらい言わねぇの?」
じ、とリドルの方を見据える。その眼差しに狼狽えて視線を外して下を向く。
「それは……キミが……いや、これは……」
「あは、口パクパクさせて本当に魚みてぇ」
フロイドはリドルの顎をクイと持ち上げる。突然のことに逃げの姿勢を取りそびれてしまった。
「出ちゃダメ~って言うならオレを楽しくさせてよ」
「っ……!!」
バシッと音が聞こえるほど強く腕を振り払う。はずみでフロイドの腕が液体のように一瞬揺らぎ、勢いによって足元もたたらを踏む。面食らったのはフロイドの方だった。
「……オレの方がゼッテー強いと思うんだけど、おかしくね?」
「……ここでは、ボクの方が強いようだね」
「はー潰してから行こうと思ったのに、できねーじゃん」
苛立った声を隠そうともしない。
「……多分夜が明けるまで、一晩経てば、どうにかなるはずなんだ。それまで……すまないが大人しく過ごして欲しい……」
ひとり言を呟くように、それでいて訴えかけるようにリドルは言った。
「ああそう……金魚ちゃんと一緒ね、わかったぁ」
その言葉に素直に納得でもしたのか、フロイドは予想に反してそれ以上声を荒げることはなかった。その分、ニタリとした顔をリドルに向けていた。