【キミの一番美しい秘密を教えて】 ***
風が中庭の木の葉を揺らしている。さっき終わった授業の教科書とノートを携えたままリドルは流れる雲を見上げていた。
「見っけた」
「……フロイド」
声のした方を見ると両手をポケットに突っ込んだフロイドが立ち尽くしていた。キミもさっきまで授業があったはずだろう。教科書の類はどうして持っていないんだ、という小言が口から出かけたが、今言うのはそれではないことを理解していた。
「……この間はあんがと」
「無事だったようで何よりだよ」
あの後、先に目を覚ましたのはボクだった。だがフロイドも無事に目を覚まし、他の生徒と同じように出来上がった魔法薬を飲んで復帰したとアズールから聞いた。また、あの空間での記憶は精神の奥底のやり取りでしかないため現実のフロイドは何も覚えていない、ということも聞いた。つまりあの幻想的な世界を記憶しているのはボクだけということらしい。少し優越感を感じるような、もったいないような気持ちだった。
「あのさあ……ええと」
歯切れの悪い言葉。大方顛末は聞かされているんだろう。
「……それで? キミはまだそれでも忘れようと思ってるのかい?」
自分はきっと少し意地の悪い笑い方をしてるのだろう。自分では見れないけれども、ぶすくれた表情をするフロイドを見るかぎり間違いではなさそうだ。
「……金魚ちゃんずっる」
「何とでもお言い。ボクはあの時のキミに何度も言われたけれど、キミの口からは直接確かめられていないよ」
そう言うと彼は髪をかき回してあーとかうーとか唸って、ややあってから口を開いた。
「……オレさあ、好きって気付いてから毎日がもっと楽しくって面白くってさ」
目を背けたまま言葉を続ける。
「でもそういう感じじゃないじゃん、金魚ちゃんは。脈がないなら、伝えらんないし……ほらオレ臆病だから」
「それはキミの日頃の態度が悪いせいだろう」
一層むくれたのは見て取れた。
「……そんでさ、卒業したり離れたりしても金魚ちゃんのこと忘れらんないのはきっとしんどい。ガクセーの頃に好きな人がいたなあ、ってのだけ残して忘れてしまえたらいいのにな、って……思ったことあるよ」
「全く……失礼なやつだな」
そだね、とぼそりと呟いた。
「でもやっぱ、ヤなんだよね。忘れるのって」
どうせもうバレてんだしなー、と言いながら足元の小石を蹴り上げる。ひとつ大きくため息をついたフロイドは顔を上げ、少し膝を曲げてリドルと目線を合わせた。
フロイドは会話をするときによく視線が同じになるように屈んで、幼いとも無垢とも形容出来そうなほど柔らかい笑顔でリドルを見る。リドルはその瞬間がいつもどうしても嫌いではなかった。
「だからさあ、あんね、オレさ金魚ちゃんのこと好き。大好き」
交わした瞳はあのとき見たゴールドとオリーブの輝きと同じだった。
「……そうかい。わかったよ。……聞かせてもらったからこれで十分だ」
気恥ずかしくなって今度はこちらが目を逸らす。
「えっ、そこは金魚ちゃんも、……その」
「ボクはまだキミのことについては、危機を助けに行った同級生でしかないよ」
でも、
「キミがボクを忘れたくないと思うほど好いているのなら、考えてあげてもいいよ」
フロイドに顔を向けて言う。
うまく笑えただろうか。すでにもう、うっすら絆されているのは自覚している。でもすぐに言ってしまうのは惜しい気持ちがある。それこそずっと言わなかったフロイドへの意趣返しだ。
「あっそう……じゃあこれから毎日伝えるね。そんで金魚ちゃんもオレのこと好きになってねぇ」
へらっと笑うフロイド。どうやら脈アリだと思ったんだろう。否定はできない。
フロイドはいつもと変わりがない腕をポケットから出してリドルの手首を掴む。そしてリドルはそれを振り払おうとはしなかった。