【ひと欠片でも重なる感情はあるか】「"金魚ちゃん"ねぇ……キンギョチャン、ふぅん……」
咀嚼するように、転がすように、フロイドは何度も呟く。
「腕を見てわかるだろう?キミはここから出ようとすると溶けて消える。朝まで待てばボク等のことは解決する。だから、この部屋の中で大人しくしていて欲しい」
今までのように、必要以上の情報を与えないように諭す。現実のフロイドとこの精神のフロイドの記憶や意識は極力混ぜないようにした方がいい、というのはアズールの説明にあった。
「んー……それはまあ、仕方ねーなー、と思うんだけど」
こちらが注意深く言葉を選んで話しているのに、一方のフロイドはそんなことはどうでもいいというように先がなくなった腕を不満そうに見つめながら言葉を続ける。
「オレさあ、アンタのこと思い出せねぇの、名前聞いてもピンとこねーし……」
視線がリドルへ向く。少し眉の下がった困惑した表情だった。
この部屋では、フロイドは何度も何度も、リドルのことを忘れる。
「なのに、何で」
それはつまり、
「キンギョチャンのこと、ずっと目が離せねぇんだろ」
忘れたいほどに大切だと、そう思われている。
「多分これねぇ、好きって気持ちだと思うんだけど、知ってる?」
「ボクは、知らないよ」
震える声で何度も繰り返した否定を吐く。
知らない。そんなふうに思われてるなんて知らない。でも彼の好意らしいものはボク自身のことを忘れても消えていない。
「今は、そんなことは、どうでもいいんだ。ボクはただ、キミが溶けて消えないようにこうして、ここにいるだけなんだから」
「どうでもよくはねぇよ。……ねぇ、教えてよ、オレがどうして金魚ちゃんのことが好きなのか、思い出させてよ」
フロイドはリドルににじり寄る。残っている方の腕を伸ばしてリドルの肩を掴もうとする。逃げるように足を動かすが、水が広がった床は踏みしめることが出来ない。ズルッと足を滑らせたリドルは後ろに倒れ込み、フロイドも続くように足を滑らせ覆いかぶさった。バシャリと背中から水たまりに落ちて、見上げればフロイドの影で全てを覆われる。
「ねぇ、金魚ちゃん」
真っ白い満月が空の天辺に昇っていた。何より明るい月光がフロイドの際から差し込む。
「好き、大好き。忘れてるなら、また金魚ちゃんのことを知りたい」
輝いて見えるのは反射する水滴のせいだろうか。
フロイドは真面目そうに、絞り出すような声で囁く。本気なのだろうということは嫌でも伝わってくる。
近づいてくるゴールドとオリーブの瞳から目が離せない。
「っ……そんなに言うなら!どうしてキミは……!」
ボクを忘れたがっていたんだ!
突き倒してでも逃げることは出来たはずだった。それでも動けなかった。
瞬間、二人がいた部屋の中に勢いよく水が入り込んでくる。
代わりに叫ぼうとしたその言葉は水に飲まれて消えてしまった。