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    kemuri

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    kemuri

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    【フロリド】真っ白い部屋にフロとリドだけがいる話-4-(4/7)

    【此処ではない何処かのこと】      ***
    その日、校内はにわかにざわついていた。
    会議室から出てきたリドルはアズールと並んで歩いている。その行き先は他の寮長達とは逆の方向だった。
    「ハーツラビュル寮でも被害あるんですね」
    「ああ、他寮でも起こっているとは聞いていたが全校規模とはね……。『生徒の中で突然昏睡するものが何人か出ている』どうやっても起きないか、起きても記憶障害を起こしているなんて……。ところでキミはどうしてボクに声をかけたんだ?話ってなんだい?」
    「……ちょっとですね、この件について、リドルさんに見ていただきたいものがあって」
    視線は進む先を向いたまま会話を続ける。どことなくアズールの声はいつもよりトーンが低いように思えた。
    「この件なら先程先生方が事態の調査と解決を取りまとめると言っていただろう?記憶障害の方も明日の朝までには魔法薬の調合が終わると言っていたし。ボク達がするのは他の不安定な生徒達の監督と寮の平穏の為の自治だよ」
    「ええ、ええ。了解はしています。……ですが、その……いえ。見てもらったほうが早いので詳細はその時に」
    あまりにも歯切れの悪い言い方をするものだから何か悪いことでも企んでいるのではないかと訝しんだが、あのアズールの口が達者でないのならむしろそれどころではない事態が動いているのかもしれない。
    頷いて着いていくとそこは保健室だった。
    ノックをして戸を開けると、とあるベッドの傍らに座るジェイドと目が合った。どことなく覇気がない彼を見て不穏な気配を感じ取る。この二人が穏やかではない雰囲気でこの場にいるのなら、そこのベッドへ横たわっている人物は決まっている。
    「……まさかフロイドも?」
    「ええ、その通り」
    ベッドの中にいるのは予想した通りフロイドだった。静かな寝息を立て、目を閉じ穏やかな顔をしている彼はまるで知らない人のように見える。まじまじと見るのも悪い気がして目を逸し、アズールの方へ向き直った。
    「それで?この状況とボクに何の関係が?」
    状況は察したが、この場にボクがいる理由がわからない。
    「単刀直入に言いますと、フロイドを救っていただきたい」
    「は?」
    しっかりとした物言いのアズールに対して、こちらは苛立たしげな声色だったことだろう。眉をひそめて言葉を続けた。
    「この件は先生方が事態の解決と対応を取り仕切ると、」
    「わかっていますよ。しかしこちらはちょっと事情が変わるんです。この事態の原因はご存知ないでしょう?」
    畳み掛けるように、少し荒立った声でアズールは言った。
    「そりゃあ……これから調査するのだから……」
    「そんなもの、とっくに犯人なんて捕まえていますよ。全て終わらせてから開示するようです。途中の状態で情報を与えたら厄介になるのがここの生徒でしょう?」
    大仰に腕を広げ身振りを交えながら喋る。
    「まあ……事情を知ったら余計なことをするのが常ではあるね。それで?原因というのは?」
    それならアズールはどうやって知ったんだということは引っかかるが、先に原因が気になってしまった。
    そうするとニンマリとしたいつものアズールの表情に戻る。よくぞ聞いてくれました!とでも言いたそうで、聞かなければよかったなと一瞬思った。
    「簡単な話、精霊のまじないですよ。精霊を解き放った大馬鹿者の生徒がいたようでね、本人だけにかければ良いものを……。逃げ出した精霊が全校を歩き回ってこのザマ」
    「ふぅん……人を眠らせる精霊が逃げ出したのか」
    「いいえ、記憶を忘れさせる精霊です。一眠りしているうちに、忘れたいと願うほどの大切な記憶をきれいに、サッパリと」
    なるほど、という仕草を一瞬したがどうやら違うらしい。そして思ったより危ない事態では……?と気付く。
    「……なんでまたそんな精霊を解いて……。そもそもそんな危ないものは禁制室にあるのでは?」
    「ほらよくいるでしょう?成績は悪いのに品行方正なので教師に目をかけられるタイプ。頼まれた資料の返却をした際にこっそりと忍び込んだらしいですよ。……記憶を忘れたいなら魔法薬でも呪文でも自力ですればいいのに!出来ないなら僕と取引でもすればよかったのに!忘却薬くらい取引一つで差し上げられるのに、全く!それすらしないなんて……」
    そんな生徒もいるのか……ということと、アズールのそれは私事も混ざってないか?ということで思考を少し回すが、それよりも本題がまだだ。
    「……ああそう、大変だったんだね。それで?どうしてボクなんだい?」
    先程までのいつも通り口の回るアズールが再び言い淀んだ。彼の目線はフロイドへ向く。
    「……水の精霊なんですよ、それ。人間を呼びこんで、水へ引き込んで、溶かして、忘れさせる。概念的にはそういう作用なんです。……だから、人魚は相性がとてもいい。それこそ、身体全て、記憶全てを水に溶かすくらいには」
    ギリ、と歯ぎしりが聞こえるくらいにアズールは顔を歪める。
    「……だから何でボクを」
    「魔法薬は明日の朝と先ほど先生方がおっしゃってましたよね。……それでは間に合うかどうか」
    リドルへ視線を戻す。
    「先程言ったように、人魚と相性が良すぎる。本体の精霊は捕まえ済みだそうですが、人に入り込んだ分は自然に消滅はしないですし、だから引き込まれないように誰かが精神の奥まで行って引き止める必要がある。けれどそれは……」
    「人魚のキミ達では出来ない、と」
    それなりに納得がいった。
    「……恥ずかしながら。僕等が行けば、例え忘れたい記憶がなくても引き込まれる可能性があるんです」
    言い終わるとアズールは舌打ちをして腕を組んだ。苛立たしげに床をトントンと踏み鳴らす。
    「そうか……、その事情があったからキミ達は先にこの件に詳しかった訳だね。……だからといってボクである必要はないのでは?先生への相談は?」
    「……リドルさんが適任だと思うから持ちかけたんです。もちろん先生方へも相談済みですが、個人の心まで踏み込むようなものは教師には厳しい。気心の知れた優秀な者が側にたくさんいるだろう、と。リドルさんは同級生で日頃からの馴染みですし、能力も申し分ないし、何より……」
    「何より?」
    「いえ、何でも無いです。失言だと思ってください。もちろんリドルさんの能力を買っているのは間違いないです。今回こちらを受けていただけるなら一ヶ月…いえ三ヶ月はハーツラビュル寮全体のお悩み相談の融通をきかせますし、ラウンジでのサービスを付加させますし、それと……」
    「いやいい、そこまで食い下がられても後味が悪い。何をしてでもボクにさせようっていうんだろう?わかった、わかったから、……受けるよ」
    指折り数えるアズールを制止して了解をしてしまった。どうせここまで来たら受けるしか無いんだろう?とため息をつく。
    「ありがとうございます!さあこちらの椅子に座ってください。術式は僕等がかけるので、リドルさんは目を瞑っていただければそれだけで!」
    そうすれば食い気味にその後の進行を矢継ぎ早に提案してくる。
    「待て、いくらなんでも急すぎる。一晩だけとはいえ、その間ハーツラビュル寮を監督する者が……」
    「優秀な副寮長方がいらっしゃるでしょう?連絡はこちらが付けておきますし、そのために補助としてジェイドもハーツラビュル寮へ向かわせます。安心してください」
    言葉につられてジェイドを見れば、今まで硬い表情をしていたジェイドがふっといつもの人の食えなさそうな笑顔に戻った。この瞬間まで取り繕おうとしてなかったのなら、やはり兄弟の大事になれば彼でも不安になるのだなと感じた。
    「……そこまで言うなら」
    「ありがとうございます、それでは支度をするのでこちらへ」
    差し出されるままジェイドと反対側のベッドの傍にある椅子へ座る。すぐそこにあるフロイドの顔をふとじっくりと眺めてみた。人魚独特らしい透き通るような肌に長いまつ毛、細い髪が額を流れていて、静かな表情も相まっていっそ死んでるのかと思えるくらいだった。そう考えた瞬間ゾクッと背筋が泡立った。
    馬鹿馬鹿しい思考を振り払うように視線を外せば、ジェイドの隣にいるアズールが何かをぶつぶつと詠唱している。こちらの視線に気付いてから数言言い終えると目配せをしてきた。準備ができたのだろう。
    「中に簡易的な結界を張っておきました。そこからお二人とも出ないように。それと……」
    「ああ、聞いている……」
    目を閉じる。詠唱の続きが耳に入ってくる。
    「……相手は忘れたいほどに大切な記憶を忘れさせる精霊です。くれぐれもお気をつけて」
    「ボクは大切な記憶ほど忘れたくはないし、それこそ嫌な記憶も全部覚えておきたいから問題ないね。むしろフロイドにそんな物があることがボクは不思議だよ」
    「人魚は繊細なんですよ」
    「まさか」
    思わず吹き出してしまうとアズールは肩を竦めた。
    あのフロイドがその精霊に飲まれるというのなら、理由に少し興味があったのは事実だった。
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