産めず育てず地に満ちず───……日二十二時すぎ、……市国道沿いの路上にてヒト型ロボットの切断された腕のみが投棄されている事案が発生しました。警察によりますと、切断面は鋭利な刃物によって切断されたようなあとがあり……───……通り魔の犯行とみて警備の強化……───
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「鋭利な刃物、だってよ。ちゃんとセラミカルチタンって言えよな」
「……」
ノイズのひどい古ぼけたラジオの音と、妙に湿度の高い空気。身じろぎすれば足元でじゃりじゃりと音が鳴り、椅子に縛られて不自由な上半身には肩から先の感覚が無い。
そんな状況下で再起動させられたカットマンは、眼前の下手人を睨みつけていた。
「通り魔だと思われてるのも気に食わん。もっと『Dr.ワイリーの魔の手が!?』……とか騒いでくれてもいいのにな」
「……」
「相槌ぐらい打てよ。……もしかして集音マイクをハンドパーツに」
「ンなわけあるか。オレの集音は頭部横だよ」
「喋れるな。よし」
下手人───メタルマンは、ことのほか穏やかにカットマンを見つめている。
推定山小屋の狭い室内で、カットマンとメタルマンは二人きりでいた。
森林伐採のためにつくられたカットマンは、その日も間伐作業に従事していた。日が暮れかけて作業を終え、同僚の運転する軽トラの荷台でやかましいカセットテープの演歌を聞きながら、バッテリー温存のためにうとうとと微睡んでいたところだったのだ。
一瞬車体の揺れがわずかに大きくなり、やれ段差でもあったのかと閉じかけたアイシャッターを持ち上げると、どこかで見覚えのある赤色の脚が傍に立っているのが見えた。メタルマン、とそいつの名前を叫ぶ前に喉元を鷲掴みにされ、……電源かなにかをいじられたか、そこから先の記憶がない。
カットマンを最寄りの駅まで送ろうとしてくれていたあのおっさんは無事だろうか。
「……トラック運転してたやつがいたろ。アイツに手ェ出してねえだろうな」
「出してない。出すわけがない、別に人間に危害を加える気はないんだ」
「は、どーだかね!戦闘用のくせによ」
本当なのに、とやや肩を落とされて気勢が削がれる。どうやら本当にカットマンの誘拐以外には何もしていないと見えて、にわかに落ち着かない気持ちになった。
そもそもなんだか様子がおかしい。カットマンの認識しているメタルマンは、ワイリーナンバーズの戦闘用ロボットで、その中でも筆頭格の殺傷能力持ちで、もう少しこう、好戦的というか、血の気の多いやつだった気がする。それが今はカットマンから少し離れた位置の寝台に腰かけて、何をするでもなくただじっとこちらを見つめているのだ。
妙な据わりの悪さを感じて身じろぐと、メタルマンが「痛いか」と声をかけてきた。
「え?」
「……痛覚があるんだったら悪いな、と……一応その肩は関節パーツを正規の方法で取り外した後外装ごとダクトテープでふさいであるから漏電なんかの心配はないと思うが俺はお前の設計についてきちんとした理解があるわけではないから、」
「なになになに急にいっぱい喋ってんじゃねえよ気持ち悪いな!別に痛くねえよ!」
「そ、そうか……」
ならいい、と座り直したメタルマンがまるで叱られた犬のように見えて、なんだかかわいそうになってきてしまった。実際今かわいそうな目に遭っているのはカットマンのほうで、この俯いた犬は凶悪な加害者なのだが。
身動きもできないし、そもそも腕がないのでカッターを投げることもままならない。できることがないので目の前のロボットに話しかける事しかやることがないことに気づいたカットマンは、ふー、とわざとらしい排気をしてみせた。メタルマンに顔を上げさせて、会話を試みようとしたのである。
「お前、なんでオレなんか誘拐してきたんだよ」
「…………家出してきたんだ」
「……ハァ?」
「自分を見失った」
「……それがなんでオレの誘拐につながるんだよ!?心中だったらつきあってやんねーからな!?」
「あ、心中か……その手もあったな」
「いやいやいやフリじゃねーからな!?……ホント何があったんだよお前」
どこか遠い目をしているメタルマンは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺は、……戦闘以外のことを何も知らんのだ、と痛感してな───」
ワイリーナンバーズ。それはDr.ワイリーの製造したロボットの総称……ではない。ワイリーがどこからか盗み出してきて戦闘用に改造したロボットもワイリーナンバーズと呼ばれていたりするし、その中には一時的に利用されていただけの被害者として社会復帰を果たしているロボット達もいる。ワイリーナンバーズ(元、も含む)の半数以上が手に職のある一般社会ロボットなのだ。なんなら身元を隠して普通に働いている現役ワイリーナンバーズもいるから手に負えない。……と、メタルマンは思っている。
メタルマンにとって自分が戦闘用であるということは一種のアイデンティティで譲れない一線だった。誇りですらあった。仲間の純戦闘用ロボットの見本として、ワイリーナンバーズ最初期の機体として、そして敬愛するDr.ワイリーが一番最初に作った戦闘用ロボットとして揺るがぬ自我を持ち続けていた。戦闘用の機体のくせに「おしごと」に興味を持とうだなんて分不相応も甚だしい、とカメラを弄りまわしているフラッシュマンを横目に呆れてすらいた。
クラッシュマンが爆発アートに興味を持ったことでその自我は大きく揺らぐ。
クラッシュマンはメタルマンと同時期に作られたロボットの中でも特に戦闘用としての意識が高く、メタルマンもやはり戦闘用ロボットとはこうでなくてはと一目置いていたロボットだった。
それが、何だ。アートだと?
戦闘目的ではない爆破に何の意味があるのかと本機に再三問いただしたが、「でもアイツはなんだか楽しそうだったんだ」の一点張り。アイツとは誰かとさらに聞けばブラストマンの名前を挙げる。第十一次世界征服計画でDr.ワイリーが外部から連れてきたロボットの名前だった。
率直に言って、置いて行かれた、と感じたのである。
壊すしか能がないと思っていたアイツにさえも、その役割以外のことに目を向ける才能があった。ならば自分はどうなのか。自分は、───例えば写真を撮ったり、植物を育てたり、車を運転したり、アートに興味を持ったり、あるいは恋をしてみたり。なんらかの趣味を見つけて、それに没頭して、……そういったことができるだろうか。
できない。自分はどこまで行っても戦闘用ロボットでしかいられない。
メタルマンは苦悩し、まるで人間のように頭をかかえ、そこで頭部のメタルブレードに手が触れた。セラミカルチタン製のブレード。これと同じ材質のカッターを持っているロボットを、正確には自分の設計の基になった第一次産業用ロボットを知っている。
カットマンに会いたい。
どうして自分がそう思ったのかはわからない。わからないが、気づけば体が動き出していた。予備バッテリーとなけなしのE缶、メンテのあと置きっぱなしにしていた投擲用メタルブレードとロープとダクトテープ、あと何か必要なものが出ればその都度取りに戻ればいいだろうと、荷造りもそこそこにメタルマンは突発的な家出を敢行した。
そして、現在に至る。
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「会いたいってだけで誘拐してんじゃねーよ!!」
「でも素直に会いたいって言ってお前は頷いてくれたのか」
「疑うだろうなものすごく」
「だろ」
もしもまともな手段でもってメタルマンから会って話がしたいと言われても、ワイリーナンバーズと話すことなんか無いと言って端から相手にしなかっただろうし、なんならやられる前にやってやれとローリングカッターを投げていたかもしれない。かといって出会い頭に電源を落として反撃ができないように両腕を切り捨てることが正解だとは言えないが。決して。