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    ブルースの話 進捗

    ブルースの話をしよう。

    ロボット工学の父であるトーマス・ライト博士設計の、人間と同じような自我と感情を世界で初めてプログラムされたロボット。それがブルースだった。ブルースはライト博士を父と仰ぎ、息子のように愛された。
    親子のように互いを慕ったふたりだったが、ブルースはライト博士の息子ではなくロボットで、しかも今まで作られたことのない自我と感情を持つロボットで、すべてにおいて前例のないロボットだったブルースは、その存在を世間に公表する前に十分な動作確認が必要だった。

    はじめ、ブルースはその異常を仕様だと思っていた。
    感情の起伏に合わせて上昇する体温は、人間の体機能を模しているものだと。
    人間の体温は五十度に達することはないのだと、ライト博士に言われて知った。


    「父さん、ぼくの体はどうなっているのですか」

    未熟な少年の口調でブルースが問う。彼を寝かせた作業台のそばで、ライト博士は俯いていた。

    「……感情のプログラムが、よくない働きをしている……いや、動力炉の設計がか?……ブルース、落ち着いて聞きなさい。今のおまえの体はね、人間のように喜んだり悲しんだりすると、良くて熱暴走による機能停止、悪くて……爆発してしまう」
    「ぼくに心があるのがぼくの体によくないということですか?」
    「そういうことでは、……いや、嘘はよくないな。そうだ、今のところは、おまえの心がおまえの体に悪さをしているということになる」

    動力炉か感情プログラムかのどちらかを変えれば問題は解決するはずだ。ただ、動力炉を取り換えるわけにいかない理由がライト博士にはあった。
    太陽光をエネルギー源にした新機軸の動力炉を、どうしても実用化させなければならなかったのである。ブルースはそのための実験機体でもあったのだ。
    だから、変えるとしたら、プログラムの方。

    「ぼくの心は書き換わってしまうのですか?」
    「……」
    「父さん」
    「……そうならないよう、努力はするとも」

    今日はもう休みなさい、と言いおいて去っていくライト博士の背中を見送ってからブルースは作業台を降りる。メンテナンスの為に脱いでいた服を着なおして、彼はしばし佇んでいた。

    いやだ、と強く思った。
    感情のプログラムを書き換えられたら、今のブルースの自我も書き換えられて、「別のブルース」になってしまう。そうなれば、ブルースが制作されてから父と過ごしたこの三ヶ月の記憶は一体どうなってしまうのだろう? 初めて起動されたときに見た父の笑顔や、先に生まれた小型ロボットたちとの戯れ、それにブルースの名前の由来になったあのメロディを、もしも忘れてしまったとしたら?
    それは、いやだ。

    わがままだった。いい子でいるよう設計されたブルースの、初めての反抗意思だった。彼はそのわがままに戸惑い、混乱し、そして熱を持ち始めた胸元を抑えた。
    ぼくはわるい子になってしまったのかもしれない。ロボットとして、発生しているバグや欠陥はすぐに直してもらうのが正しくいい子のふるまいなのに、こんな考えを持つなんて。
    ブルースは熱くなり続ける動力炉をどうにか抑えようとするが、それでも思考を埋め尽くす「いやだ」の感情がどうにも消えない。これは駄目だ、自分は壊れてしまった。どうしようもない欠陥機体だ、こんなものが父の手で作られたなんて世間に知れたら父の名誉はどうなるか。
    ブルースの自我と思考はまだまだ発達途上にあって、だから考えも幼くて、ほんのちょっとのわがままですら世界の全てに作用すると簡単に思い込んでしまった。

    捨てなければ。こんな欠陥品は、ライト博士のロボットじゃない。

    さようなら、次はちゃんといい子のロボットが作れるように祈っています。メモ紙にそう書きおいて、ブルースは研究所を後にした。
    未発表の開発中のロボットに、捜索願は出されなかった。



    それで、ブルースは人目を避けながらスクラップ場へと向かっていたはずだったのだが、いつの間にか見知らぬ天井を見上げることになっていた。
    ここはどこだろう、と身を起こして辺りを伺うと、どうやら彼は作業台──にしては妙に物が多く置かれているが──に寝かされていたようだ。壁面は使用用途のわからない機械やあらゆるジャンルの本が雑然と詰め込まれた本棚で埋め尽くされており、製図机のそばに置かれた錆びた工具箱だけが唯一整頓されている。窓から差し込む日光に照らされた埃が宙を舞うのを、ブルースはぼんやりとした意識で「きれいだ」と思った。

    「む、起きたな。修理は成功、と」

    すぐそばからかけられた声は、聞き覚えのないものだった。というか、ブルースはライト博士以外の人間の肉声を聞いたことがなかった。振り向いた少年型ロボットの顔を見て、声の主は顔をしかめる。

    「その目……やっぱりライトのやつにそっくりじゃのう」

    ブルースは喜んだ。父に似ていると言われることは、息子として喜ぶべきだったから。


    ブルースを拾った工学者は、自身をドクター・ワイリーと呼ぶように言った。ワイリーは、己こそが世界で最も優れたロボット工学の博士であり、ライト博士のライバルであると主張した。
    いろいろなことがあって(ワイリーはその詳細を語ろうとしなかった)今は隠遁し、スクラップ場から廃棄ロボットを拾ってきては改造することで研究を進めていたらしい。

    「キサマが倒れとったのを見かけたときは肝が冷えたわ。人間が倒れておるのかと……起こそうとしたらもう重いのなんの! 腰がやられるところじゃったぞ!」
    「すみませんでした。……あの、ドクター」
    「なんじゃ」
    「ぼくはどうして動いているのですか?」

    ブルースの動力炉は、スクラップ場へ辿り着く前に限界を迎えたはずだった。困ったような不安なような表情を浮かべる少年型ロボットの表情を受け、ワイリーはふんと得意げに鼻を鳴らす。

    「そりゃあワシが直してやったからに決まっとる。見せてやろう」

    男はニヤリと口元を歪めながら小さなマイナスドライバーを取り出し、ブルースの胸のネジを緩めてメンテナンス用ハッチを開いた。そこに収められていたはずのシンプルな動力炉は、無骨なデザインのエンジンに代わっている。

    「壊れたパーツは取り換える、ロボット修理の基本じゃな。今のお前は原子力エネルギーで動いておる。戻してくれと言われても戻せんぞ? お前の元の動力炉はワシが研究の為にバラしたからな」
    「、……」
    「なんじゃ。呆けた顔をしおってからに」
    「あなたは……どうしてぼくを直したのですか?」

    ブルースはもう一度尋ねた。どうしてか、それを訊く必要があると思った。
    ワイリーは、動力炉だけを取り外して残りの機体を廃棄することもできたはずだ。あるいは、完全に分解してしまうことも──先ほど言及された、ブルースの元の動力炉のように。スクラップからロボットを作っている者にとって、ブルースの機体に使われている最新の技術やパーツ類は実に魅力的であるはずなのだ。だが、ブルースはブルースのまま、父を敬愛する息子のままでここにいる。
    どうして、と尋ねた。父のライバルを自称する男は答えた。

    「死ぬこともないじゃろう。心のあるロボットが」

    それを聞いて初めて、ブルースは自分が自殺しようとしていたことに気づいた。



    ブルースは死なずに済んだが、しかし自分で出て行った都合上もうライト博士の研究所に戻ることはできない。行く場所の頼りもなかった彼は、追い出されなかったのをいいことにワイリーの下で生活を始めた。
    ワイリーの研究所にはブルースがこれまで見たこともないようなものがたくさんあったので、彼は好奇心のままにそれらの詳細を聞きたがった。

    「ドクター、これはなんですか?」
    「これはな、コピー装置じゃよ。ほれ、そこに立ってみろ……スキャンするぞ」
    「……うわ! ぼくがもう一人います!」
    「ワッハハ、立体映像ホログラムじゃ! リアルじゃろ? 今は映像だけだが、いずれは質量まで再現できるようにしてやる! ロボット一体いればこのコピー装置があるだけで無限に量産が可能なのじゃ!」
    「量産……そのための材料はどこから調達するのですか?」
    「……考え中じゃよ」

    「ドクター、この本……」
    「あっ……お前、それをどこから」
    「本棚の整理をしていたら見つけました。これ、父さんの書いた本ですね」
    「……そうだ。読んでいいぞ、ワシはもう読み飽きたわい」
    「ありがとうございます」
    「嬉しそうにしおって……他の本も読みたければ読んでいい。別に見られて困るようなものもないからの」
    「ありがとうございます」

    「ブルース、これを見てみろ」
    「これは……ヒト型のロボット?」
    「そうじゃ。こないだコピー装置でお前をスキャンしただろう? そのデータを元にワシがちょーっと手を加えて組み上げた新たなロボットじゃ! ま、材料不足で不格好だがな」
    「そんなことないですよ。関節部の構造の変更とかフレームの軽量化とか……素晴らしいです。流石は父のライバルです」
    「ふ、ふん。そうか」
    「この子、名前はあるんですか?」
    「は? 名前……ん、んん……ジョー、でどうだ」
    「いい名です」
    「……ふん」

    そうやってワイリーの後ろをついて回るブルースのことを、ワイリーがどう感じていたのかはわからない。それでもブルースの存在は、埃っぽい研究所の中に次第に馴染んでいった。



    ブルースが家出してから半年が経った。

    ワイリーが拾ってきて直したテレビの画面には今、ブルースの父が映っている。
    ロボット工学の父は、大講堂の壇上に上がって新たな発明を発表していた。
    新機軸の太陽光エネルギー炉を搭載し、人間と同じような自我と感情を世界で初めて・・・・・・プログラムされた少年型のロボットが、父の隣に立っていた。

    それを見たブルースは、特に悲しくも寂しくも、うらやましくも妬ましくもなかった。
    ただ、父の研究が成就したことと、弟にあたるロボットの顔が自分に似ていることが、少しだけ嬉しかった。
    弟の名前は「ロック」という。どうやら父の音楽の趣味はこの短期間に変わったようだ。


    「ドクター、ぼくはどうやらロックと顔が似すぎているようです。外に出るには隠さないといけないと思います」
    「そのようじゃな。帽子でも買うか」
    「いえ、サングラスがいいです。本棚に置いてあったマンガの主人公がつけていたような真っ黒なのがいいです。あと一人称もかっこいいのに変えようと思って……」
    「なんじゃなんじゃ急にいっぱい喋りおって! 一人称ぐらい好きにせい! サングラスなら倉庫のどこかにワシが昔使ってたのが置いてあるわい!」
    「俺、ってどうでしょう。サングラスに合うでしょうか」
    「好きにせいと言うに!」

    ブルースの趣味も、この短期間に変わったようである。



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