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    頭から壁に突っ込む

    縦書き至上主義だけど英字や記号が妙なことになるので横書きにせざるを得ない。
    主にTwitter鍵付きアカで流してた物を再掲。ジャンル雑多、スーパー遅筆。

    ☆quiet follow
    POIPOI 10

    悪◯教典。番外編登場のこずえ視点による本編後日談。
    数年前に映画を観て原作を読んだ時、全てが起こった後にこずえがどう思うかを知りたくて勢いのままに書いたものを加筆修正。

    儚き願い 「おはよう」
     あくびをしながらリビングへと降りて来た栗栖こずえは、キッチンにいるであろう母に向かって、そう声をかけた。
     皿でも洗っているのか、カチャカチャと食器同士のぶつかる音と水音が響く。それに混じって微かに母の声がしたが、こずえの耳にはなんと言ったのかまでは判らなかった。恐らく、こずえと同じことを言ったはずだ。
     こずえは寝間着にしているTシャツとハーフパンツ姿のまま、リビングのソファに座っていつものようにテレビをつけた。ニュースでは、とある高校で昨夜遅くに起きた事件のことをちょうど放送している。
     教師が一クラス分の生徒を、猟銃で次々に殺害したようだ。それも学校内のいたる場所で。
     また怖いことが起きたなと思いつつチャンネルを変えたが、一部を除いてどの局も予定を変更して同じ事件を取り上げていた。不謹慎だと判りながらも、こずえはため息を吐く。
     『学校』で『死ぬ』。どちらか片方のキーワードだけなら大丈夫だったが、この二つが揃うとこずえはどうしてもあのことを思い出して、ひどく憂鬱な気持ちになってしまうのだ。
     「麻美・・・・・・」
     こずえは滅入りかけた思考を追い払うかのように、首をぶんぶんと二度横に振った。肩まで伸びたダークブラウンの髪が、ふわりと広がり、そしてまた元に戻る。
     (せっかくの夏休みなんだから。気分転換も兼ねて今日は出掛けよう)
     こずえが外出着を選ぶ為に自室のある二階へ上がろうと、リビングのソファから立ち上がった瞬間、犯人とされる男の写真と名が画面に映った。
     その顔と名前に釘付けになる。許容量を越えた感情を処理しきれないのか、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。
     「・・・・・・蓮実、先生」
     喉からようやく絞り出せた声は、ひどくしわがれていて、まるで他人のもののように思えた。頭の中が真っ白になっていく。
     頭の中が真っ白になるという経験をしたのは、今までの人生において、これで二度目となる。一度目は親友である佐々木麻美が自殺した、と聞かされたときだった。
     今から二年前、麻美は学校で首を吊って死んだ。
     驚きと悲しみ。それに加えて、麻美が自殺するほどに苦しんでいたことを、事が起きるまで全く知らなかった自分への憤り。
     いろいろな感情が胸の中で渦巻いていたが、抑えているわけでもないのに何故かそれらは表面には現れず、こずえはただ、その場に縫い止められたかのように動けなかった。そんな彼女の目からようやく涙が溢れたのは、真新しい墓標の側面に刻まれた、親友の名を指でそっとなぞったときだった。塞き止められていた気持ちが爆発する。
     麻美は、もういない。その事実を改めて突きつけられ、認めるしかないのがとても悲しく、つらく、そして寂しかった。
     ガチャン!
     不意に聞こえた音で、こずえは現実へと引き戻された。横を見てみると、母が血の気の失せた顔で、割れた皿の破片を集めていた。右手には布巾を持ったままなので、皿の水気を軽く拭いながらリビングへと来たのだろう。そしてこずえと同じく、ニュースを見て呆けてしまったに違いない。大半の生徒の親がそうであったように、彼女の母も蓮実教諭の信奉者の一人だった。
     「お母さん、素手で触っちゃ危ないよ。怪我しちゃう」
     こずえはそう言いながら、塵取り付きの卓上箒を手に母の元へ行く。つけっぱなしのテレビからは、コメンテーターが犯人の心の闇がどうたらと、手垢まみれの無難なことを言っていた。
     「表面的にはそう見せなかっただけで、やっぱり蓮実先生も内心傷ついてたのかしらね。守るべき生徒が、四人も自殺してしまったんだから、おかしくならない方が変なのかも・・・・・・」
     「おかしく・・・・・・?」
     母の呟きに、こずえは首を捻る。
     テレビの方に目をやると、事件当時のことを振り返っているところだった。犯人とされる蓮実教諭は精神異常の気があり、事件当日の詳しいことはまだ聞き出せていないらしいが、奇跡的な生存者からの聞き取りや現場検証によって、さまざまなことが判明していた。携帯電話への妨害電波の使用、証拠品を隠滅したと思われる焚火跡、そして外へと繋がる電話線の大元が絶たれていたらしい。
     果たして、おかしくなってしまった人物が、こうまで理性的に動けるのだろうか。いや、自分が知らないだけで、ある程度の理性は働くのかもしれないが。それに中には散弾銃ではなく、素手で殺された生徒もいたようだが、蓮実教諭は何故そんなことができたのだろうか。心情面ではなく、それを成しえた技術を何のために会得していたのか。
     後から後から沸き上がってくる数々の疑念に、こずえが自問自答していると、やがて恐ろしい答えに行き着いた。
     (蓮実先生は、おかしくなってなどいないのではないか?そして麻美たちは、自殺なんかしていなかったのではないか?そう、殺されたんだ。蓮実先生に)
     その陰惨たる答えが妙にしっくり来るのは、麻美の苦しみに気づけなかった憤りから、自身が解放されたい故かとも思ったが、そうではないと、こずえは確信していた。
     今にして思えば、あの時―――――麻美から好きな人のことを尋ねられた時――――――彼女が見せた表情はどれも、何かを懸念するようなものだった。そして好きな人のことを聞いておきながら、何故かこちらの先回りをするように、麻美は自分は蓮実教諭のことを好きだとこずえに告げた。応援してほしい、とも。親友の口から出た名前は、まさにこずえが言おうとしていたものだったので、とても驚いたのをよく覚えている
     淡い恋心と、親友と呼べる存在。天秤にかけるまでもないだろう。こずえは、微かに疼く胸に気づかないフリをして、麻美の申し出を受け入れるべく、首を軽く縦に降ったのだった。
     『・・・・・・絶対、約束だよ』
     あのとき、麻美が口にした言葉を頭の中で反芻する。
     もしかしたら麻美や園部さんたちは、蓮実教諭に関して、何かを掴んでいたのかもしれない。そのために、殺された。巧妙なやり口で、自殺に見せかけられて。
     それを予感していたのかまでは判らないが、麻美は、こずえと蓮実教諭が不用意に近づくのを避けたかったのでないだろうか。改めて振り返ってみて気づいたが、名を聞かずとも、こずえの好きな人が蓮実教諭だと伝わるような会話をしていた。それを察した麻美は、自分が好きだから応援してほしいと言ったのだ。こずえが、蓮実教諭と過剰に接触しないために。
     その方法はこずえの心を少しばかり傷つけ、そして蓮実教諭への想いを封じ込めさせたが、代わりにとても大きなものを救ってくれた。更なる代償として、麻美の命は奪われてしまったが・・・・・・。
     もしも、麻美が先に蓮実教諭の名を出さなかったら、こずえは少し照れながらも、彼のことが好きだと言っていただろう。そうなってから、麻美が否定したのでは遅かった。どうしてそう思うのかを、こずえに言わなければならなくなるからだ。それはたぶん、蓮実教諭の秘密。それを知るということは、こずえにも危害が及ぶ可能性が高くなる。だから麻美は、こずえを守るために嘘を吐いたのではないか。
     「私を、守るため・・・・・・?」
     そう呟くと同時に、こずえの目からは涙が零れた。破片を集め終わった母は、娘がこの事件に心を傷めていると感じたのか、無言でこずえを抱き締めた。そして、小さな子を宥めるかのように、背中をゆっくりと上下に何度も撫でてくれる。
     全ては、こずえの憶測でしかない。麻美は守ってくれたのではなく、恋のライバルを牽制しただけかもしれない。そして本当に、彼女の死は自殺だったのかもしれない。
     だが、何かがようやく繋がった気がした。直感という不確かな理由だけれど。きっと、これが真実なのだと、そう強く思う。
     (守ってくれて、ありがとう。ごめんね、気づいてあげられなくて。)
     「麻美・・・・・・!」
    母の腕の中、嗚咽の合間に親友の名を呼んだ。抱き締めてくれる手に力が籠るのを感じながら、止めどなく溢れてくる涙で濡れた眼を閉じ、祈る。
     (彼が、再び野に放たれませんように)
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