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    頭から壁に突っ込む

    縦書き至上主義だけど英字や記号が妙なことになるので横書きにせざるを得ない。
    主にTwitter鍵付きアカで流してた物を再掲。ジャンル雑多、スーパー遅筆。

    ☆quiet follow
    POIPOI 10

    可惜夜、カヤちゃん目線。

    朝朗けに問う 江戸の城下町を半壊させた、天を衝く巨体の四つ足の大怪異(と町人の間では言われている)が消えてから、数刻の後。
     傾きつつあるものの未だ冴え冴えとした月の下を、小笠原カヤは何かを探すように辺りを見回しながら歩いていた。家屋だった物の残骸に足を取られぬようにもしているので、その歩みは遅々として進まない。
     (兄上、セイバーさん。二人共、きっと無事だよね)
     憂いに潜めた眉の下で瞳が潤み出しそうになった直後、カヤは自分の中から何かが消えるような感覚と共に「向こうだよ」という声を耳にした。
     「えっ?」
     よく知った声――――――それは自身のものだった――――――と似ていて驚き、すぐに振り向いたがそこには誰も居なかった。そして不思議なことは重なり、誰かから掛けられた言葉は具体的な方向を示していなかったけれども、カヤには「向こう」とはあの場所だと見当がついていた。
     まさかと思いつつも、以前、己の勘によって義兄である宮本伊織が『ある諍い』に巻き込まれていることを白状させた件もあり、カヤは脳裏に浮かんだ場所である浅草寺へと向かった。

     青白く光る月に代わり、眩い朝日に照らされつつある浅草寺は、不自然なほどに静まり返っていた。まだ夜が明けたばかりなので人の気配が無くてもおかしくはないのだけれども、虫や鳥の声さえ耳に届かないのはさすがに妙な感じがして、境内に入るのをカヤは躊躇いつつ開け放たれた門から中を覗いた。
     (誰も居ない、よね・・・・・・あれ?)
     右から左へと動かしていた視線が、境内の中央でぴたりと止まる。
     そこに何かがある。いや、誰かが居る。倒れている、と、そう思った瞬間カヤは急いで境内へと入っていく。着物のせいで小走りにしかなれないのをもどかしく感じていたが、先程目にした人の元に近づくにつれてその歩みは次第に緩やかになっていく。この先へ行ってはいけない、と自身へ知らせるようにカヤの胸は早鐘を打つ。
     「兄ちゃん・・・・・・?」
     とぼとぼと歩み寄ったカヤが見下ろした場所には、義兄である伊織が胸から血を流して横たわり、その身体は微動だにしなかった。信じたくない気持ちと、早く何とかしなければという気持ちがぶつかり合って上手く言葉が出てこない。
     伊織が渦中にいる諍いについては彼から『命に関わる危険なこと』だと聞かされていたし、実際カヤ自身もその争いの為に拐かされたこともあった。そして何より、江戸を襲った四つ足の大怪異も目の当たりにした。本当に危険で命に関わると分かっていたつもりだったけれども、義兄ならば大丈夫だと思っていた。
     何故なら、彼にはいつだって共に居る存在が――――――。
     ハッと顔を上げ、カヤは周囲へ向かって叫ぶ。
     「セイバーさん!本の爺ちゃん!居るんでしょ!?どうしてこんな事になったの?ううん、それよりも。ねえ、お願い、兄ちゃんを助けてっ!セイバーさんっ!!」
     息を切らしながら返答を待っても、境内はしんと静まり返ったままだった。この状態の伊織を放っておいて何処かへ雲隠れする者達ではないことを知っているので、きっとあの人達にも何かあったのかもしれないとカヤは考えた。
     頼れる人が居ない――――――そう感じた途端に力が抜けたカヤは、よろよろとその場に崩折れた。その指先を、まだ乾ききっていない伊織の血が冷たく濡らす。カヤはびくっと肩を揺らして咄嗟に手を引っ込め掛けたが、その拍子に血溜まりの中に落ちていた抜き身の柄に手をぶつけた。その先端に付いている、カヤと揃いの花形の飾り紐は伊織の血液を吸って赤黒く染まっていた。
     「兄ちゃん・・・本当に死んじゃったの・・・・・・?」
     今度は血に塗れることを恐れず、カヤは着物が汚れるのにも構わないで、血溜まりに膝をついて伊織の手を取る。伊織の手にはまだ柔らかさは残っているが、ゾッとするぐらいに冷たくなっていて、それを温めるように掌で擦りながらカヤは語りかける。
     「ねえ、兄ちゃん。どうして、そんなに穏やかな顔してるの?酷い怪我して、血だってたくさん出てるのに。・・・・・・痛いことよりも、苦しいことよりも、嬉しいことで頭がいっぱいだったの?」
     もしも最期の時にそうだったのなら良かった、と思いながらカヤは擦る手を止め、そのまま伊織の頰へと伸ばして触れた。
     (もう、目を開けてくれないの?)
     (もう、あたしの話を聴いてくれないの?)
     (もう、あの声で名前を呼んでくれないの?)
     そう思うと、カヤの目からは次から次へと止め処無く涙が零れ落ちた。
     伊織の死を認めるのは嫌で、けれども眼前には覆らない事実がある。
     伊織は死んだ。カヤにとってたった一人の義兄は、どこか満足気な顔をしながら、義妹には何も告げずに逝ってしまった。
     「兄ちゃんの、馬鹿!馬鹿馬鹿っ!!」
     口では罵りつつも、カヤの頬を伝う雫は枯れることを知らず流れ続けた。

     徐々に昇ってきた朝日が境内を先程よりも強い輝きで照らし始めた頃、カヤは自らの袖で乱暴に目元を拭って立ち上がり、伊織の刀を二振り共に鞘へ納めて抱える。
     (あたしには兄ちゃんを運ぶ力は無いけど、これを持って誰かを呼びに行くぐらいはできるから)
     カヤはちらと後ろを振り返り、動かぬ伊織を見やる。そして、気持ちを切り替えるように一度ゆっくり瞬きをすると、彼の血で赤黒く染まった飾り紐をギュッと握り、カヤは前を向いて門を潜って外へ出た。
     「待っててね、兄ちゃん」
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