送り出した機体はもちろん、それを駆るパイロットが帰還しないなんてことは、このご時世ザラにある。
年長の整備士の中には、一年戦争の末期に学徒動員されたパイロットを送り出したという者も居た。知識も経験も乏しく、その時が初陣だった若いパイロットばかりだったという。出陣する前から大人達は分かっていただろうとおりにそれは烏合の衆でしかなく、パニックの連鎖での自滅や同士討ちが多かったと聞いた。彼らの多くが敵とは交戦できなかったのなら、彼らは何の為に戦場へ行ったのだろう。でもそれを無駄死にだ、とは言いたくない。
自分が新米の整備士だった頃には自ら手を入れた機体のパイロットが戦死したことを内心で処理できずにいる度に、年嵩の整備士達からは渋い顔で「戦争やってんだ、仕方ないと思え」と肩を叩かれた。そして決まってその後には「でもな、俺達はあいつらを死なせる為に機体をイジってるわけじゃねえことを忘れるな」と続く。結局のところ割り切ることなんて誰もできやしないのかもしれない。
現に今、こちらへ背を向けて立っている彼も、待ち人が現れないことを理解しつつも割り切れぬ想いがあるのだろう。あちらこちらで艦の応急的な修理の音が響く中、ただジッとモビルスーツデッキのハッチの方を眺めていた。だが既にこの艦は中破しており戦場から撤退するべく動いているので、戦場の真っ只中にいたモビルスーツが何のダメージも負っていないはずもなく、そして追い着けるわけがない。
そもそも、あの人はあの方を置いて逃げ出すことなどしないだろう。それは彼もよく分かっているはずだった。
仕方ない、けれど割り切れない。そんな気持ちを抱いている奴はこの艦には他にもゴロゴロ居るだろう。でも彼の相棒は俺一人しか居ない。それならその相棒としての務めを今こそ果たす時だろう。
パイロットスーツ越しなのもあってか普段よりも華奢な身体に見える、彼のその肩へ手を置いた瞬間──────
「うるさい」
と、煩わしそうに振り払われたが、こんなことは日常茶飯事なので構わずに再び肩へ手を掛ける。
「おいおい、まだ何も言ってないだろう」
「オーラがうるさい」
「お前なあ。出撃する前はオシャレで素敵だの、軽快なトークでいつも楽しくさせてくれて最高だって俺のことべた褒めしてただろ」
「それは君の記憶のポジティブな改竄力の産物だよ。皮肉ってものを知らないみたいだね」
「知ってるけどそういうのは聴き流すか、都合の良いように取った方が楽しく生きられるからそうしてるだけさ。お前も俺の相棒くんならもうちょっと肩の力抜けよ」
「君の場合は力を抜きすぎだけどね」
パンパンと背中を軽く叩いてやっても今度は抵抗されなかった。
「宣言どおり、何やかんや言いつつもこうして俺の話に付き合ってくれる約束は守ってくれたわけだ。ありがとう」
「それはこっちの、いや、・・・・・相棒の責務だからね。君のお喋りに付き合ってくれる人間なんて他に居ないだろう」
何故か彼はこちらを周囲から浮いて孤立している人間のように度々扱おうとするが、ここで「会話をする相手ぐらい何人もいるが」と答えるのは適切ではないことはこれまでの人生経験と相手の性格によって何となく分かる。
「相棒様々だな。・・・・・・本当にまた話せて良かったよ。もしかしたら壁に話し掛け続ける危ない奴に俺はなってるかもしれなかったぞ」
「フッ、それはそれで見てみたいね。・・・・・・親衛隊の人間として大佐や隊長の傍を離れて、こうして生きて帰ってきて良かったのか分からなかったけど、少なくとも君のことは助けられたわけだ」
「助かったさ、本当にいろいろと・・・・・・」
『生きて帰ってくれて良かった』と、来ぬ人を待っていた彼に言うのは憚られた。
やがて彼は細く長く息を吐き出すと、
「ここに居ても仕方がない。今もこれからもやらなきゃいけないことがたくさんあるだろう。スポッターも、僕も」
「ああ、そうだな。ゼクスト少尉」
割り切れない気持ちを消すことはできなくても、一時でもそれを忘れさせてやれることができるのならこれからもいろんなことを話してやろう。
何時間でも、何日でも、何年でも。俺は彼の相棒なのだから。