可愛い蝶々違法マイクの所為で、三郎が逆コ〇ン――「見た目は大人、頭脳は子ども」――になっちまった。
神宮寺さんが言うには10年分精神がコータイしちまってて、その間の記憶もすっぽり抜けてるらしい。そう、だから今、俺の弟は173センチの4歳児だ。
精神がコータイしちまったのは三郎だけじゃない。他のチームの3番手もみんな同じマイクの攻撃を食らった。でも中身が子どもになっちまったのは三郎と有栖川だけで、他のやつらはコータイしても俺より年上だ。
仲良くなんのにも喧嘩すんのにも、相手が何歳かなんて気にした事ねぇから、こういう状況になって初めて、10歳以上年上のやつらとバトルしてんだなって気付いた。
俺たちは今、シンジュクの病院の待合室にいる。神宮寺さんが働いてる病院だ。診察時間はとっくに終わってて、この時間の患者の受付はここから離れた救急外来窓口ってところになるらしい。そこだと目立つだろうからって、神宮寺さんが特別にこっちで三郎たちを診てくれた。
さっきからオオサカの3番手が、白膠木たちと話しながらチラチラこっち見て来んのが地味に気になる。
ナゴヤの弁護士はいきなり神宮寺さんに嚙みついてたし――あの二人って10年前にはもう知り合いだったんだな。知らなかったぜ――、別人みたいに冷たくなった有栖川に「気安く触らないで下さい」って言われた飴村と夢野は、推しのアイドルに塩対応された時みたいにわあわあきゃあきゃあ嬉しそうに騒いで、今は左右から有栖川にべったり引っ付いて、引っ切り無しに話しかけてる。二人の間で不機嫌そうな面して黙り込んでる有栖川は、今とは全然違う雰囲気で、逆さにして振り回しても「金貸して下さい」なんて絶対に言いそうにない。
毎日いろんな事が起こる。それが十年分無くなったり、溜まったりすれば、“今”と違ってもおかしくない。俺だって一年前は兄貴を「兄ちゃん」って呼んでたし、親はどっちも死んでると思ってた。
「おにいちゃーん!」
診察室のドアが開いて、三郎がこっちに走って来る。何だろ、何かすげー眩しい。目だけじゃなくて、笑顔だけでもなくて、体全体がキラキラ光ってる気がする。
兄貴が「くっ」って呻いて、目と額を右手で押さえた。俺は動画を撮るのに忙しい。兄貴と同じように目を押さえたくても、両手はスマホで塞がってる。だから、目を細めて耐えた。
「これ、お医者さんからもらった!」
そう言って三郎は嬉しそうに紙パックのジュースを両手で兄貴に差し出した。そのまま、ぴょんぴょん、二回跳ぶ。跳んでたかもなぁ、4歳の三郎は。嬉しい時、跳んでたよなぁ。
兄貴が今度は右手で膝を掴む。わかるよ兄貴。腕にも足にも支えが要るよな。そんな場合じゃねぇってわかってても、今すぐ椅子から下りて、床を拳で叩きたい気持ち――俺にはわかるよ。
ごほん。一つ咳払いをしてから、兄貴が三郎に笑い返す。
「お、リンゴジュースか。良かったなぁ、三郎。ちゃんとお医者さんにお礼言ったか?」
「うん! ちゃんと『ありがとう』したよ!」
三郎の後ろをちらっと見ると、診察室から出てきた長い髪の「お医者さん」が、俺たちに向かってにっこり笑った。
神宮寺さんの後ろには伊弉冉と独歩がいる。二人が幼馴染だってのは、俺も知ってた。コータイした独歩は、伊弉冉を見てすげぇ驚いて、その後で、泣きそうな顔で笑ってた。「良かった。一二三、お前、笑えるようになったんだな」――そう言ってた。
一緒にいる時間が長いと、それだけ、いろんな思い出が出来る。その中には、楽しい事や嬉しい事だけじゃなくて、悲しい事や辛い事もあって当然だ。
19歳の独歩は、29歳の伊弉冉を見て「良かった」って言った。コータイした独歩の人生が、そう思える“今”に繋がってる事が、俺も嬉しい。だって、29歳の独歩は俺のダチだ。ダチに良い事があったら、嬉しいに決まってる。
神宮寺さんに診てもらって、違法マイクの効果は明日には消えるってわかった。犯人はもう取っ捕まえて、そいつが持ってたマイクもきっちり回収済だ。入間が応援を呼んで、まとめて運ばせてた。だから俺たちは、怒ったり焦ったりしねぇで、ここでこんな風に呑気にしていられる。
コータイした毒島は一足先に病院を出て、今は入間たちと一緒にヨコハマに向かってる途中だ。左馬刻も同じ車に乗ってる。
今の毒島をあの森に帰す訳にはいかねぇから、入間に付き合ってヨコハマ署に寄った後で、三人は左馬刻の家に泊まるらしい。毒島は18歳になっても落ち着いてて、焦った感じは少しもなかった。ただ自分を「小官」とは呼んでなかったし、話す言葉がほとんど英語だった。ビックリしたのは、その英語に入間と左馬刻がちゃんと英語で返してた事だ。入間は眼鏡かけてるし頭良さそうな感じがするけど、左馬刻は俺と同じくらいバカなんだとばっかり思ってたから、マジでビビった。兄貴が教えてくれたんだけど、あいつ、英語だけじゃなくて中国語も話せるんだって! すげぇ頭良いじゃん。人は見た目によらないってホントなんだな。