Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ゆん。

    @yun420

    Do not Translate or Repost my work without my permission.

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 55

    ゆん。

    ☆quiet follow

    フォロワーに書いたオーカイ。

    #オーカイ

    オーカイ.





    「ああ……どうぞ」
     気怠げで淡々とした声が傍でしたかと思うと、手が触れた。途端、相手の姿が現れる。たくさんの指輪が嵌められた手。その手は大きかった。

    「おはよう、カイン」
     楽しげな声と、微かに消毒液の匂いがした。そのまま温かな手が軽く触れる。現れたのは愛想の良い笑顔と、節くれ立った指。

    「……ああ」
     素っ気ない挨拶が返ってくる。見えなくても、強大な魔力の流れが分かる気がした。合わさった手は乾いていて、清潔に整えられた爪が見えた。 



     相手に触れないと見えないカインの一日は、こうして始まる。毎日のことなので皆慣れてしまって、誰も文句は言わない。それは有難くもあり、申し訳なくもあった。
     普段、人と話すときに手に注視する者は稀だろう。こうして他の魔法使いたちの手に触れることにより、カインはいつの間にか相手の手を覚えてしまっていた。今のカインなら、手だけで誰か分かる。

     たった一人を除いて。



     雲ひとつない青空だ。たまに吹く暖かな風が、カインの長い髪をサラサラと揺らす。いい天気だな、とありきたりなことを思いながら、カインは目的の木へと近付いた。
    「オーエン」
     大きな木の、太い幹の下から、葉が生い茂る頭上を見上げる。降り注ぐ木漏れ日が眩しくて目を細めた。
     カインの目的の男は、太い枝に座り、幹に寄り掛かって本を読んでいた。その膝上や肩の上では、名前の知らない鳥たちが戯れている。相変わらず動物に好かれるんだな、と多少羨ましくもあった。
    「賢者様が呼んでる。美味しい紅茶があるから飲まないかって」
    「いらない」
     オーエンはこちらを見ることもない。本に夢中なのか、紅茶に興味がないのか。
     やれやれ、とカインは内心で溜息を吐いた。
    「おやつはチョコレートケーキだぞ。生クリームも載ってる」
     そう言うと、漸くそのオッドアイがこちらを向く。紅い瞳と、蜂蜜色の瞳。あれが自分の眼球かと思うとたまに不思議な気分になる。怒りなのか哀れみなのか、よく分からない感情だ。
    「……食べる」
     案の定、オーエンは本を閉じて枝から飛び降りた。囀りと共に、鳥たちが空へと逃げてゆく。
    「おまえ、ほんと甘いもん好きだよなぁ」
    「うるさいなぁ、別にいいでしょ」
     カインの横を素通りして、さっさと魔法舎へと向かう。よほどケーキが食べたいのか。それとも照れているのかもしれない。髪の隙間から見えるオーエンの耳に視線を送るが、別に赤くはなっていなかった。残念だ。
     華奢な背中と、手袋に覆われた手。あの手袋の下にある手を、カインは知らない。何故ならオーエンだけは視認することができるから。他の皆のように、オーエンにはハイタッチは必要がないのだ。

    「どうしたの」
    「いや」

     訝しげにオーエンが振り返るのに、カインは曖昧に笑った。その手を見てみたい。その手に触れてみたい、なんて──そんな気持ちを彼に悟られるのは嫌だった。
    「変な騎士様」
     オーエンは興味をなくしたように再び背を向ける。その背中に何故か寂しさを感じながら、カインは後ろをついて行く。
     俺がおまえの手の温もりを知ることは、多分ずっとないんだろうな──。
     そう思えば、右目がズキリと痛むような気がした。



     
     そう、思っていたのに。

     
     ふわり、と頭を撫でられる感触に瞼を開ける。温かくて、少し湿った優しい手。
    「大丈夫?」
     こちらを覗き込むオッドアイ。血のような色と、蜂蜜のような色の瞳。猫みたいな目だった。
    「……お前が、無理させたんだろ……」
    「ははっ」
     発したカインの声は僅かに掠れてる。そんな憎まれ口にオーエンは声を上げて笑った。少し汗ばんだその横顔は、随分と機嫌が良さそうだ。
     大きなベッド、真っ白なシーツ、裸の自分達。部屋に流れる淫靡な空気。こうして夜伽を共に過ごすようになり、どれくらいの時が流れたのだろう。
     何度も交わっていれば体は慣れるが、無理を強いられた体勢は痛みを訴える。これは明日の朝は腰痛になっていそうだ。カインは小さく息を吐くと、身を起こそうとベッドに手を付く。
     すると、その体を支えるようにオーエンの手が背中に回された。力強いオーエンの手。見えなくても、白皙で長い指を知っている。爪を短くしているのは、カインの為だと言うことも。
     なんだかそれが可笑しくなって、カインは小さく笑い声を漏らした。

    「どうしたの」
    「いや」

     訝しげなオーエンの声。小首を傾げるその姿に、カインはますます笑みを深くする。
    「変な騎士様」
     言いながらも、オーエンはカインの体を引き寄せた。そのまま髪の毛に頬を寄せ、ほう、と安堵するように息を吐く。触れ合った裸体は温かい。少しだけ早い鼓動が聴こえた。
     おまえの手が、一番愛しいよ──そんなことを口にしたら、きっとこの男は照れるのだろう。素っ気なく見えて、意外に子供のようなところがあるから。
     自分を抱きしめるオーエンの肩に額を押し付け、カインはそっと幸せの溜息を吐いた。





     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘👍🌋
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works