「零、零きいとんのか」
今日も今日とて。
このお利口さんでお人好しで底抜けのアホな教師は俺の後をカルガモの雛みてぇにくっついて歩いて、なんだかんだと宣ってくる。
簓から待ち合わせ場所と指定された店の前で俺が立ち止まると、盧笙も立ち止まってぐいと俺を下から見据えてくる。
俺を相手にしても怖いもん知らずで無鉄砲。どこまでも真っ直ぐで、目が眩む。
そんで、極上の別嬪。
贅沢な眺めに口をにやけさせながら、俺は携帯をポケットにしまい両手を自由に遊ばせる。
「お前さんが可愛いって話だろ?はいはい、可愛い可愛い」
俺より低い位置にある頭に手を乗せて髪をわしゃわしゃと撫でてやったら、盧笙は俺の手首を掴んでひねり上げてきやがった。
「痛ぇよ」
「何一つ聞いてへんやん!誰がんなアホなこと言うか!頭沸いとんのか!」
ひでー言いよう。いや、からかった俺も悪いけどよ。
でも顔真っ赤にして狼狽えてるくらいなんだから、お前さんも自覚あんだろ?
なんて言ったらまた大騒ぎになりそうだから言わねぇがな。
「簓があとちょいで合流すんねやから、変なこととか言うたら承知せぇへんからな」
俺の手首から手を離した盧笙は、自分の左手に巻かれた腕時計を指さしながら喚く。
簓はまだ来ない。さっき収録が終わったと連絡が来たから、もうすぐ着くだろうが。
盧笙を揶揄える時間は、簓が来たら終わる。
「はいよ、おひいさま」
小さい小さいおひいさま。
自分がとんでもねぇ獣に守られているとも知らない、蜜をため込み凜と咲く花。
好奇心ばっかり旺盛で怖い物知らずの、お伽噺のお姫様。
「な、なっ……だ、誰がおひいさまや……!こんなでかい男捕まえて、アホか!」
「声でけぇと注目されんぞ」
真っ白な肌がみるみるうちに赤らんでいく。白磁の逸品のような肌は血色の良くなって、本物の躑躅の花みてぇだと思った。
口に指を当てて俺がわざと真剣に言えば、盧笙は両手で口を押さえてきょろきょろ周囲を見回すからたまんねぇ。
俺の言う言葉、やること、全てにいちいち反応してコロコロ表情を変えるこいつが、いつから愛おしく思うようになったか。もう忘れた。
「本当おもしれぇなお前」
俺が笑うと、盧笙はむっと眉間に皺を寄せて急に神妙な顔つきになる。
「……これ、簓にもやるんか」
ぶすっと唇をとんがらせた盧笙が俺をジト目で睨みながら低い声で聞いてくる。
何言ってんだ。
「やるわけねぇだろ」
簓にやったらうるせぇし陰で何報復されるか分かったもんじゃねぇ。あいつは、お前さんが思ってるより善良な奴じゃ無いぜ?
とは、言ってやらねぇ。言う理由もねぇし、言ったところで何の意味も無い。
「タチ悪い男やな」
「俺はタチ悪いぜ?だけど、そんなのに飛び込んできたのはお前さんだろ?」
そう。
自分を守る獣の目を盗んで抜けだし、飛び込んできたのは、こいつ。
好きだ、とは素面じゃ言われたことねぇ。ベッドの中じゃ素直なんだがな。
「毒食らうなら皿ごと残さず食ったるわ」
べ、と舌先を出した盧笙の邪気の無い笑みに、目眩がして俺は額を押さえた。
こいつ、わざと煽ってんのか。
昨日散々セックスしておいて、もう堪忍、なんて言っておいて、まだ煽る気か。
また泣かす。絶対鳴かす。簓どうにかして帰らせて、啼かす。
「どないしたん?」
「可愛い可愛いお前さんに、撃たれたんだよ」
「……そんだけ冗談言えんなら心配する必要ないな」
どんだけ信用ねぇんだろうな、俺は。
肩をすくめて笑ってみせたら、盧笙も口に手を当ててくつくつと笑った。
ま、いいか。
多分簓がもうすぐ着く。
それまでは、もう少し、このおひいさまを堪能するか。