触らぬ「ヒト」に祟りなし「はー、WAVE1から疲れたっちゃけど……」
いきなりヒカリバエ引くなんて運がなさすぎる。しかも今回のローラー、よりによってカーボンだし。他は俺が持ってたジムワイパーとスシにパブロとかいう火力枠がジムしかいない地獄みたいな編成。狂シャケが低速ローラーに辿り着く前に俺たちが削りを入れなきゃ殺られる、そんな死と隣り合わせの100秒を初手から過ごす羽目になった。ムニ・エールじゃなかったら死んでたな……
ただこんなシフトに出てるやつなんて、相当のマゾかそのブキが好きなやつくらい。バイトの理解度が高いのかブキの練度が高かったのかはともかく……集まったばかりの野良バイト仲間だったけど、ある程度統率が取れた動きができたおかげで、なんとか生き延びた。
「でも、あのカーボンがちゃんと低速ローラーしてくれたのは助かったな」
チャポン、とヒト型に戻るなり持たされたそのカーボンで、塗り返された壁をバッシャバッシャと塗り返し返す。……相変わらずこのブキ塗り効率が悪すぎるばい。
轢き一確じゃないからと横振りを繰り返すバイターもいるし、編成次第ではそれが正解のときもある。けど今回はパブロという範囲攻撃ができるブキがいたから、低速ローラーが最適解だった。轢き倒すことはできなくてもノックバックは発生するわけだし……
ビシャシャシャシャシャシャシャシャッ!!
「ん?」
「あ〜〜〜もうッ、一面のクソミドリ!!」
何の音? と思っていたら地面のシャケインクがあっという間に薄紫色に塗り返されていく。最短射程ながら一心不乱に床や壁を塗りたくる様はまさに鬼神だ。
「すご……振ってるパブロの残像しか見えない!」
「おおー。あの白ツナギのイカ、パブロ筋仕上がってるやつだな。確か熟練度星5のバッジ付けてたか? 期待できそうだ」
「そっかあ……あれが本職かあ」
通りで。バイトで自分が使い慣れたブキがシフトに入ってくることはほとんどないからこそ、メインブキを握れたときには水を得たサカナ、というか自インクを得たインクリングになる。つまりは彼が今この場で最もパブロの強さを引き出せるバイターというわけだ。
ネガキャンじゃないけど、メインの動きがもっさりしてるエクスはあんな連射できないし、そもそも重いからそんなに振り回せないっていうのが実情。いいとこ当たれば90ダメ出せるとはいえ、0ダメからのキル速はキマッてるパブロの方が速いんだよな。何回裏に回り込まれて殺されたことか。……軽量級ブキか、でもそういうのって小回りが効く代わりに射程も短めだしな……それに俺はずっしり重量感溢れるブキが好きだし。
「WAVE2も通常潮かー。寄せられるオオモノは寄せたいかな」
「そうだね。……あ、初手沸きモグラテッパンだ」
「了解。僕がテッパンのタゲ奪ってコンテナ横に寄せる」
「わかった。でも、あと一匹くらいは沸かなかったか? そいつはどこだ」
プルルルルル……と何かが羽ばたくような回転しているような音が聞こえてくる。地面には細長い影。あれは、
「ハシラだ!! 殺せ!!!」
そう言うなりパブロはフデダッシュし始めた。ハシラが刺さるだろうポイントへと一目散に。
「あっおい! モグラのタゲがお前だったらどうすんだ! いやまあお前は奥目にいたから違うけど! ハシラ処理も登っちまえばパブロは倒しやすいけどさー!」
わあ……彼、鮪突猛進タイプなのかな。影が見えた瞬間に血眼になってた。ハシラに、というかハシラのせいで足場をなくして殺されたことがあるとか?
「でもハシラを処理してくれるのは助かるよね。あたしたちは別のオオモノ殺りにいこ!」
「わかった。じゃあ俺は基本的に雑魚処理してるねえ」
「助かる! それじゃまあ、90秒後にまた会おう!」
ホストになったタコボーイの号令で俺たちはステージ各地に散った。しばらくの間は沸きも平和で、間引きしつつできる限りコンテナまで寄せて……とやっていたら。
「ん……んん!?」
信じ難いものが視界を横切ったので思わず二度見。……間違いない。
「どんな沸きしてんの!!」
干潮広場に向かって右側、スロープを降りた海岸にタワーの三連星が見えた。散り散りに沸かれる方が嫌だけど、同じ場所にみっちりとあのシルエットが並んでいるのを見せられるのも精神的に良くない。ちらりと周りを見てみるとみんなそれぞれ忙しそうで、タワー三兄弟にも気がついていない様子。これは俺が行くしかないか……ローラーでタワー相手にするのキツいんだけどな。
コンッ、カンッ、キンッ。
「あーもうわやじゃ……!」
ローラーでタワー処理、本当に効率が悪すぎる。轢き回転って手もあるけどあれは失敗することもあるから、横振りで一段ずつ落とす方が確実に時間をかけないで仕留められる。けどそれを二十一段分もやらなきゃいけないのはちょっと……
ガカカカカカカンッ!!
ゴガガガガガガガンッ!!
「お?」
「タケノコ料理二皿、一丁上がり……っと」
「……君は」
軽快な音を鳴らしながら、隣にあった二本のタワーが撃滅された。この速さはスシかパブロしかありえない、そして隣で激しく空気が動く気配があったから、多分。
「三本目のハシラ処理して上から索敵してたらデスタワーが見えたから。ローラーで処理はキツいだろ? 手伝いに来た」
「どうもありがとう。えっと……」
「ロイ。さっきのヒカリバエ、ジムで金シャケ処理助かったよ。お陰でノックバックされないで済んだからさ」
「俺、フクオカ。こっちこそ助かったよ。さっきも今も」
「なら良かった。……この金イクラ、何個持っていく?」
「沸きの方向、変わったよね」
「ああ」
「……六個」
そう言うと、ロイ君はぱちくり、と目を瞬かせた。
「っは、ハハッ、ハハハ!! なんだ、結構業突く張りなんだな!」
「そんなに笑わなくても……」
「や、悪い。すぐにやろう。ダラダラしてる場合でもなさそうだし」
遠くを見据えるロイ君の青色の瞳が見る先を追うと確かに、カタパのジェットやらバクダンの頭やら飛び跳ねるダイバーやらがチラチラと。これは早く合流しなきゃだ。
「僕はまずダイバーを潰しに行く。バクダンは届かないけど……足場を確保すれば自然と火力が出るだろ。だからフクオカはパブロじゃ処理しにくいオオモノを頼む」
「わかった。止むを得なければスペシャルも使うよ」
その後はがむしゃらに処理、処理、納品、処理、納品。主に処理がロイ君で納品が俺。見える限りのコウモリのアメ弾やダイバーを処理してくれるおかげでとても楽。塗りさえ安定すれば俺も心置きなく雑魚を殴れるし、邪魔者がいなくなれば攻撃が弱点に当たるオオモノなんてジムとスシの餌食だ。……最初にハシラを三体処理してくれたのが結果的に助かったな。
「なんとかWAVE2クリアしたよお……!!」
「お疲れ!!」
「油断するな、WAVE3で壊されることもある。……レートは下がらないけど」
「みんなはスペシャル残ってるー?」
「私は使い切っちゃった」
「オレはトリトルが……いや、さっき使い切ってたわ」
「僕はホップソナーが一つ残ってる」
「そっかあ。俺もサメライドが一つ」
「……ラスト、乗り切ろう」
散。最後のWAVEも通常潮、ブキはパブロ。……ちゃんと使いこなせるかな。
満潮は処理が追いつく面子なら楽しくなるけど、通常だとテッキュウがでかねないから嫌だ。沸いて一匹ならともかく、砲台が出るとどうしてかゾロゾロと三匹になることがザラだ。今回はそんなことにならないといいけど。
初手沸きは干潮を向いて左海岸からテッパンヘビコウモリ。前二匹は寄せたい、できればコウモリも……ロイ君はコウモリを寄せるつもりで下がったみたいだけど、血気盛んな他二匹(ふたり)が射程内に入ったからコウモリが初期位置で止まってしまった。あそこで倒すと初手イクラが救えなくなるんだよなあ……まあコウモリは寄せにくいし、野良のバイト仲間にそこまで求めるのは酷だ。
テッパンとヘビのタゲは……ああ、俺とロイ君か。とりあえずテッパンに一撃入れて、と。左側高台に陣取るロイ君、そしてテッパンは俺に向かってくる……なら俺はコンテナ広場に居座っていれば……!
ジャキン!
ヘビの操縦士が一刀両断されて、直線上にパステルパープルのインクが広がった。よしテッパンもちょうどいい、パブロの連射得意じゃないけど、なんとかスタンさせれば……!
バキョッ、バギャ!!
「……!」
「テッパンのイクラ納品頼む!」
「あ、うん!」
テッパンをも斬り捨て御免したロイ君は、さっき倒したヘビの金イクラに向かっていった。はああ〜、ジムの火力をちゃんと活かしてくれる役割分担、すごかねえ。じゃあフデダッシュでさっさと納品して、索敵索敵────は?
「そげなことしやんな……!!」
あれがフラグ発言ってやつだったのかも。止めかけたフデダッシュを続けて右側海岸に急行する。
投げ込まれたテッキュウ砲台。そこに向かってゾロゾロとやってくるテッキュウ三匹。三匹分のウェーブはほぼ確実に事故が起きる。放っておけない、けどパブロの火力じゃ時間がかかるし雑魚が沸いててそもそもテッキュウに手が届かない、サメを使う? でもサメじゃテッキュウ三匹は一度に処理できない、その間にまたシャケが沸いたら終わりだ、けど処理しなきゃ……!!
「ドスコイは殺る。他の雑魚を頼む」
「……!!」
反対方向を手伝いに行ったはずのロイ君が戻ってきていた。そして迷わず雑魚の群れに飛び込んで────
ズバッ。
バギャッ!
ズギャ!!
「…………わやじゃ……」
ロイ君が通ったところに、彼が手にかけたドスコイの骸の道ができていった。脇目も振らずテッキュウに向かって突撃するロイ君に群がる残りの雑魚たち、を申し訳ばかりのペシペシで一掃していく。
「待たせたなテッキュウども。お前らみたいな肥えたシャケ、ムニエルになんてなれるもんかよ」
ア゚ッオウ、という間抜けな断末魔が間を開けずに二回。バシャ、バシャ、とみるみる自インクが広がっていって、そして誰もいなくなった。
「ふうっ……ふうううっ……!!」
「す、すごかねえ……ジムワイパーば持ちブキなん?」
「レジデンスに比べれば、マシだけど……放置の手はない、よな…………あ、悪い……今なんて?」
「あ、ごめん。えっとね、ジムワイパーも持ちブキなの?」
「……いや、違う……練習は、してるけど。バイトのときの方が、上手く使いこなせる気がするんだ……は、はは……」
「そ、そうなの……?」
「っ、また、沸いてきたな。……殺らなきゃ」
ふら、とよろけながらまたジムワイパーを構える。ロイ君の次なる獲物はダイバー。ジムの塗りならエリアは塗り返せるし処理は言わずもがな。
「ロイ君、大丈夫……? 」
「大丈夫、だ。ここは僕が引き受ける……このバイトはDPSが正義、ジム持ちの僕がここに残るべきだろ。テッキュウ砲台もある、イクラのことは気にするな。片っ端から送ってやるから」
「え、……あ、いやそういうことじゃ」
「そういうことだ、オレ一人でここに残る、なんとかする。ほら行け、これから大量の金イクラがコンテナに飛ぶぞ」
「……わかったよ」
ゆらりと構えられたジムワイパーが動き出す。そしてまるでロイ君がそれに引っ張られるかのように、地面でのたうつダイバーにトツゲキして斬り込んでいった。しぶしぶ背を向けてコンテナに戻る道すがら、ドン、ドォン、とすごい勢いで金イクラが発射されていく。最初のテッキュウだけでも九個あったんだ、パブロだと納品スムーズとはいえ忙しくなりそうだな。だから帰してくれたのかも。
「……」
けど、あの頑なさというか頑固なところはちょっとだけいただけない。一匹で突っ走って周りが見えなくなる、臨機応変に対応できないタイプのイカだ。『ジムワイパーに引っ張られるかのように』動いていた彼。そう、それはまるで……ブキに使われ、操られ、有り余る自分の殺意に呑み込まれてしまっている彼。
そんな自分のおかしさに気づけていないんだから。
*
「28秒切ったぞ! 処理の追い込みかけてけ!」
「了解ー!」
「わかったー」
結局ロイ君はコンテナ広場に戻ってこなかった。開始二十秒くらいから今までずっと一匹であの海岸にシャケを堰き止め、十数個のイクラをこちらに送ってみせた。おかげでノルマまであと少し、コンテナ周りにまだ散らばっているイクラを納品すればノルマは余裕、というところ。途中でホップソナーの起動音も聞こえたし、元々帰ってくる気はなかったのかもだけど。……と。
「お! 戻ってきたな今回のMVP!」
「海岸処理ありがとうー! 助かったよ!」
「……」
ようやくロイ君が戻ってきた────ぎゃり、ぎゃり、とシャケインクにまみれたジムワイパーを引きずりながら。オオモノの沸きがなくなる……彼からすればオオモノが打ち止めになるのを確認して、海岸のオオモノを殺し尽くしてからのことだろう。
「……ロイ君」
「……、…………、……」
ブキと同じくらいシャケからの攻撃を受けて、綺麗な白がすっかり緑色に濡れそぼった体を回復することもせず、ブツブツと何かを呟きながら一直線に雑魚が沸く方へ突き進む。移動ならイカダッシュの方が速いのに、イカになることすら忘れて……ああ、だから回復できてないのか。
「ねえ、ちょっと……」
「──、け──らわ────、シャケどもが……!」
「……!」
「──い産ぶ──の──際で……オレに歯────うなるか、────────……!!」
「お! ジムが雑魚処理してくれてるぞ、今のうちに納品だ!」
それはそれとしてノルマクリアも評価も大事だから、さっさと納品を終わらせる。場に残ったイクラもオオモノもなく、後はただの消化試合。……のはずなのに。もうやることはない、最終WAVEは終わったのに。
それでも彼は、何かに取り憑かれているかのようにひたすらシャケを虐殺し続けていた。
「仕事熱心だね、あのイカボーイ」
「だな。シャケ以外は目もくれないって感じだ。……ひょっとしてキレイ好きとか?」
「そんなわけないよ、そういうことならちゃんと地面も塗り返すもん!」
「ヒト事か、呑気だな」
「うおっびっくりした!!!」
だらり、とジムワイパーを引っ提げたロイ君がそこにはいた。そう、いつの間にかそこにいた。どうしてか、インクの色は蛍光に近い緑色に変わっていて。……俯きがちなその顔は、ヘルメットに隠れて、見えない。
チャポ、とインクの中に潜った。
「『まあ、期待はしていなかった。所詮は能天気な海産物か……』」
「しょせんって……酷いこと言うなよなー」
「『己自身が死に直面しても尚この余裕だものな?』」
「えっ」
グ、ググ、と体を沈めたロイ君が、居合斬りのように溜めの構えを取る。刀身の回転が高まってギュィィイイイ……!! と危険な周波の音を発した、途端。
「ひッ……」
おどろおどろしい緑色の瞳が彼らを穿った。俺を助けてくれたあのときまでのロイ君とはまるで違う、ヘドロのように濁って凝縮した憎しみの色。
「『尽敵鏖殺────』」
ふたりのアルバイターに即死の一撃を叩き込むべく踏み出したその一歩が、とてもゆっくりと感じられた。ジムワイパーが振り上げられる。溜め込まれた力が一気に解放され────
「やりすぎやが。やめない、ロイ君」
ドボッ!!
「がッ……!!」
────ることはなかった。
ずっとロイ君の近くにセンプクしていた。静かに、静かに近寄って、そして……俺に対して隙を曝したその瞬間に別色インクになって、ロイ君の腹に重いパブロの一撃を食らわせた。分厚い生地のツナギ越しだったからちゃんと衝撃が通るか不安だったけど、……問題ないみたいだ。
ギチギチと音がするほど強く握り締めていたらしいジムワイパーが手から離れて、ガシャッ、ガチャン、と地面に落ちる。当のロイ君も後を追うようにインクの海に倒れた……ぴくりとも動かない。
「うわわわっ!?」
「なに!? なにが起きてるの!?」
「……もう大丈夫、だと思う。そんなことよりほら、迎えのヘリが来るよ」
「あ! ほんとだ!」
「おーい! ちゃんとクリアしたからなー!」
ぱたぱたとヘリの方へ駆け寄ってスパジャンの準備を始めた他メンバーを他所に、倒れたロイ君へと歩み寄る。
「……」
「…………ぅ、ん……」
「……俺だって、やるときはやる男やけんね」
正直、ロイ君のことはよくわからない。あれはバイトでの昂りが行き過ぎたものなのか、そうじゃないのか。「やりすぎ」という言葉は、ロイ君に向けるべきものだったのか。
よくわからないものが、そこにある気がする。
「なんにしても……鮪突猛進すぎるのはよくなかとよ、ロイ君」
ゲソを一撫ですると、いくらか身動ぎをする。良かった、そんなにダメージは大きくなかったみたい。
おーい、と呼ばれたヘリの中にはーい、と返事をして、イカ状態に戻ったロイ君を担いで戻って行った。