体調不良 エナオカシラが出たせいで昼過ぎになった昼休憩、各々パイプ椅子を持ってきて狭い机で各々の休憩をとる。俺は今日とて素うどん。安いし。
エナドリのイカはいつもフードチケットのフードとかジャンクなの食ってる。よく飽きないよな。
しかし、今日は何やら様子がおかしい。半日経ってまだ500も行ってないのにキレる様子もなく、ヘリでも静かで実に快適な帰路だったし、昼休憩中に午前中のムーブの文句を言ってこない。静かすぎるのだ。
それはそれで快適なのだが些か不気味だ。ちらりと目線をやればアゲバサミサンドを手にしたまま放心状態と言ったような感じで動きが止まっていた。
「……おい、何してんだよ、はよ食えよ。」
声に反応したのか我に返ったようだ。しかし、エナカスは少しだけ食べたアゲバサミサンドを包むとショルダーバッグに半ば無理やり仕舞った。
「……食わねぇの?」
「なんか、いいや……。」
いよいよ本格的におかしい。キレるか泣くか情緒の忙しいヤツだが飯食わないのは初めてのパターンだ。
「お前、ちゃんと食っとかないと夜までもたねーぞ。カンストするんじゃねぇのかよ。」
まあ、カンストはさせないんだけどさ。
「……。」
カンストを持ち出せばキレて罵倒してくると思った。しかし予想とは裏腹に無反応だ。
「お前どうしたんだよ、いつからそんな静かなイカになったんだよ。」
「……なんだか彼、顔色悪くないか?」
ここまでただ流れを見ていだけのロン毛のタコが口を挟む。
俯きがちになったエナカスの顔を見る。まるで覇気が無いしいつも皺を寄せがちな眉間も目もとろんと解けている。
ベタだけど額に手を当てる。感覚とかで分かるわけじゃないけど熱い気がする。健康時の体温とかどんなもんか分からないけど一言で言うと元気がない。
俺が首を傾げているとロン毛のタコが寄ってきてエナカスの額に触る。ここまでベタベタ触られておいて尚こいつは無反応だ。
「んん……分からないな。けどこれは熱があるんじゃないか?」
どうやら発熱しているようだ。
「ええ!先輩大丈夫ですか?!」
様子がおかしいコイツには近寄らないという俺らの中の暗黙の了解を守っていたザコなイカは先輩が不調だと分かると近寄ってきた。
「今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」
ロン毛のタコが自分の席に戻りながら言う。
「……でもカンスト……。この後しばらくクソ編成続くし……。」
ボソボソ何か言っている。
「お前そんなんで動けるのかよ、無理だろ。」
「そうですよ!今日休んだら明日には良くなってるかもしれないじゃないですか!」
「……かえる。」
素直でよろしい。この間みたいに現場でゲロかけられたらたまったもんじゃ無いからな。今日は軽いシューター系が無いからガロンでゲロ流すとか絶対痛いし御免だ。
のたのたとショルダーバッグを肩にかけ、パイプ椅子から立ち上がり、商会をあとにするエナカスを目線だけで見送り休憩に戻る。
「このあとどうする?」
実のところ、フェス前だから皆ギアを調整したりメンバーを集めたりしているのかバイトに来ている連中など俺らとバイト中毒者しかいない。普段より圧倒的にイカが少ないのだ。
「僕は別に行っても行かなくてもいいよ。」
ロン毛のタコは昼食を終え、手持ち無沙汰な様子でゲソ先を弄りながら言う。俺はコイツがなんのためにバイトしてんのか未だに分からない。
「この先ずっと連勤だし今日はやめとかね?」
また野良のイカが納品厨でチームバランス狂って働いてるのに報酬がゴミな状況になるのは避けたいし。
「そうだね。彼が万全の状態で行った方がいいしね。彼より評価高くなってたら煩いし。」
しれっと毒を吐いたロン毛のタコ。俺は今ひとつこいつのことが分からない。
「じゃあ俺帰るからな。お疲れ。」
そう言って商会を後にする。扉を開けるとさっき帰ったはずのイカが蹲っていた。
一瞬他人のふりをしようかとも思ったがやめた。
手を付いて肩で息をしている。その口元の地面に吐瀉物があるのを見て思ったよりも具合が悪いのだと認識した。あまり食べて無かったから少量ではあるが今しがた吐き戻したような状態にどうしていいか分からずとりあえず背中を摩る。
「はぁ、はぁ…………お前、バイトは……。」
「今日はもう無しにした。お前休みだし。」
「……そっか……。」
摩っていたら落ち着いてきたのか、ぐしりと口元を手の甲で拭い、立ち上がった。バンカラの治安じゃゲロはその辺に落ちてるしそのままだ。
「なあ、お前ん家まで送ろうか?」
珍しいもの見たさ1割、早く治ってもらわなきゃ困るってのが9割で提案する。どうせ暇だし。
「……。」
否定も肯定もされなかったが、ついてきても文句を言わないあたり、いいのだろう。
「お前いつから調子悪かった?」
世間話的な感じで歩きながら聞く。こいつと話すことなんてそう多くないから。
「……朝からなんかちょっとおかしい気はしたけど昼前はもう……。」
こんだけバイトしといてどこで風邪を貰ってきたんだ?疑問ではあるが答えに興味は無い。
「お前コンビニとか寄んなくていいの?」
「……寄ってく。」
見るからに頭が働いていなかったこいつの代わりにゼリーとかスポーツドリンクとか、いかにも病人セットをカゴに入れてやってついでに自分の晩飯を入れてレジに出して払わせる。あ、俺の晩飯気付いてないわ。一食浮いた、ラッキーだ。
さっきゲロ吐いてたからスポーツドリンクを差し出し飲ませる。3分の1程飲むと再びビニール袋に仕舞った。
「ほれ、着いた。はよ鍵開けろ。」
もたもたと鍵を開け、開かれたそこは相変わらずバンカラ街の路地裏を煮詰めたような酷い景色が広がっていた。何か異臭もする気がする。……路地裏の方が綺麗なまであるな……。
比較的綺麗そうなところのゴミを足で退けてスペースを作り、そこにビニールを置く。
布団にダイブしたエナカスは動かなくなった。
「じゃ、俺帰るから。」
「え、帰るの?」
「……は?もう家まで送ったし帰るだけだろ。」
「あの弁当、カゴ入れてたから夜までいるもんだと思ったから買ったんだけど。」
……バレてたか。けど、それで久しぶりにろくな飯が食えるならいてやればいいか。家帰ったって光熱費もかかるしこっちの方が少しでも節約になる。
「……分かったよ、しょうがねぇな。人呼ぶならもっと綺麗にしとけよな。」
「……善処する……。」
これは片付ける気ねぇな。
しかし、病人と2人きりにされたってすることはそう多くない。コイツが大人しく寝てる限りナマコフォンをいじるくらいしか無い。
動画を見ようにも通信制限かかったら嫌だからただ何となく次の編成を見たり、今までの納品数を見たり、結局俺もバイト中毒者なんじゃないかとか思ったり、暇を弄んでいた。
そもそもの話、俺は病人に対して何をしてやればいいのか分からない。だって看病された記憶なんて無いから。
「……今何時……。バイト……。」
こいつ寝ぼけてやがる。
「まだ夕方だしバイトはお前の不調で帰ってきただろ。」
「……。」
現状を理解したのか再び横になる。
「起きたんならなんか食べるか?」
こいつの家の冷蔵庫で冷やしておいたゼリーを取ってくる。ついでに自分の弁当も温める。
「そらよ。」
ゼリーを手渡し、温まるのを待っている間、物の置き場がないテーブルのゴミをどかし、無理やりスペースを作る。
昼もそうだったが食欲が随分落ちているようでちびちび食べている。また吐かれたらたまったもんじゃないし、コンビニでもらったビニール袋を近くに置いておく。
「全部食べたな。」
空のゼリー容器を回収してその辺のゴミに重ねる。
温まった飯を食いながら部屋をキョロキョロと眺めると偶然体温計や爪切りなどが入れられた何かの缶を見つけた。まさに今が使い時じゃねぇか。
興味半分で体温計を手渡せば黙って脇に挟んだ。
「見せてみ。」
小さい液晶を見てみればそこには発熱前半の数字。
これは明日までに下がるか微妙なラインだな。
「……これ明日までに治るかな。」
エナカスの野郎も同じことを思ったらしく明日のバイトの心配をしている。
「さぁな。まあ、せいぜい暖かくして寝るこったな。」
翌日、出勤してみればエナカスのイカはいなかった。
「先輩、やっぱり休みでしたね。」
「まあ、あの感じだと無理かなって思ってたけど。」
全く、俺の労力を返せよな。
青い三つ編みゲソのあまりよく知らないイカといつもの2人でヘリに乗る。このイカが静かだからヘリ内はびっくりするくらい静かだった。……逆に落ち着かない。
……ったく。今日も様子見に行ってやるか……。