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    イロドリ

    今のところは「楽しい(苦しい)サモシ」の三次創作を載せる予定。
    プロフ画は(相互さんが描いてくれたイラストの)マイイカ君。

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    イロドリ

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    ロイ君とよその子さんたちが訳ありで同居している話。スプラ2のオクト・エキスパンション、スプラ3のサイド・オーダーのネタバレあり。
     よその子さんのキャラシは追ってツイします(本人方より許可をいただいています)。

    ナギ・モノ……寝っ子さんの自機。順にタコ・イカのガール。
    リオ……ごなまさんの自機。ハイカラスクエアから来たイカボーイ。

    #深海の哺乳類

    ジェヘナ「免許証よし。護身用のスシコラ三つ、よし。飲み物よし。食べ物……俺たちとロイの分、よし」
    「タオル……晴雨兼用カサ、大きめ三本……ロイドの、着替え……、モノ。こっちは、大丈夫。あとは……」
    「車椅子、よし。準備できたね。……それじゃあ、行こうか」

    ロイ。

    「今日は……お出かけ、する。ハイカラ地方の、奥の方に。緑、いっぱいある。コジャケも一緒に行くよ」
    「ワッ」
    「……」
    「ちょうどいい草原とか、花畑を見つけたいなって思ってるんだ。ドライブして、いろんな景色を見ながらさ。電車も考えたけど……ちょっと、他の客がいてうるさそうだからね」
    「……」
    「じゃあ車に乗るから……体、持ち上げるぞ」

     リオがベッドの上に横たわるロイを起き上がらせ、倒れそうになるロイの体をその体で支えて持ち上げ、車椅子に座らせてくれる。車椅子を押して私たちは家の外に出て鍵を締め、ドアを開けておいた車へと向かった。ひとり分のシートと車椅子の収納スペースで贅沢に使った後部座席。このために作られた特注の車だ。
     車椅子におとなしく座っていたロイを優しく抱き上げて、車のシートに座らせた。適切な位置にシートベルトを取り付け、金具に差し込んで固定する。

    「少し時間がかかるけど……ちょっとだけ、待ってて」

     病的な青色に染まったロイのゲソを、優しく撫でた。……返事はない。俯き地面を見つめる、黒と蛍光の緑に変色してしまった眼に魂は宿っていない。
     私たちが守りたかったインクリングは、もういない。

     私が救いたかった「ロイド」は、もう、この世のどこにもいない。

    ‪☆‪☆★‪☆

     ────事の発端は数ヶ月前に遡る。

     なんてことはない、いつも通りの日々を送っていた。

     同じような時間がこれからも流れていくんだと、思っていた。

     ……あの日までは。

    『最近、ロイのこと見ないよね』
    『ああ……そういえばそうだな』
    『……』
    『誰も連絡取ってないの?』
    『え? モノは連絡がついてるんじゃないのか?』
    『モノは、知ってると思ってた』
    『だったら「見ない」とは言わないよ、会えてなくても足取りは掴めてるんだからね。……心当たりはない?』
    『ないな……ああ、最近よく「疲れた」って言ってたぞ。どこか落ち着けるところにでも出かけたとか? ロイは元々ジャンク売りで各地を転々としてたらしいし、それくらいの遠出はしそうなものじゃないのか』
    『でも、そういう遠出をするときはちゃんと私たちに言ってくれてたから……』
    『…………あそこ、かな』

     なんの脈絡もなく、ナギが小さい声を上げた。

    『……行かなきゃ』
    『え!?』
    『え、なに? 何急に!? どこにだよ!?』
    『……リオは、バンカラで待ってて。わたしとモノで、行った方がいい』
    『待ってくれ、本当にどういうことォ!?』

     私とナギだけで行くということ。このただならぬ雰囲気。……まさか。
     私たちが行くべき場所は、彼方を見つめるナギの目が物語っていた。



    『……やっぱり、ここなの』

     ハイカラスクエアは深海メトロ、ネル社跡地。

    『どうしてここに?』
    『……勘。なんか、嫌な予感が、して……どういう予感かは、知らないけど』
    『…………』

     ナギの勘は、よく当たる。……こんなときにまで、とは思いたくないけれど。

    『……』
    『とりあえず、探そう……』

     生者が存在しないこの場所に重く澱んでいる、陰気と邪気と狂気を掻き分けて進む。光も届かない深海と、深い青と発光する緑と暗闇だけがあるこの人工的な洞穴に、私とナギの足音だけが響いていた。
     ハイカラスクエアに向かう電車に乗っていたときから臓腑がざわざわと落ち着かなかった。そしてここに着いて、普段なら感じることのない悪寒が、その不吉な予感が決して消えないものになってしまって。

     その後からしばらくのことを、私はよく覚えていない。そんなことは、今までのイカ生でなかったというのに。
     ……それか…………そこで見つけてしまったものが物語る意味とショックが重すぎて、それ以外の全てが吹き飛んでしまったのか。

    『────────』
    『…………』
    『────そん、な』

     ロイはいた。確かにナギの勘通り、ネル社の……「イブクロ消毒場」にいた。

     真っ青に「消毒」された、無惨な姿で。

    『ロイ……あ、はは……ひどいね、そんなところに、閉じ込められて……今、出してあげるから……』
    『……』

     胎児のように小さく縮こめられたロイの体は、透明なガラスケースの中に納められていた。何か……保存液のようなもので満たされているのかもしれない。
     イカタコピアス、コテボレロ・ポジ、シアンビーンズ。いつもと同じフクを身にまとう、青緑色をしたインクリングの標本、だった。

    『ロイ』
    『……』

     ガシャン、と割れたケースから飛び出した中身はやはり液体で。ホルマリン漬けにされていたロイの体は濡れびたしだった。
     名前を呼んだ……返事はない。

    『ねえ、ロイ……ロイド……!』
    『…………』

     近づいて膝をつき、ゆさゆさと体を揺する。……反応はない。
     呼吸はしている、死んでいるわけじゃない。でも動かない。生気をまるで感じないその黒目を閉じることもなく、ただそこに横たわっている。眠っているわけではない、けれどただそこに横たわっている……

    『……はは、は……そんな、そんな悪い冗談……返事して? ね?』
    『………………』
    『ロイお願い、お願いだから返事をして!! こんなのっ、あなたの終わりがこんなのだなんて……!!』
    『モノ』
    『ッ、ぁ……』
    『ロイド、ゲソの色、変。肌も緑……でも元に戻る、よね?』
    『……!!』

     知っている。「こう」なった者の末路を、私はよく知っている。だからこそ受け入れられなかった、ロイがこのことを知っていたなんて、知っていて尚その道を選ぶだなんて、

     これじゃ、これじゃ私はロイを破滅に追いやった張本イカじゃないか。

     ……などとこんな時まで自分のことばかり考える自分が、心底憎たらしい!!

    『……どうすれば』
    『……?』
    『……どう、すれば、』

     どうすればいい。
     どうすればよかった?
     どうしてこうなった?

     なにもわからない。
     私は、この「ロイだったもの」をどうしてあげたいのか。

     ……生きた屍。肉体が辛うじて生きているだけの、死んだイカ。心と魂は喪われ、損なわれ、その記憶が戻ってくることはなくて。それなのに、それでも、体は生きている。
     まだ、生きている。

     いいのか。生死の選択、本来委ねられるべきイカはもういない、ロイには身寄りもいない。だからと言って、私たちが決めていいとは思えない。……けれど、こんなゾンビのような状態で生かし続けるなんて、それこそロイドというインクリングの生命を冒涜するようなものじゃないのか。

     罪。私が過ちを重ねた末に迎えた、ロイのイカ生の果て。
     なら、今私の脳裏に浮かんでいるそれは贖罪か、醜く愚かな悪足掻きなのか。

     なら、私たちはロイを殺すべきなのか?
     殺そうとした「その瞬間」に私の覚悟が揺らぐことはないのか。
     私はロイを殺せるのか?
     私は、ロイを殺すのか。

     一度ならず二度までも!!

    『────じゃあ、ナギ。帰るよ』
    『……?』
    『どうしたの? 変な顔して。
     ロイは見つかったんだから、早く家に帰ろう』
    『……モ、ノ?』
    『今の別居状態じゃダメだ、借家は全部返して要らない家と土地は売って金が稼げる最低限の仕事以外は全部辞めて……新しい土地代と家の建築費、建築士に払うデザイン依頼費、他にも……ああ、リオにも会いに行かないと……』

     山のように積み上がった「やるべき事」を整理する。……今すぐできるのは、…………リオにロイを会わせる、こと。

    『……行かなきゃ』



    『────は?』
    『……ロイが、死んだ』
    『…………いや……いや、なんだよ、それ。死んだって、』
    『「消毒」……ロイの自我と記憶を、ロイが自ら消した。魂の死だ。体は生きていても、もう心は残っていない』
    『わっかんないよ! 消毒だとか精神の死だとか言われても!俺何一つわかんないよォ!!
     心が死んで空っぽなのに体は生きてるって、それってただの自殺と何が違うんだよ!! 消毒ってなんだよ、なんでそれでロイが死ぬんだ!? それじゃまるでロイが毒扱いじゃないか! じゃあなにか!? ロイは自分で自分を「存在するべきじゃない異物」扱いしたのか!?
     そんなの、そんなのってないよ!! 毒は「アイツ」の方で!! アイツのせいでロイが苦しめられてたのに!!
     なんでロイが消えなきゃいけなかったんだよ!!』
    『ッ……』
    『う、ん……本当に……本当に、リオの言う通り、だよ』

     「消えるべき毒」は、絶対にロイではない、と。
     私たちはそう信じていたし、今でも信じている。それはロイにとっても揺るがない真実であると思っていた。

     ロイにとっては、そうではなかった。

    『……これ』
    『これ、は、』
    『ロイが書いた、遺書。……ロイの家に、あった』
    『……それじゃあ本当に、事故でも、事件でも、なくて……ッ、ほん、とうに、ロイは、「そのつもり」で……!』
    『そう、みたい……』
    『……』

     ……遺書を見つけたとき。つまり、地上に戻ってきてロイの家にたどり着いたときのこと。
     鍵をこじ開けて入ったロイの部屋は、そら恐ろしいほどに綺麗にされていた。どこもかしこも丁寧に掃除され、物は片付けられ。ここに戻ってくるつもりはない、という遺志がひしひしと感じられる不気味な綺麗さ。発つトビウオ後を濁さずとはこういうことなのかと、真っ白な頭の中でどうでもいいことばかりを考え。
     コジャケ君は、厳重に施錠された巨大なケージの中に大切にしまわれていて。その中におよそ一ヶ月分はあろうかという食料が入れられていた。……食べ物がなくなれば、それでもこのケージを壊して自由になるだろうということ、だろう。

    『……リオ』
    『っ、ぐすッ…………なん、だ』

     鼻声になってきているリオに、言った。

    『今、無理に読む必要はない……と、思う。私たちも、読んでない。……読めない。こんなぐちゃぐちゃな気持ちのままで……今際の際に立ったロイが遺した感情を、受け止めきれる自信が……ない』
    『……それは、俺も同じだ、けど』
    『だから』

     しかと前を向いた私は、ナギとリオの目を見据えて口を開く。

    『それまで……覚悟ができるまで、それは読まずにいよう。けどできる限り早く、読めるようになりたい』
    『どうやって』
    『ロイと生きる』
    『は、』
    『これから先、私の全てをロイに捧げる。稼いだおカネも、作った時間も、心も体も、なにもかも……ロイを生かすためだけに使う』

     信じられないようなものを見る目をするリオ。はくはくと口を空回りさせて、ようやっと言葉を紡ぎ出した。

    『生かすって』
    『……』
    『生かすって、どういうことだよ。……ロイは死んだんだろ!? そこに横たわってるのは……横たえられてるものはロイ「だった肉体」ってことだろ!? もうロイはいないのに生かすだなんてそんなこと』
    『何言ってるの、リオ。
     ロイは生きてるよ?』
    『…………は? ……っぇ、あ、え?』
    『体だけはまだ生きてる、それはそう。そして、ロイの思い出が私たちの中でまだ生きてる。私たちが死ぬまで永遠にロイのことを忘れずにいればロイはまだこの世界に存在できる、消えずに済む、ロイっていうイカの存在をこの世に繋ぎ留められるのは私たちだけなんだよ!!
     けどそれは私たちの頭の中だけの話で、他の連中にはわからないこと……だから、体も生かす。体だけになっても生かすの。中身はもう、なくても……リオの言う通り、ロイ「だった肉体」でしかないけど……それがロイのものだった事実は変わらないでしょう? だったら、この世に遺された最後の「ロイのもの」を失うわけにはいかない。それじゃ本当にロイが消えてなくなっちゃう、そんなの許せない、許されない、絶対、絶対に認めない……!!』
    『モノ……お前……』
    『ナギとリオはどうしたい? ……私は、ふたりの意思を尊重する。無理に引き止めることはしないよ。
     私は、私ひとりでもロイを介護していくから』

     話は、そこでお開きになって。ロイのことはどうするのかと聞かれ、とりあえずは私の部屋に連れて帰ると伝えると、ナギもリオも何とはなしに私に着いてきた。
     だから、他者を上げても良くてそこそこ広い拠点を選んで部屋に帰った。ロイをベッドに寝かせて、そこからはロイを生かすためにできるようにならなければならないことを明確にしていった。

     ロイに食べ物を「食べさせる」こと。水分を「飲ませる」こと。「排泄させる」こと。
     ロイの体を「清潔に」、できる限り「健康に保つ」こと。
     ロイを「眠らせる」こと。
     それら全てを、

    『私がやらなきゃ』
    『おいおい、なーに勝手にひとりで背負い込もうとしてるんだ?
     ここに! 俺たちが! いるだろ!』
    『水臭いこと、言わないで。……わたしたちも、やる。ロイと一緒に、暮らす』
    『……ふたりとも』

     私たち自身がまず生きていかなければならない。その上で、ロイの生命維持活動に注力する必要がある。きっと、いや絶対に、今想像している以上に過酷になる……まだ今のロイに何ができて何ができないのか、わからないけど。

    『支え合って生きていこう……私たち、四匹で』

    ☆★‪☆‪☆

    「〜〜〜、〜〜♩ 〜〜〜〜……」
    「お……それ、ロイがよく歌ってたやつ」
    「ニンゲンの歌、ってやつ……? いくつか、あったよね」
    「そうそう……途中でインクリング語が混じってさ。確か『邱ゥ陦晄攝』って音の後に」

    食べて
    すぐ寝て
    ウシニナル

    起きて
    また寝て

    「「「『ヒトでなし?』」」」

    ……ぷっ。

    「あはは、皆して覚えてるんだね」
    「そりゃあ何度も聞いたことがあるもんな」
    「ヒトじゃなくてインクリング、だから……ほんとに言葉通り、だね」
    「本当に。でもそこ以外はヒト語で歌ってたから、やっぱりどういう意味の言葉なのかわからなかった」
    「モノ、ロイが歌うたびにヒト語の研究、してたんだよ」
    「おいおいマジか。すごい研究熱心だな!」
    「最初はもちろん驚いたし、少しだけ怖かったけどね。……ロイがその歌を通して何を謳っているのか、知りたかったから……」



    『譁縺ィ荳肴晁ュー縺瑚ц謇薙▽蝗槫サ、騾乗縺ェ諤ェ迚ゥ縺ォ闃ア譚溘r────譏溘r鬟イ縺ソ霎シ繧薙〒!』
    『っ……』
    『ロ、ロイ……』
    『螟「縺ョ豈貞瑞縺丞屓蟒、蜀咲函縺ョ逾晉・ュ縺後■縺弱l繧九∪縺ァ────螟ゥ蝗ス繧帝騾吶≧螟懊↓……!!』

    『「皆そこに見つけた」』
    『ッ!?』
    『「そう 奇跡の声を辿ればそこにあった」』
    『なにを、』
    『「皆そこに見つけた そう 奇跡の声を辿ればそこにあった」
    「皆そこに見つけた そう 奇跡の声を辿ればそこにあった」
    「皆そこに見つけた そう 奇跡の声を辿れば────譁縺ィ荳肴晁ュー縺瑚ц謇薙▽蝗槫サ、騾乗縺ェ諤ェ迚ゥ縺ォ闃ア譚溘r────譏溘r鬟イ縺ソ霎シ繧薙〒……』



    「なんてことも、あったっけ」
    「……もう、ロイの口からは聞けないけどな」
    「うん。今となっては懐かしい、かも」

     助手席と後部座席に座るナギとリオが、ちらとロイを振り返る仕草を見せる。俺は歌ってるロイ結構好きだったぞ、と声をかけていた。

    「……ん、そろそろ中継地点のサービスエリアだ。降りる準備をしておいて」
    「わかった」

     そう言ったナギは運転席と助手席の間に置いてあった付け外し式の幌を取り出す。そしてそれを後部座席のリオに手渡した。
     ロイは、起きている時間のほとんどを車椅子の上で過ごす。それは家の中であっても家の外でも同じだ。けど家の外にいるのは、ロイの事情を知らないイカタコなわけで。何の対策もせずに外へ連れ出してしまえば、インクリングとしては異質な姿をしているロイが注目を集めてしまうのは必然だった。
     だからこそのこの幌だ。イカタコ目の多い場所ではできる限り露出を減らすことで、奇異の視線を少しでも減らそう、という。別にロイが外に出して恥ずかしいものだとかそんな風に思ったことは一度もないけれど、それでも他者の目や考え方は残酷なもの。降りかかる火の粉は振り払わねばならないし、その火の粉がかかってくる前に消火しておけばいい、という話である。なんなら日中疲れたロイが車椅子の上で昼寝をすることもあるから、いい日除けにもなるというわけ。

    「よし、到着。トイレと軽食休憩にしよう」
    「おー……おああ、体バッキバキだ……」
    「軽く伸びもしておきな」

     ドアを開けると、都会から離れた少し綺麗な空気が入ってくる。幌を取り付けた車椅子にロイを乗せ、山奥のサービスエリアへと繰り出していった。





     ……なだらかな丘に、一面の緑と色とりどりの花が咲く。チチチチ、とたまに鳥たちが鳴いては、そこにそよそよと吹く風で草花が揺れて、なんとも牧歌的な風景を作り出していた。

    「いい天気」
    「そうだね。ピクニックには持ってこいの日だ」
    「こんな場所がバンカラにもあったなんてな。ロイもそう思うだろ?」
    「……」
    「お昼にちょうどいい時間だし、すぐにお弁当を出そうって思ってたけど……少しだけこのままでも、いいかもね」
    「ん……ちょっと、ぼーっとしたい……」
    「俺も賛成だ。ロイはどうする? このまま車椅子に座っててもらうか?」
    「うーん……」

     ロイの様子を見てみた。……うん。別に異常はなさそうだし……心做しか、気のせいかもだけど、穏やかな顔つきにも見える。

    「少し、降ろしてあげようか」
    「わかった……よい、しょ。でも、ひとりじゃ起きてられないよね」

     車椅子から降ろしてくれたナギから渡されたロイを受けとめる。……確かにロイは、腰が据わっていなくて自分一匹では起き上がっていられない。……でも。

    「これならどう?」
    「……おお……」
    「……モノがそれでいいなら」

     ロイの体をゆっくり倒して仰向けに。そして頭を私の膝の上に乗せて、直射日光が目に入らないよう横向きにしてあげた。長くこの体勢にすることはできないけど、普段とは違う体勢になれるからいい運動にもなるはず。

    「……久しぶりに、こういうところに来たけど。外は気持ちがいいね、ロイ」
    「……」
    「家の庭も、こんな場所を用意できたら良かったんだけど」

     脚元に垂れたロイのゲソをすくい上げて、優しく撫でる。たまに軽く揉んでみたりもする……身動きが少ないせいでゲソが凝り固まっていないか、体調管理も兼ねてのゲソシップだ。
     草原をそよぐ風の音の中、かすかに聞こえてくるロイの呼気。

    「……、…………、────」
    「あ……」
    「ロイド、寝た」
    「心地よかったのかもな……ふああ。ロイの寝顔見てたら……なんか俺も眠くなってきた…………」
    「……私たちも……ちょっと、休もうか────」

     そろそろとロイを膝から降ろして寝転がる。そのままロイを胸の中で抱き締め、……静かに、目を閉じた。

    ★☆☆☆

    「……」

     火を通した魚肉を小さくカットして、既にレタスやトマトが盛りつけられている器に盛りつけた。後は湯気を立てる鍋から、トロリと溶けたご飯を……お粥をよそう。刻んだ薬味を乗せて……よし、完成。
     アイランドキッチンに出来上がった夕食の皿を置いて横に滑らせ、小窓の前に設置されたトレーの上に置く。準備ができたところで、キッチンを出て大きいスライドドアの前まで回り込んだ。

    「ご飯できたよ」
    「ヒョオッわァッッッ!?」
    「? どうしたのリオ」
    「いやッ、いや……! ……いや、なんでも、ない……」

     部屋に入るとものすごい勢いで飛び上がったリオ。……変なこともあったものだ。

    「リオの方は?」
    「あ、ああ……大丈夫だ、問題ない。
     全身、お湯拭きも乾拭きも終わってるぞ。……フクはまだ着せてないけど」
    「大丈夫、まだこっちも準備があるし。今のうちに寝間着を着せてあげて」
    「わかった」

     着替えを手にしたリオが、リクライニングしたベッドに凭れたまま裸でいるロイに触れたのを見て、私は小窓の方へ向かう。これもまたスライド式になっている窓を開け、壁を隔てて目の前にあるトレーを部屋の中に引き込む。トレーをカウンターに移して小窓を閉じ、……サラダボウルから何種類かの野菜と魚肉を掬いあげ、口に含んだ。

    「……入るよ」
    「ん」
    「わたしたちの分の夕食……持ってきた。……準備は?」
    「……」
    「俺はあと少しで着せ終わるぞ」
    「わかった。とりあえずテーブルに置いたら、待ってる」

     咀嚼したまま皿を指差して見せるとナギは頷いて、ロイのベッドの横にあるテーブルに食事を用意し始めた。

    「……よし。モノ、こっちは終わった」
    「ん」
    「ロイ。ロイー……あーん、してくれ。俺のここ、見るんだ。ほら、あーん」

     ぼんやりとリオを見つめるロイ。たっぷり数十秒くらいは経った後にロイはその口をゆっくり、小さく開いたので、近づいて口を寄せる。

    「ん……」
    「……」

     ちゅ、と優しく口付け、しっかり噛んで柔らかくした魚肉と野菜を舌に乗せて押し込んだ。闇色の瞳に見つめられながらゆっくり、ゆっくりとロイの口の中に食べ物を移していく。三分の一くらいが入ったところでロイの顎を持ち上げ、さらに喉の奥へと押し込んだ。……すると。

     、くん。

    「……ロイド、口の中のもの、飲んだ」
    「…………ぷは。どうかなロイ、美味しい?」

     なんとか生理現象を起こすことができたので一言聞いてみる。いつも通り、返事はない。けれど聞かずにはいられない。
     そして間を開けず、私が口移ししていた間に魚肉サラダを咀嚼していたリオがロイに口付け、二口目を食べさせる。そしてその間にナギが魚肉サラダを口に運び、私は自分の食事に少し手を出し。たまに、グラスに注いだ水をこれまた口移しで飲ませたり。
     ……と、このサイクルを繰り返すこと一時間ほど。

    「ごちそうさまでした」
    「お粗末さまでした。ロイも、全部食べてくれてありがとうね」
    「……」

     じゃあ俺たちは食器を片付けてくる、と言ってロイの部屋を出ていったナギとリオに後片付けを任せて、私はロイのケアを始めた。
     インク分が減りがちな部位にインクローションを塗って、上からクリームで蓋をする。ゲソは……特に問題はない、か。やっぱり手は乾きやすいな。ロイの手、こんなに小さく見えたっけ。……元はと言えば、私のせいで。
     クリームを揉み込んでいた手は、いつの間にかロイの手を握る手になっていた。

    「ロイ」

     両手に包み込んだその手をこの額に押し当てて目を閉じた。……そっと見上げたロイは、やっぱり、虚ろな顔のままで。別に、期待していたわけじゃないけれど。こんな末路に追い込んだ私の罪深さが余計に浮き彫りになって、また、俯いた。

    「……本当に、ごめんね……」



    ……チチッ、チチチッ。

    「……おはよう」
    「…………」
    「ロイ……おはよう」
    「…………、……」
    「よく眠れた?」
    「……」

     いつものように朝の挨拶をして、カーテンを開けて、ロイの寝間着を脱がせる。インナーだけになったところで顔を拭いてあげて、コテボレロ・ポジやレギンスを……いつもと同じフクを着せ、ゲソを結んだ。うん、やっぱりロイはこの格好が一番似合う。……この姿でタコゾネスプロテクターを身につけているロイなんて、想像もしたくない。

    「朝食にしよう。車椅子の用意をするから、待っててね」
    「……」

     車椅子を開いてロック。座面にクッションを敷いて、ロイがしばらく座っていても疲れないように。

    「よし。じゃあ座ろうか」

     ベッドのリクライニングを起こす。車椅子をベッドの横につけたら、ロイの背中と脚とベッドの間に腕を差し入れ、軽く持ち上げて……よし、ちゃんと車椅子に乗せられた。

    「……今日は少しだけ肌寒いんだったかな……秋口に入ってきたし、ちょっとブランケットを、」
    「ぅ……」

     ……今、声が、

    ガシャン!!

    「!?」
    「ぁ、ぅ、」
    「……ロイ」

     声がするはずのない方向から聞こえた声と何かの大きい音に勢いよく振り向く、と。
     果たしてそこには、自らの力で車椅子から降り……もとい、転げ落ち……床に倒れ伏したロイの姿があった。そのまま腕で踏ん張って体を起こそうとしては、ずず、ずり、ず、と僅かながら身じろぎしている。ありえない、信じられない、でも、でも本当にロイが、動いて……!

    「う……ぅうー……」
    「ロ、ロイ……! 動けるの……!?」

     たったの数ヶ月でひどく痩せ細ったその腕で体を引きずろうとするロイの体を支える。ど、どうしよう、ロイは何をしたいんだろう。自意識は……やっぱり、なさそうだ、けど……とりあえず、ナギとリオを呼ばないと……!

    「ナ、ナギ、リオ……!」
    「た」
    「……た? どうしたの、ロイ」
    「……た、……う」

    ドカッ!!

    「ッ、あ゙……!?」
    「……かく、にん」

     次の瞬間に私は、背中に感じた痛みとともに床に叩きつけられていた。
     その無感情な瞳に爛々と敵意を光らせる、ロイによって。

    「────タイショウヲ、カクニン……」

    ググッ……

    「ぎッ……」
    「シマツセヨ」
    「……!!」

    対象を確認。始末せよ。

     何度も何度も聞いた言葉。
     ロイの口から一番聞きたくなかった言葉。

    ギギ。ギリ、ギチッ……

    「コウゲキタイショウ……インクリング、イッピキ……ブソウ、ナシ……」
    「ッ、あ……か、は……!」

     首が絞められていく。喉が痛い、肺が苦しい、息が、酸素、が、足りな、

    [これが相応の罰じゃないか]

    「……」

     ロイの手を掴んでいた手がぱたりと滑り落ちた。

     そ、か、
     これが、私の、

    「モノ!!」
    「モノッ!!」

    ドッ!

    「ギイッ」
    「だいじょうぶ!?」
    「ロイが動いて……!? いやモノのこと襲ってたよな!? ならロイを止めるのが先だ! ナギ、モノを守ってくれ!!」
    「わかって、る……!」

     解放されて必死に空気を吸う私を誰かが起こしてくれた。車椅子が倒れた音なのか私が襲われた音なのか、異変を察知して部屋に突入してきたナギとリオがロイを突き飛ばした、らしい。

    「ッ、インクリングイッピキ、オクトリングイッピキ……!」

    ハイジョセヨ!!

     加勢が来たにも関わらず「命令」を忠実に守ろうとするロイは、まず仕留めかけた私を殺そうとその魔の手を伸ばす……が。

    「そうは問屋が卸しませんよと!!」
    「ギャッ!?」

     またしてもリオがロイの行く手を阻んだ。私に気を取られていた隙にロイを押し倒し、手首を床に押しつけて抑える。

    「インクリングが一匹なんてさあ、種族で引っ括めて呼ばれたら悲しいだろ!? せっかく、せっかく動いてくれたと思ったのに!!
     頼むから……頼むから、俺のことまたリオって呼んでくれよ、なあ……!!」

     さらには上から乗り上げられて完全に動きを封じられ、もがいているロイ。……けれど、なぜだろう。リオの方がもっと、辛そうな顔をしていた。

    「耐えてくれロイ、頼む、頑張れ、頑張ってくれ……! なんで動いてんのかもわかんない、けど! ……消毒なんかに負けるなよ!!」
    「ッ、ウゥッ、ゥウウウウ!!」

     カラストンビを噛み締めてゲソを振り乱し、拘束から逃れようと必死に身を捩る……けれども、ついに。

    「止まれ、止まれッ、止まれ! 止まってくれ、ロイッ……!!」
    「ゥ、ア……ぁ……、…………」

     力尽きたのか……ぐったりと全身から力が抜け落ちて、眠るように意識を失った。

    「……」
    「ハアッ、ハアッ、ッぁあ……!! 止まっ、た、か……!?」
    「……みたい」

     肩を上下させているリオは、恐る恐るロイに触れた。……反応はない。といっても、それは気絶しているから……だろうけど。

    「……」
    「……」
    「……」
    「…………なあ」
    「……なに?」

     重々しくリオが口を開く。私も軽々には言葉を発せない。
     ……ただならぬ怒気、だ。

    「あれ、なんだよ」
    「……」
    「『消毒』のことは、ロイを見つけたあの後にまたちゃんと聞かせてもらった。だからわかる。
     けどアレはなんだ。あんなの、俺は聞いてない」
    「……」
    「俺は!! 聞いてない!! ロイに襲われるだなんて!! ロイが俺たちを襲ってくるだなんて聞いてない!! そんなこと、消毒のこと説明したときに言ってないだろ!!」

     ……リオの怒りは尤もだ。できる限り伏せようとは思っていたけれど、ここが潮時なのかもしれない。いや、伏せようとしたことが間違いだったのか。

    「ごめん。もうちょっと、ちゃんと説明するべきだった。……このことは、私よりナギがずっとよく知ってる」
    「……消毒は、自我と記憶を奪うもの。これは、リオももうわかってると、思う」
    「……ああ」
    「じゃあ、誰が、なんのために消毒するのか。それが、今ロイドが襲ってきた、理由」

     と、ここまで言ったところでリオは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。……盲点、といったところだろうか。

    「考えたこともなかった」
    「……まあ、消毒そのものが、ショッキングなものだし……結構」
    「それで? その『理由』っていうのは」
    「ロイドを見つけた場所……『ネル社』っていう組織、なんだけど。そいつらが、タコを……タコトルーパーと、タコゾネスのことだけど……を、思い通りに操るため。
     消毒されたタコは、実験施設の一部として、ネル社の駅に配置される……それで、たぶんだけど……その駅に入ってきた実験台を、『始末』するように命令されてる。わたしもたくさんのタコに攻撃された。もしかしたら、消毒されるときに……ネル社に従うようにされたのかも、しれない。わからないけど……」
    「……」
    「もしネル社が健在のまま、ロイドが消毒されてたら……きっと、他のタコと同じみたいに、どこかの駅に配置されてた。命令されたことだけを守る、ネル社のコマに、なってた。もうネル社の実体がない……親玉がいないから、空っぽになっちゃっただけ、だと思う。
     ……だからロイドは、わたしたちを襲った」

    『対象を確認』。
    『始末せよ』。

    「……」
    「でも、正直……なんで普段、ああいうふうにずっと静かなのかは、わからない」
    「……じゃあ、なにか。いつもじゃないにしても、ロイは……俺たちのことを敵だって思ってるのか。今いもしない場所に入ってきた侵入者として」
    「……そういうことに、なる」
    「ロイは……そうなることを知ってて、」
    「わからない。でも……『自我が消える』ことだけを求めて、消毒を受けたんだと、思う。だって、ロイドは優しいから」
    「ッ、だったら……!!」

     そこまで言ったリオは、ハッとして口を噤んだ。顔を覆った、苦悶と葛藤の表情。

    「……悪い。しばらく……ひとりにしてくれ。説明してくれたのは、…………ありがとう」
    「……うん」

     ふらふらと立ち上がったリオ。おぼつかない足取りで、ロイの寝室から出ていった。……部屋の前に朝食を持って行こう。普段通りならばロイもダイニングに連れて行くところだけれど、気絶してしまって目を覚ます素振りを見せない。ご飯は……後で起きたらでいいだろうか。

    「ナギ」
    「……ん」
    「朝食にしよう」
    「……うん」

     再びベッドに横たえたロイにしっかり布団をかけたことを確認して部屋を出る。
     レースのカーテンの影が落ちた部屋のドアが、静かに閉められた。



    「……」
    「……」
    「……起きないな」

     朝ごはんが終わって、モノは洗い物。ついでにリオの様子も見に行くらしい。手持ち無沙汰なわたしは、ロイドの部屋に戻って、眠っているロイドのことをじっと見つめていた。

    「ロイド? もう朝だよ。……さっき一度起きてる、けど。いい加減、起きたら。朝ごはん食べないと、元気出ないし……ごはんも冷める、し」
    「……」
    「早く起きないと……ロイドのごはん、わたしが食べちゃうから。いいの?」
    「……」
    「……むう」

     起きない。ごはんで釣ろうと思ったけど無理だったみたい。困った、やることがない……

    「……」
    「……」
    「……昨日のお出かけ。ロイドはどう、だった。楽しかった?」

     なんだかいたたまれなくて黙っていたら、ふと昨日のことを思い出した。本当なら、ごはんが終わってしばらくした頃にリビングに四匹集まって、前の日のことを話したりする。でも、今朝は……たぶんできない、から。

    「出かけるの、久しぶりだったんだ。生活がだいぶ、落ち着いてきたから……わたしたちも、ロイドも、そろそろ気分転換したいね、って」
    「……」
    「わたしは、街で食いだおれとかでも、よかったんだけど……それだと、ロイドが楽しめない、って。だから、たくさんお弁当作ってもらった」
    「……」
    「……でも、いつかはロイドも連れて、街中に出ていかなきゃ、だよね? いつまでも、避けてはいられない、し……」
    「……」
    「ロイドがいないと……、ん……? いないわけじゃ、ないか……でも……んー……」

     なんて言えばいいんだろう。死んでるわけじゃないし、でもここにいるのはロイドじゃない。というより、誰もいない、し。……まあ、そんなのはなんでもいいか。大切なのは、そこじゃなくて。
     バトルに行っても、なんだか胸にぽっかり穴が空いたみたいにつまらない。もし楽しくなっても、「でも、ロイドとはやれない」って、思っちゃう。やりはしなかったけど、わたしがナワバトラーをやりに行くのに付き合ってくれた。……最近は、そのナワバトラーにも行ってないけど。

    「ロイドがいないと、楽しくない」

     ぽつり、と呟いた。
     ロイドと過ごした時間は確かに、わたしの心の中になにかを芽吹かせていた。





    『────なあロイ、セルフィーって知ってるか』
    『セルフィー? 自撮りのことだろ?』
    『そうそう、さすがロイ』
    『……やらないぞ』
    『えっ』
    『自撮りはしない。そもそも僕は写真に撮られるのが好きじゃないんだ』
    『えー、撮ったっていいだろー?』
    『嫌なものは嫌だ。写真映りが悪い……要はどんな顔すればいいのかわからないし』
    『そんなの、笑えばいいんだよ』
    『でも』
    『強情っ張りだな……じゃあこうしよう。今日一日俺たちで楽しく遊んで、記念に一枚撮るっていうのはさ』
    『遊ぶのはいいけど……記念?』
    『そう。この日の出来事をさ、記録するんだ。動画……は無理かもだけど。写真撮って裏に日付を書いておけば、「ああ、この日にロイと遊んだんだよな」っていつでも思い出せるだろ?』
    『ああ、そういうことか』
    『な、いいだろ?』
    『……わかったよ。別れ際でも遊んでる途中でも、どこかで撮ろう』
    『決まり! 絶対だからな』
    『約束したんだ。一枚は必ず、な』
    『よーし! そうと決まれば善は急げだ! どっち行こうか、バトル? バイト?』
    『そうだな、じゃあ────』



    『っああ〜、疲れた……』
    『でも、楽しかった』
    『……ああ。そうだな』
    『よし。そ、ん、な、わ、け、でー』
    『……あ』
    『写真撮影ターイム! 自撮りするぞ、ロイ!!』
    『そうだった、撮るか……どうするんだ?』
    『イカホのカメラをインカメにして……で、こうやって構えるんだ』
    『なるほどな』
    『じゃあ撮るぞー』
    『え、ちょっ……待ってくれよ、そんな急に、』
    『はい、チー、ズ!』
    『あ……!』

    パシャ!

    『撮れたな、じゃあカメラロール開いてっと……』
    『おい! あんな急に撮ることないだろ、構えられなかったじゃないか!』
    『まあまあ。自然体で撮るのがいいんだ……お、これだ。ほら!』
    『……なんか気が抜けた顔してるな』
    『けどちゃんとカメラ目線してるし大丈夫大丈夫。後でロイのイカホにも送っとくから』
    『はあ……はは、まあいいや。そうしておいてく』

    パシャ。

    『れ……』
    『ロイの自然体の笑顔とのツーショはいただいた! よし、じゃあこれは待ち受けにしておこう』
    『……』
    『……』
    『…………』
    『……あ、あの』
    『…………ろ』
    『は、はひ』
    『その壁紙を今すぐ変えろおおおぉぉぉ!!!』
    『うわあああぁぁぁッ!? や、やだねーっ!!』



    「…………」
    「……」

     緩やかに浮上してきた意識。むくりと起き上がると、目の前にはやっぱりゲソも体も青ざめたロイがいる。

    「おはよう、ロイ。本当なら……おはようを言われるのは、俺の方だけど……」

     ……いい夢だった。夢だとわかってしまっていたから目が覚めた。在りし日のロイの姿。生き生きと動く、……生きていた頃のロイの姿。

    「……」

     おもむろにポケットからイカホを取り出してロックを解除する。ズームアウトしてくるアプリの群れと、そして。

    「結局……あの日のあの二枚しか……ロイの写真、撮れなかったな……」

     そう、あの日以降二度とロイの写真を撮ることはできなかった。気づかれないようにこっそりみたいな手もあったのかもしれないけど、盗撮まがいでなんだか嫌だし……それにこんなことになるなんて思ってもみなかったから、積極的に撮ろうともしていなかった。

    「……自撮りするって約束してから、たくさんバトルしたよな。使いたいブキ使って……たくさん負けたけど、たくさん勝って、楽しくて……俺……俺は、それだけでよかったのに……!」

     そんな油断が、そんな慢心がこんな事態を招くだなんて思っていなかった。

    「ロイ、なんで……なんでだよ……!! 何がダメだったんだよ!?
     …………俺たちは、お前に何もしてやれなかったってこと、なのか……?」

     ロイドは優しいから、とナギは言った。そうだ、ロイは優しい。気が進まないことを一緒にしてくれた、そういうイカだった。ロイと自撮りしたいという俺のわがままを、俺の気持ちを優先してくれた。だから、

    『だったら俺たちがどう思うかわかってるくせに自殺なんてするわけがない』
    なんて。

    「俺……最低だ……」

     そう口にしかけた、自己中心的な俺が許せなかった。
     ロイは「そんなこと」すら考えられなくなるほどの苦しみと絶望の中にいたんだと、そんなことくらい考えればすぐわかる話なのに。この結末を招いたのは、ロイの恐怖や死への渇望を癒すどころかそれに気づくことすらできなかった俺たちのせいなのに。

    「なあ、ロイ」

     未練がましく目の前の友達の手を握った。ロイが昏睡状態のままずっと目を覚まさなかったあの頃を思い出して、なんだかずしりと胃が重い。

    「最低な俺だけど……お前のために俺ができること、まだあるのかな」

     返ってくるはずもない音を期待して話しかけて、ささやかな希望が打ち砕かれるこの瞬間が嫌いで、それでも自傷行為のようなそれをやめられなくて。

    「返事……してくれよお……」

     結局無言に耐えられなくて、ロイが生きていることを教えてくれる唯一の証に覆い被さるように、ロイと触れ合う。
     彼が後生大切にしていたコテボレロの黒色が、少しだけ深く染まった。

















    「……」
    「アタシとハチならどんなステージも楽勝だな!」
    「……うん。そうだね」
    「お? ハチにしちゃ珍しくヤル気じゃねーか!」
    「そうですね、とても頼もしいです〜!」
    「ま、ガンバレ」

     秩序の塔、何度目かの10階。カラーチップで強化してもその分の物量で押してくるのにそれに対してあまりに低すぎる防御力。アンダンテの一突きで死にかけるのがあまりに理不尽すぎるしカプリチョーソは死ぬといい。
     ……とにかく、まだやりようが掴めてないせいで1/3まで辿り着くのも安定しない。こんなんじゃダメだ、もっとスケルトーンの生態を理解してもっと動きの無駄を無くさないことには。

    ピーン。

    「……行ってくる」
    「センパイ、ハチさんをお願いします!」
    「ハチも、ヒメのことは頼んだヨ」
    「任せろ!」
    「うん」

     突入したのは「増殖し共鳴する」フロア。

     フィギュアのパーツを思わせる意匠の階に現れるのはたくさんのダミイカモドキと、それらを率いる……命の温かみを感じさせないカメンを付けた、アシメのイカモドキ。

    「わたしは……こんなところでモタモタしてる場合じゃ、ないの……!!」

     倒さなければ。スケルトーンも、胸が痛むゲソ型をしたイカイノカノンも、ゴロゴロマルチャーレも、カイセンロンドも、この塔の中にいる全てを薙ぎ払って、オーダコを倒す。この塔を元に戻す。
     例えそれがわたしの……わたしたちのエゴだと、後で誹られてもいいから。

    「絶対に助けるから」

     ドォン!! とウルトラチャクチでステージに降り立ったイカイノカノンに、わたしは鬼気迫って飛びかかった。

    「…………ロイド」

     もう一度、あなたに会えるなら。
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    イロドリ

    DONEロイ君とよその子さんたちが訳ありで同居している話。スプラ2のオクト・エキスパンション、スプラ3のサイド・オーダーのネタバレあり。
     よその子さんのキャラシは追ってツイします(本人方より許可をいただいています)。

    ナギ・モノ……寝っ子さんの自機。順にタコ・イカのガール。
    リオ……ごなまさんの自機。ハイカラスクエアから来たイカボーイ。
    ジェヘナ「免許証よし。護身用のスシコラ三つ、よし。飲み物よし。食べ物……俺たちとロイの分、よし」
    「タオル……晴雨兼用カサ、大きめ三本……ロイドの、着替え……、モノ。こっちは、大丈夫。あとは……」
    「車椅子、よし。準備できたね。……それじゃあ、行こうか」

    ロイ。

    「今日は……お出かけ、する。ハイカラ地方の、奥の方に。緑、いっぱいある。コジャケも一緒に行くよ」
    「ワッ」
    「……」
    「ちょうどいい草原とか、花畑を見つけたいなって思ってるんだ。ドライブして、いろんな景色を見ながらさ。電車も考えたけど……ちょっと、他の客がいてうるさそうだからね」
    「……」
    「じゃあ車に乗るから……体、持ち上げるぞ」

     リオがベッドの上に横たわるロイを起き上がらせ、倒れそうになるロイの体をその体で支えて持ち上げ、車椅子に座らせてくれる。車椅子を押して私たちは家の外に出て鍵を締め、ドアを開けておいた車へと向かった。ひとり分のシートと車椅子の収納スペースで贅沢に使った後部座席。このために作られた特注の車だ。
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