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    MIlktea2_1

    @MIlktea2_1

    みるくティーです

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    MIlktea2_1

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    極狼×超能力のカラおそです。なんちゃって広島弁と不定期更新はご了承ください。何話か書いたらまとめて支部へアップします。

    邪眼の鬼 思えば、おそ松はずっと他人と違うものが視えていた。

     未だに鮮明に覚えている記憶。夕暮れ時、近所の公園から帰路につく途中の出来事だった。その場には何故か他の弟がおらず、オレとおそ松の二人だけ。他愛のない会話をしながら、十字路に差し掛かったところで、おそ松の足が止まった。
    「カラ松。今日はこっちから去のう」
     いつもならここで右に曲がっていた。しかし、おそ松が指差す方向は、十字路の正面だった。真っ直ぐ進んでも家に帰れないことはないが、右に曲がるときより大回りになる。オレは意味がわからず首を傾げた。
    「こっちの方が近道じゃあ、おそ松。なしてそがぁな遠回りせにゃあいかんの?」
    「いいから……カラ松」
    「……しゃあなぁのう」
     おそ松の強い圧を受け、オレは仕方なくおそ松に従って遠回りの道を選んだ。翌日――近所で道路に工事中の鉄骨が落下する事故が起きた。オレたちが通ろうとした道と時間帯だった。
     朝のニュースでそれが流れたとき、オレは思わずおそ松を見た。おそ松はそれまで平然とした様子で朝ご飯を食べていたが、ニュースを目にした途端、箸を止めた。
     ……それは『諦観』という表現が一番似合うのかもしれない。産まれたときからずっと一つ屋根の下で暮らしていたが、まったく見たことのない表情だった。しかし、それもつかの間、オレの視線に気づいたおそ松はすぐ元の腑抜けた笑顔に戻り、「ラッキーじゃったのうカラ松ぅ」とオレの背中をバシバシ叩いてきた。
     ラッキーじゃった、のか? オレは「ほうか」と適当に返事をしたが、どこか納得できずにいた。何故ニュースを見たとき、あんな表情をしたのか。何故あのとき、いつになく真剣な眼差しで、普段と異なる道を提案したのか。いくら頭からっぽなオレでも、あのときの出来事は“作られた偶然”なのだと子どもながらに感じていた。
     そして、後にオレは、おそ松が見せた“あの表情”の意味を知ることになる。






     邪眼の鬼






     桜もとっくに散り、夏に近づく日照りの季節。赤塚県赤塚刑務所の門が開き、一人の男が出てきた。彼は大きく伸びをすると、懐から白い封筒を取り出した。釈放前日に送られてきた手紙だ。封には松能松造と書かれており、中には午前九時に迎えに来るという内容が記載されていた。
     待ち合わせ場所は、刑務所から少し歩いた公園前とのことだったが……男が歩いていると、確かに公演前に黒塗りの高級ワゴン車が停車していた。運転手が男の存在に気づくと、窓を開けて手を振った。
    「兄貴〜! カラ松の兄貴〜!」
    「チョロ松!」
     運転手は一つ下の弟のチョロ松だった。チョロ松に向けて男――カラ松は軽く手を挙げる。懐かしい弟の姿に、知らぬ間に口角が上がっていた。
     続いて、車の後部座席のドアが開き、三番目と四番目の弟である、十四松とトド松が降りてきた。
    「兄貴、お務めご苦労さんです!」
    「ご苦労さんです、アニキ〜!」
    「トド松、十四松。あんたら元気にしよぉたかいの?」
    「うん! ぶち元気じゃー!」
    「はは、十四松は相変わらずよのう」
    「ほいじゃあとにかく乗りんさい、兄貴」
     トド松が促すので、カラ松は後部座席の右側に座った。隣にトド松が乗り、十四松は助手席に移動する。ワゴンは六人乗りなので広々としている。そういえば、兄弟があと二人足りない。
    「カシラと一松は?」
    「二人は家で待っちょるよ。わざわざ全員で行かんでもえかろうって」
     チョロ松はそう言いながら車を発進させる。カラ松はふと、窓の外の景色を眺めた。知り尽くした街並みに、所々に覚えのない店や広場がある。しばらく走ると、ちょうど綺麗に整備された赤塚駅が見えた。自分が刑務所に入所する前は、まだ建設中でもう少し狭かったはずだ。
     ――入所してから三年か。決して短いとは思えない年月だった。
     カラ松は世にも珍しい六つ子であり、極道だ。赤塚県で勢力を上げている『弱居組』の直系傘下の一つ『松能組』の次男として、赤塚県呉松市で産まれ育った。ちなみに三男にチョロ松、五男に十四松、六男にトド松がおり、長男と四男は家で待っている。
     弱居組は同じく赤塚県の『出川阪組』と度々衝突していた。大方出川阪組が縄張り拡大のため、弱居組を挑発して先に手を出させることで、戦争を勃発させようという算段だったのだろう。もちろん弱居組組長もわかっていたため、どんな挑発にも乗らないよう組員にきつく言いつけていた。
     そして三年前、弱居組の縄張りで、出川阪組のチンピラが弱居組傘下の組員のシノギ中に襲いかかるという事件が勃発。いわば当たり屋だったが、奴らの計画は見事に成功し、駆けつけた警察によって出川阪組組員と応戦していた弱居組傘下の組員も取り押さえられた。その傘下が、松能組五男――松能十四松だった。
    「十四松が捕まった」
     松能事務所で、年一回あるかないかの松能組緊急会議が開かれ、おそ松は開口一番にそう発した。彼は事務所の役員デスクに着いており、そのデスクを囲むようにして、四人の弟たちが正面に立っている。彼らも事の重大さは既に耳にしており、誰しもが深刻に眉を潜めていた。「今頃アミかかっちょるとこじゃろう」というおそ松の言葉に、一松は歯を食いしばった。
    「十四松はあがぁな挑発に乗るようなやつやない。出川阪の野郎が無理矢理こじつけたんじゃ。なんになして十四松が!」
    「落ち着きんさい一松」
     荒げた声を上げる一松を宥めるチョロ松。おそ松はカラ松に目を向けた。
    「……カラ松。しばらく組任せたで」
    「は?」
    「サツにゃあ俺が十四松に指示したと伝える。ほいじゃあ十四松も去ねるじゃろう。あいつは悪うない。悪うないが、爪が甘かった。まぁこうなってしもうたらしゃあなぁけぇ、若頭の俺が落とし前つけにゃあいけんじゃろ」
     確かに、若中の十四松なら情報を持っていないと判断されればすぐに解放されるだろう。だがそのかわり、若頭――それも指示した本人となると、ほぼ確実に実刑となってしまう。
     ダメだ。それだけは絶対に阻止しなければいけない――カラ松は「のうカシラ」と口を開いた。
    「出川阪はアコギなやつじゃけぇ、カシラが弟見捨てんこともわかっちょるはずじゃ。このままカシラが捕まったとして、やつの思う壺じゃあ思わんね?」
    「……何が言いたい?」
    「オレが出頭する」
    「はぁ!? おどれ何言よぉるんかわかっちょるんか!?」
     カラ松の発言に噛みついたのは、おそ松ではなくチョロ松だった。カラ松は話を続ける。
    「オレの代わりは四人もおる。じゃが若頭はカシラ一人だけじゃ。今あんたをこがぁなやっちもないとこで失うわけにゃあいかん。オレかて一応若頭補佐じゃ。そこそこ座布団あるけぇむこうも納得するじゃろう。サツにゃあオレが独断で十四松に指示した言うてくれ」
     チョロ松と一松は悔しそうに顔を歪ませ俯いた。トド松は目に涙を溜め、不安げな声で「カラ松兄さん……」と呟く。カラ松はそんな末弟の肩を叩き、若頭に頭を下げた。
    「頼んます。カシラ」
     若頭を排除することはできなくても、その右腕がいなくなるなら、出川阪も満足してしばらく大人しくなるかもしれない。万が一暴れ出したとしても、弱居組には松能おそ松がいる。なにより……自分が出頭することで、大事なおそ松と十四松が助かるならそれでいい。
     おそ松はしばらくカラ松を睨みつけていた。しかし、カラ松の揺るがない姿勢に心が折れたのか、やがて深い溜め息をついて脱力した。
    「こんのいちがいもんが。勝手にせえや」
    「ありがとうございます」
     カラ松は再び頭を下げ、早速警察署に行くため踵を返す。背後ではすすり泣くトド松の声が聞こえてくる。胸が痛むが仕方がない。
     そして、事務所の扉を開ける直前、おそ松が呼び止めた。
    「カラ松。あんたぁ……俺を買い被りすぎじゃ」
     カラ松は思わず振り返る。おそ松は座っている椅子を回して扉に背を向けていた。右腕で頬杖をついて窓の外を眺めているため、顔は見えない。それでも彼の台詞から、彼が今どんな表情をしているのかは容易に想像がつく。昔、ニュースを見たときの、“あの表情”が頭に浮かんだ。
     そんな顔はさせたくなかったんだがなぁ……カラ松は苦笑し、それから愛おしいものを見るように目を細めた。
    「そがぁなことないで、おそ松。オレの目はいつだってあんたが輝いて見よぉるよ」

     ――そして、カラ松は馴染みのある刑事の下へ出頭し、入れ替わるように十四松が釈放されたのだった。
    「……アニキ。あんときはほんまごめん。ぼくがヘマせんかったらアニキがムショに入るこたぁなかったんに」
     助手席の十四松は、声を震わせ俯いた。面会で一松と一緒に来てくれたことがあるが、そのときの十四松もカラ松を見るなりボロボロ涙を流し、とても話せる状態ではなかった。
     不可抗力とはいえ、十四松を庇った代わりにカラ松が罰を受けたのだ。彼が落ち込むのも無理はない。カラ松は後部座席から、なるべく明るい声色で十四松を励ました。
    「大丈夫じゃけぇ十四松。ほれにあんたのお陰で赤塚の空気がうまいって気づけたけぇの。あ〜シャバの空気が新鮮なことよ」
    「じゃけぇアニキ……」
    「のう十四松。タバコ持っちょらん?」
    「え? タバコ?」
     キョトンとする十四松の横で、チョロ松が深い溜め息をつく。
    「空気うんまい言よぉたやつがタバコ吸うんかい。三年間禁煙しよぉたんはなんじゃ」
    「ほうじゃけぇ口が寂しゅうて寂しゅうて」
    「まったく……十四松持ってないんかいの?」
    「ちぃと待ちんさい。一松アニキから貰うたやつがあるけぇ、ええと……これじゃ」
    「おう。ありがとさん」
     カラ松は十四松からタバコを受け取り口に含む。トド松がつかさずライターを点し、タバコに火をつけた。一口吸って、吐く。その煙に包まれながらカラ松は微笑んだ。
    「十四松、これで貸しはチャラじゃ」
     十四松の息を呑む声が聞こえる。カラ松の意図に気づいたトド松は安堵の息をついたが、今度は充満するタバコの匂いに顔をしかめた。
    「兄貴、タバコ吸うんなら窓開けんさい。最近車ん中煙たくてしゃあなぁけぇ」
    「ああすまんのう、トド松」
    「……カラ松のアニキ」
    「何じゃあ十四松。まだ心配かいね?」
    「ううん。……ありがとう」
     十四松の言葉に、カラ松は「おう」と軽く返事し、満足気に微笑んだ。弟を助けることができたのだ。この三年間は決して無駄ではなかった。
     開いた窓から春の暖かな陽気と爽やかな風が入り込んでくる。道路の脇には植木が緑色に生い茂り、夏到来の兆しを感じさせる。風に混じったタバコの匂いにくすぐられ、チョロ松が十四松に手を差し出した。
    「兄貴吸うちょるん見よぉたら僕も吸いたくなってもうた。十四松、僕にもタバコくれんかいの」
    「ええよー。はい、チョロ松アニキ。火ぃつけんね」
    「何なんもう。ボクの兄貴喫煙者ばっかやん」
    「トド松もこの機に吸うてみんかいね?」
    「絶対いや。ボクはチョロ松兄貴と違うて清い肺でいたいんじゃ」
    「もう副流煙でやられちょるじゃろ」
    「みんながボクの横でスパスパ吸いよるけぇのう! 特にカシラとチョロ松兄貴! あんたらのせいでボクの服煙臭いんじゃけど!」
    「あーはいはい。すまんすまん」
    「全っ然気持ち込もっちょらんなぁ!」
     賑やかな弟たちの会話を聞きながら、懐かしさのあまり自然と喜色満面に溢れるカラ松。兄弟が変わっていないようで安心した。変わっていないといえば……ふと、自分の故郷が気になった。
    「呉松は変わっちょらんかいの?」
     カラ松の質問に、十四松はうーんと頭を捻り、三年前の呉松市を思い出す。
    「変わっちょらんの〜。のうトッティ?」
    「駅前に新しゅう店できたくらい? あたぁカラ松兄さんがお世話しよぉるバーに新人入っちょったよ」
    「『男ダヨーン』に?」
     『男ダヨーン』は呉松市内のオカマバーだ。シノギでは関係なかったが、そこで働いているママが気さくな人で、カラ松もおそ松や弟たちを連れてよく遊びに行っていたのを覚えている。まるで第二の実家のように居心地の良い店だった。
    「懐かしいのう。オレがおらん間誰が面倒見よぉたんじゃ?」
    「カシラじゃ」
     チョロ松の回答に、カラ松は驚きで目を見開いた。男ダヨーンへ一番連れて行ったのはおそ松だったが、「俺ぁ女が好きなんじゃ。男の女装にゃあ興味なぁ」とか言って、彼が一人であの店に行くことなど今までなかったというのに。
     チョロ松に続いて、トド松と十四松も口を開く。
    「そういやぁカシラ、ようけ『男ダヨーン』に入り浸っちょったのう。あんなぁしょっちゅう酔い潰れちょったけぇ、回収するんも大変じゃったわ」
    「ママにお気に入り認定されちょったで!」
    「ほうか……」
    「ま、早う去ぬろうや。みんなカラ松んこと待っちょるよ」
     チョロ松はそう言って、ハンドルを切った。高速道路に差し掛かる。車に入り込む風が一気に強くなったため、カラ松は車に設置された灰皿でタバコの火を消して窓を閉めた。呉松到着まで、あと一時間といったところか。
    「久しぶりの呉松か……」
     早く我が家に帰りたい。早くあの人に再会して、三年間恋い焦がれていたあの柔らかな肌と温もりを、この胸に抱き寄せたい。カラ松は頭の中で、満面の笑みで自分の名を呼ぶ兄の姿に思いを馳せるのだった。

    ――――――――――

     出頭後の気の緩みのせいか、気づけばカラ松は車の中で眠っていた。「兄貴、はぁ着いたで」とトド松に肩を揺さぶられ、カラ松は重い瞼を起こし、目を擦る。既に車は停車しており、ちょうどチョロ松と十四松も車から出ようとしていた。
    「一松アニキ〜! ただいま〜!」
     そう言って、十四松が玄関に走っていく。玄関前には懐かしい三番目の弟、四男の一松が立っており、「十四松。おかえりんさい」と微笑みながら十四松を抱き止めていた。変わらない弟の姿に安心して、カラ松も急いで車から降りた。
    「おう、一松。久しいのう」
    「……ッチ!」
    「えっ」
     あれ、オレ今舌打ちされた? 見れば一松の顔は、十四松に向けていた笑顔が消え失せ、いつもの死んだ目に戻っている。いや、確かに一松の自分に対する態度は昔からこうだったが、それにしても三年ぶりの再会だというのに全くもって歓迎されていないのは何故だ?
     相変わらず弟の理不尽な態度に困惑するカラ松。そんな彼に向かって、一松は軽く頭を下げた。
    「お務めご苦労さんです、カラ松の兄貴。ほれちゃっちゃと入れ」
    「お、おう。ありがとう一松。ほいじゃあ……」
    「あーっ!」
    「わっ!? 何じゃあ!」
     横を通り過ぎようとしたところで、突然大声を上げる一松。その音量にカラ松は驚くが、一松は気にせずニヤニヤしながら口を開いた。
    「居間と勝手場にゃあ入っちゃいけんよ。一応忠告したけぇね……」
     松能家の自宅は、玄関に入って正面が居間で、右手が台所になっている。そこに入ってはならないとなると、二階の六つ子の部屋に行くか、事務所である隣のビルに行くしかないのだが……。どうして居間と台所に入ってはいけないのだろうか。
     カラ松は不思議に思いながらも、一松に了承して玄関のドアを開ける。すると、玄関ホールに黒スーツの男が、仁王立ちで腕を組んで待ち構えていた。
    「――カラ松」
     懐かしい声に、カラ松は歓喜余って涙が出そうになる。
    「おそ……」
     おそ松だ。三年ぶりのおそ松が、目の前に。
     今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるが、いかんせん、今の彼は“仕事モード”だ。弟たちがいる前で抱こうとすれば、恥ずかしがり屋の彼にたちまちぶん殴られるのは目に見えている。再会初っ端からゲンコツを食らうのは流石に避けたい。カラ松は己の欲望をグッと我慢して、若頭に頭を下げた。
    「カシラ。ただいま戻りました」
    「おう、ご苦労さん。事務所で親父が待っちょる」
    「親父が?」
     おそ松は玄関を出て隣のビルへ向かって歩き始めた。カラ松も慌てておそ松の後ろをついていく。家の外観も、ちらりと見えた玄関周りも、三年前と変わっていない。古い木の匂いがカラ松の鼻につき安心感を覚えた。たまにある出張から帰ってきたときも、こんな気分だった。
     『松能不動産』と書かれた看板のビルに入り階段を上っていく。五階の廊下の奥部屋が組長室だ。「失礼します」と言って、おそ松が組長室のドアを開けた。部屋の奥には役員デスクがあり、そこに父親であり松能組組長――松能松造が座っていた。
    「ご苦労じゃったのう、カラ松」
     松造はそう言って、おそ松とカラ松を応接間のソファに座るよう促す。二人が大人しく座ると、彼はカラ松を見て話しかけた。
    「身体はどうかいの? 三年間のムショ暮らしは長かったじゃろう」
    「なかなか刺激的な場所でしたよ」
    「ほうか……あんたにはようけ助けられたのう。あんとき若頭がおらんくなるのは、松能組ひいては弱居組にとっちゃあ良くない時期じゃった。かといって捕まったんが若中だけじゃあ、出川阪組が何アヤつけて暴れ出すかわからんかったけぇ」
     松造の台詞を聞き、おそ松は目を伏せた。弟を出頭させたことを気にしているのだろうか。カラ松は心配させまいと平然とした装いを松造に見せる。
    「フッ……カシラは松能組で欠けちゃあいけん存在じゃ。オレでええなら、カシラん代わりにお務めでも何でもします」
    「がはは! えらい頼もしゅうなったのうカラ松! 引き続き若頭補佐を頼んだで」
    「親父ぃ。仮にもコイツ出所したばっかなんですから、あんまりコキ使わせんちょってください」
     豪快に笑う松造を見ておそ松は呆れたように苦笑する。その様子にカラ松は内心ホッと安堵した。よかった、いつものおそ松に戻った。
    「ほいで親父、用事っちゅうんは?」
     カラ松がそう尋ねると、松造の顔から笑顔が消え、途端に真剣な表情になった。
    「近々行われる弱居組幹部会にあんたらも参加してほしい」
     おそ松とカラ松は顔を見合わせた。おそ松も初見だったのか、目を見開いて驚いている。
    「元々定例会はしよぉたが、今回は緊急会議じゃ。松能組からはわしと、組長護衛としておそ松、カラ松の三人で行く」
    「招集かいの?」
    「招集たぁちぃと違う。じゃけぇ他の弟は呼ばんつもりじゃ。まぁ招集されんのも時間の問題じゃろうが」
     おそ松は眉間にシワを寄せ、悩ましいように腕を組んだ。彼には思い当たる節があるようだが、出所したばかりのカラ松にはてんでわからず、恐る恐る手を挙げた。
    「あ、あのー……なしてそがぁな事態になっちょるんですか。また出川阪組が当たり屋みとうなことやっちょるんかいね?」
     カラ松の質問に、松造は深く溜め息をついた。
    「……あんたが捕まった後、出川阪組は羽多暴会の傘下に入った」
    「羽多暴会!?」
     カラ松は驚きのあまり思わず立ち上がった。羽多暴会といえば、通常『虎威の羽多暴』――金筋揃いで関西一の勢力ともいわれる裏社会トップの一つだ。
    「なしてあんな大物が出川阪なんぞちんけな組を傘下に?」
    「今の羽多暴会は関西だけに留まらず、どんどん西に進出しよぉる。赤塚を手に入れるために、出川阪組を傘下に入れたんじゃろう。出川阪組とて、ケツモチが羽多暴会にゃあ文句は言わん」
     出川阪組が羽多暴会の直系傘下になる話は、前々から進んでいたそうだ。三年前――十四松が出川阪組の三下に襲われた時も、裏で羽多暴会が指示したと噂されている。出川阪組を手に入れたとなると、羽多暴会の次の標的は必然的に弱居組になる。「弱居組はどうするんじゃ」とカラ松が尋ねると、松造は困ったように首を横に振った。
    「まだわからんが……まぁ入らんじゃろう。羽多暴会たぁやり方が違うけぇのう」
    「やり方なぁ……じゃが、なして羽多暴会は今んなって幅利かせ始めたんかいの? 何か焦っちょるんか……?」
    「大方、東の勢力に対抗するためじゃろう」
    「東の勢力?」
    「おう。実は……」
     しかし、松造が語ろうとしたところで、突然ガチャッと組長室のドアが勢いよく開いた。
    「ちょっとお父さん! いつまで話しちょるんですか! もう料理冷めちゃいますよ!」
     部屋に入ってきたのは、なんと松能組紅一点、六つ子の母松代だった。セーターとタイトスカート、腰エプロン姿は一見昭和の母そのもの。しかしその実、ミカジメの回収やシノギに関しては誰よりも手腕で、彼女の逆鱗に触れたら最後、撫でるような手つきで吹っ飛ばされるのだ。松能組の裏ボスであり、松造も六つ子も頭が上がらない人物である。
     松代は部屋に入るなり、カラ松を見て「あらカラ松、お務めご苦労様」と微笑んだ。呆然としていたカラ松は咄嗟に言葉が出ず、代わりにブンブンと首を縦に振る。組長の呼び出し中に松代が介入してくることなど滅多になかったのだが。松造も困惑気味で口を開いた。
    「か、母さん。もうすぐ終わるけぇ、ちぃと待ちんさい……」
    「そがぁなこと言うていつも長うなっちょるじゃろ! 早うせにゃあみんな飲み始めちゃいますよ!」
    「ちょ、母さん! しーっ、しーっ!」
     おそ松が慌てて松代に駆け寄り、自身の口に人差し指を当てた。松代もハッとして口元を手で隠す。何か隠し事があるのか? と、カラ松が首を傾げていると、松造が大きく咳払いした。
    「ゴホン。ま、まぁ詳しくはおそ松から聞いてくれんかいの。放免したばっかじゃけぇ、今日はゆっくり休みんさい」
    「わ、わかった」
    「ほいじゃあここらで失礼します」
     おそ松がそう言って組長室のドアを開けるので、カラ松も慌ててお辞儀をして部屋を出ようとする。すると松造に「あーほうじゃ、カラ松」と呼び止められた。カラ松が振り返ると、松造と松代は穏やかな笑みを浮かべ、カラ松を見つめていた。
    「おかえりんさい。……よう無事に去んでくれた」
    「ふふ、そうですねぇ。おかえりんさい、カラ松」
    「……ただいま。父さん、母さん」
     それは極道や地位など関係ない、ごくありふれた親子の会話だった。

     おそ松とカラ松は事務所から出て自宅に向かう。カラ松はおそ松の後ろをついていきながら、彼の背中をじっと見つめた。
     若干痩せただろうか……。そう考えていると、おそ松が突如ポケットから携帯電話を取り出し、ポチポチとボタンを押し始めた。
    「なんじゃあそのケータイ、やけにちいこいな」
    「あー……あんたがおらんときに買い替えたんじゃ」
    「新型か。ええのう」
    「あんたの分も買うたるけぇ。……よし、カラ松。居間に行くで」
    「居間は入っちゃあいけんと違うかったか?」
    「今度はええよ。カラ松先入りんさい。みんな待っちょる」
     おそ松はそう言いながら、自宅の玄関のドアを開けた。「ほれ」とカラ松に先を促すが、彼は一向に家に入ろうとしない。玄関前で立ち止まって、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。おそ松は不思議そうに首を傾げた。
    「どうしたん? そがぁなとこで止まっちょらんでちゃっちゃと入りんさい」
    「……なぁおそ松。トド松から聞いたんじゃが、オレがおらん間『男ダヨーン』の面倒見よぉてくれたん、おそ松なんじゃって?」
     カラ松の名前呼びに対して、おそ松は思わず怪訝に眉を潜めた。弟たちには外ではカシラと呼ぶように言いつけており、特に一つ下の弟はそのルールに徹底しているが、こうしてたまに名前で呼んでくるときがある。そういうときは大抵プライベートな話題か、あるいは……下心があるときか。
    「別に変じゃなぁ。部下がおらんときゃあ上司の俺がフォローするもんじゃろう。『せっかく去れたのに大事な店なくなってもうた〜』なぁんてことあったら可哀想じゃし。かといって他所もんに取られるんも癪じゃし。まぁミカジメ取っちょるわけじゃのうが……」
    「ふふ」
    「何笑うちょるん」
    「なんでもない。ぶち嬉しいだけじゃ。ありがとなぁおそ松」
     そう言ってカラ松は、自慢の眉を八の字に下げ嬉しそうに笑った。きっと背景を描くなら彼の周りに花が咲いていることだろう。それほど無邪気な笑顔を向けられ、恥ずかしくなったおそ松は、思わず顔を逸らした。
    「ほ、ほうか。ほいじゃあなんも問題ないのう。ほら早う来んさい」
    「なぁおそ松」
    「今度はなんじゃあ」
    「オレがおらんくて寂しなかったか?」
    「さみっ……は、はぁ!?」
     カラ松はすぐさま玄関に入ると、動揺するおそ松に詰め寄ってきた。おそ松は慌ててカラ松から逃げようとするが、土間と廊下の段差につまづき、倒れるように尻もちをつく。そんなおそ松を逃さんとばかりに、カラ松は兄に覆いかぶさった。
    「ちょ、何するんじゃカラ松!」
    「オレぁぶち寂しかった。ムショ生活は何ともなかったんじゃが、一分一秒でもおそ松に触れられんことだけが辛かった」
     カラ松はおそ松の右手を取り、彼の手の甲にわざとリップ音を立ててキスを送る。
    「んなっ!?」
    「おそ松は? オレと同じ気持ちかいね?」
     カラ松はそう言って、手元から顔を少しだけ上げる。視界には羞恥のあまりわなわなと震え、顔を真っ赤にしたおそ松が映った。まるで顔は茹でダコで、口は鯉のよう。恋しすぎて今すぐ触りたいのは本当だが、少しイジメすぎただろうか……とカラ松が少し反省していると、おそ松は涙で潤む目を逸らして、消え入りそうな声で答えた。
    「……お……」
    「ん?」
    「お、同じじゃ……俺も、か、カラ松おらんくて……寂しかった……」
     ――前言撤回。一ミリ程度だった反省が一瞬で頭から吹き飛んだ。
    「お……お……おそ松〜! 可愛ええな〜おそ松〜!」
    「うぎゃあ! あ、アホ! 離れんさい!」
    「おいコラ上二人! 廊下で騒いどらんでちゃっちゃと入ってこんかい!」
     今にもおっ始めん勢いでおそ松に抱きつくカラ松。その声が廊下の奥の居間にまで響いていたのか、ついにチョロ松が居間の襖を勢いよく開けて怒鳴り込んできた。そういえば、弟たちが居間で持っていることをすっかり忘れていた。
     さらにおそ松からゲンコツを食らい、「あいでっ!」とカラ松は悲鳴を上げる。その隙にカラ松の腕から逃れ、立ち上がるおそ松。真っ赤な顔であわあわと逃げている様も、小動物みたいで可愛いと思えてしまう。「おどれそれ以上調子こいちょったらブチのめすからな!」と物騒な台詞を吐いているが。
     仕方なくカラ松も立ち上がり、居間に向かう。おそ松とチョロ松が、居間の襖を閉めたまま手前で待っていた。そういえば、最初に入るのはオレでないといけないんだったか。チョロ松が右親指で襖を指し、「早う」と促すため、カラ松はよくわからないまま襖を開けた。
     すると、
     ――パンパーン!!
    「カラ松兄さん、お帰りんさーい!」
    「お帰りんさーい!」
     襖を開けた瞬間に鳴り響く複数の発砲音。と同時に何枚もの紙テープが空中に舞った。
     ……今何が起きた? カラ松が心臓をバクバクと鳴らしながら、恐る恐る視線を下げると、卓袱台を囲んで座っていた一松、十四松、トド松の三人がクラッカーをこちらに向けていた。卓袱台の上にはいくつもの瓶ビールと、皿に大量に盛られた唐揚げやチャーハン、ポテトサラダがある。
     ぱ、パーティー……? 驚愕のあまり微動だにしないカラ松を見て、後ろからおそ松が怪訝そうに声をかける。
    「なんじゃあカラ松、固まっちょるで」
    「お、音鳴ったんかと思うた……!」
    「えへへ、サプライズ大成功じゃ〜!」
     カラ松の感想を聞き、嬉しそうにはしゃぐ十四松とトド松。その横ではご満悦な一松が、悪い顔で笑った。
    「ヒヒッ。鳩が豆鉄砲食ろうたみたいな顔しちょるな、クソ松」
    「待ちに待ったカラ松の放免じゃけぇ、サプライズじゃってみんな張り切っちょったんよ。のう一松」
    「ほんまウチの組は他所んとこより平和じゃのう……」
     一松に続いて、部屋に入ってきたチョロ松が呆れ混じりに説明してくれた。発案者は十四松とトド松だ。松造の許可を得てビールや日本酒を買い揃え、松代も張り切ってカラ松の好物を沢山作ってくれたという。
     一松が最初に言った「居間と勝手場には入らないように」というのは、サプライズ企画がバレないようにするためだったのか。カラ松の目が感激のあまり涙で潤む。
    「ほ、ほうか……みんなありがとう……!」
    「ほれカラ松兄さん、泣いちょらんでこっちこっち!」
    「お、おう」
     トド松に呼ばれ、カラ松はチョロ松とおそ松の隣に座る。向かいでは一松が、事務所から戻ってきた松造と松代を隣に座らせていた。グラスにビールを注ぎつつ、松能家全員が揃ったところで、おそ松が立ち上がった。
    「よし、みんなビール持ったな? ほいじゃあ、カラ松放免を祝して……カンパーイ!」
    「カンパーイ!」
     各々がグラスを当ててグビグビとビールを飲み干していく。それから次々と松代お手製の料理に手をつけ始めた。ハムやきゅうりの入ったポテトサラダ、味つけの濃い唐揚げ、ホカホカの白米……どれも獄中では味わえなかったお袋の味だ。そして、ワイワイと騒ぎ出す兄弟と両親。三年ぶりに視界に映る家族団欒の様子が、カラ松の涙腺を緩ませる。
    「……ほんま賑やかじゃのう、松能家は」
     ポツリと呟いた言葉が、隣にいるおそ松にも聞こえていたのだろう。彼は無言で笑いかけながら、カラ松の頭をワシワシと撫でたのだった。
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