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    MIlktea2_1

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    伝奇松の紫坂一視点。へそウォ先生を無視したオリジナル設定。不定期更新はご了承ください。何話か書いたらまとめて支部へアップします。

    紫の章3談目「父の行方」③ 語り手:紫坂一

     松野出版社からの帰り道、おれは情報を整理するため、近場のカフェに入った。テーブル席についてから、ウェイトレスを呼んでメロンソーダを注文する。それを待っている間、おれは早速スマホを持ち、とあるワードを検索していた。『鬼塚伝説』――松野さんが呟いた言葉だ。
    「ダメだ……やっぱり出てこない」
     伝説と呼ばれているのだから神話に基づく伝記かと思っていたが、それらしき話は一切見当たらない。鬼塚とそのまま検索すると、どうしても漫画の主人公が検索にひっかかってしまう。
     おれはカバンからノートを取り出した。アナログ的なだが、頭を整理したり、忘れたくないことがあるとメモを取る癖がある。おれは早速ノートに「鬼塚伝説」と書いた。
     「鬼」というワードで思いつくのは、大江山の酒呑童子だろうか。源頼光が酒呑童子の首を斬った逸話は有名だ。そもそも頼光には妖怪退治の逸話がいくつも存在していて、土蜘蛛や丑御前、鬼童丸などが挙げられる。部下の渡辺綱も羅城門の鬼を斬ったとなんとか。あとは、鈴鹿山の大嶽丸が有名だろうか。
     そもそも鬼には色んな種類があり、よくある怨霊や生きた人間が鬼になるパターンや、藤原千万の四鬼のように鬼が使役されているパターン、地獄の獄卒、中には鬼神として奉られているものもある。つまり鬼に関する逸話は数え切れないほどあり、スマホの検索でひっかかるような有名な話が赤ツ鹿村の鬼塚伝説と結びつくとは限らないのだ。
     それに妖怪の全盛期が平安時代なこともあって、有名な神話や伝記の舞台は京都を中心とした西日本が多く、関東はあまり聞かない。もしかすると鬼塚伝説は赤ツ鹿村にしか伝わっていない逸話なのかもしれない。
     赤ツ鹿村に行ったら、この逸話についても調べてみないと。父の消息と関係あるかは不明だが、少なくとも松野さんが取材を断念した理由はあるはずだ。
    「父さん……」
     思わず呟いてしまう。松野さんにもう少し当時の父の様子を聞いておけばよかったと後悔が押し寄せる。父さんがわりと秘密主義なのはわかっていた。でも何か思い詰めることがあったのなら、せめて身内のおれだけには打ち明けてほしかった。
     おれが大きな溜め息をついていると、ちょうどウェイトレスがメロンソーダを運んできてくれた。
    「おまたせしましたぁ。メロンソーダです」
    「あ、どうも」
    「追加のご注文はなさいますか?」
    「いえ、結構で……」

    「――じゃあホットコーヒーを一つ」

     突然、見知らぬ声が耳に入った。おれは咄嗟に正面を向くと、テーブルの向かい側に知らない男が座っていた。黒いポロシャツを着ていて、髪をオールバックに仕上げた三十代前後の男。室内なのに薄い色の入ったサングラスをつけている。
     ウェイトレスは特に疑問を抱く様子もなく、注文を受け付けると、男の分の水とお手拭きを置いて去ってしまった。男はゆっくりとおれに向き直り、ニコリと微笑んだ。
    「やぁ。こんばんは」
    「だ、誰だ!?」
     おれは悲鳴に近い声で叫んだ。全く知らない人が同じ席に座っていること、それにおれが全く気づかなかったこと、今この状況が恐怖でしかなかった。しかし、男は「ああ、すまない」とひどく平然とした様子で名刺を取り出した。
    「オレは青戸唐次。松野出版社で働いているただのしがない記者だ」
     おれは名刺に目を落とす。名刺には『株式会社松野出版社 マツゾー第三編集部 青戸唐次』と書かれていた。
    「えっと……それで、おれに何の用ですか?」
    「君が応接室で編集長に話した会話の内容をオレにも教えてほしいんだ」
    「は?」
     青戸さんはカバンから今時珍しいドライブレコーダーを取り出して、スイッチをオンにすると、「さぁ、どうぞ」とにこやかな笑顔を向けてきた。おれは突然のことで頭がついていけず困惑する。
    「い、いやいや、そんな急に言われても……な、何を話すんですか?」
    「何をって、赤ツ鹿村のことに決まっているだろ」
    「なんでその村のことを……」
    「まぁまぁなんでもいいじゃないか」
     なんでもよくないんだが? おれは突然目の前に現れた得体の知れない男に不信感を募らせた。そもそも、こちらの了承を得ずに取材を始めようとするあたり、自己中というか自分勝手さが垣間見れる。
    「あいにく、初対面の相手にペラペラ話せる内容ではありませんので」
     胡散臭い。信用に足る人ではない。おれは突っぱねるようにそう言った。
     すると、青戸さんは自身のカバンを漁り、一冊の雑誌を取り出し見せてきた。表紙には『月刊マツゾー 100の怪奇譚』と書かれている。
    「これはうちのオカルト雑誌。そして、この頁はオレが書いたやつ」
     そう言って、青戸さんは頁を開く。そこには『青戸と歩く階段 パート12』という題名の、ある事故物件についての記事だった。
    「毎月一頁枠を貰っているんだ。結構人気シリーズなんだぜ。オレの実体験をつづったり、読者から怖い話を募集して、本当にあるのか検証してみたり。これは噂の事故物件に住んだときの感想を書いたものだ」
    「つまり赤ツ鹿村を次の記事のネタにしたいってことね」
    「ザッツライト!」
     青戸さんは嬉しそうに頷いた。
    「オレも色々と調べているが、神隠し事件に怪しい祭りに奇妙な村の風習……その具体的な内容はどの文献にも記載されていない。進捗がなくて悩んでいたところに、たまたま君がやってきたんだ。こんな大チャンス逃すものか! オレが知らない赤ツ鹿村の情報を君が持っているかもしれないんだから!」
    「そんな大袈裟な……おれも大した話は持ってませんよ」
    「いいや、そんなことはないはずだ。君は編集長の異変に気づいたか?」
     異変、というのは松野さんの魂が抜けたような顔のことだろうか。おれが頷くと青戸さんは話を続けた。
    「赤ツ鹿村の話をすると、編集長はいつもあんな阿呆面になる」
    「阿呆面ってあんた上司に失礼だな……」
    「ただ、今日は何かが違った。君が会社を出た後、編集長はフラフラと部屋を出ていった。それで何をしたと思う?」
     青戸さんはおれに尋ねるも、間髪入れずに自答した。
    「――赤信号の横断歩道に飛び出して車に轢かれたんだ」
     しん……と静寂が訪れた。おれの口からは浅い呼吸音が漏れるのみで、完全に言葉を失っていて。数時間前に会った人物が交通事故にあった。いや、自ら飛び出したということはつまり――。
     そこでちょうど、ウェイトレスがホットコーヒーを運んできた。青戸さんはブラックのまま一口すすると、一瞬だが苦虫を噛むような顔になった。まずいなら砂糖でも入れろよ、と頭の片隅でツッコんだところで、ようやく自分が少し冷静になれたのだと自覚する。
    「ま、松野さんは無事なんですか……?」
     青戸さんはコーヒーカップを持ったまま、わざとらしく肩をすくめた。
    「意識不明の重体といったとこかな。すぐ病院に搬送されたが、一命は取り留めたらしい。でも編集部じゃあ君が何か良からぬことを話したから、編集長が自殺を図ったんじゃないかと噂になっている」
     そんな、良からぬことだなんて……おれはただ松野さんに、赤ツ鹿村に一緒に来てほしいとお願いしただけで、変なことを話した覚えはない。「君は編集長と何を話したんだ?」と青戸さんに尋ねられ、おれは必死に松野さんとの会話を思い出す。
    「おれは……おれも赤ツ鹿村について知りたくて、松野さんを訪ねたんです。俺が持ってる赤ツ鹿村の情報なんてネットで載ってるレベルのやつしか……」
    「何か特定の人物や物のワードが禁忌の可能性もある。そもそもなんで赤ツ鹿村を調べていたんだ?」
    「なんでって……」
     行方不明の父を探すため――そう口に出かかり、ハッとした。
    『シラナイホウガイイ』
     松野さんの様子がおかしくなったとき、彼は「鬼塚伝説の」と言いかけた。あのときの松野さんは、赤ツ鹿村の「触れてはいけない事象」を思い出していたのかもしれない。
     鬼塚伝説というワードは言えていたから、鬼塚伝説自体が禁忌ではないだろう。その逸話の裏に隠された真実……それが知ってはいけない禁忌だったのだ。
     その真実を知っているのは、おそらく松野さんと父さんだけ。そして本当なら、二十四年後――今から五年後に再び赤ツ鹿村を訪れるはずだった。だけど父は待てなかった。その理由は? そもそも名刺に書かれていた『24年後にまた会える』は一体誰が書いたんだ? 「また会おう」という書き方じゃないのか? まるで、意図せずとも叶うみたいにとらえられる。
     この話、どこまで青戸さんに話そうか……。大した情報ではないけれど、父の存在と名刺のメッセージは青戸さんも知らないはずだ。
     というかそもそも、おれは青戸さんから赤ツ鹿村に関することを何も聞いていないぞ。記者ならおれよりも調べているだろうし、持っている情報も多い。なのにおれだけ情報提供するのはズルいんじゃないか?
     それにこれはチャンスでもある。
    「松野さんと会話した内容をあなたに教えてもいいですが、条件があります」
     おれは真剣な眼差しで青戸さんを見つめた。
    「おれも赤ツ鹿村に連れて行ってください」
     松野さんがやられ、父ですら無事じゃない不気味な村へ一人で赴くのは流石に不安だった。だから青戸さんみたいな乗り気な人が一人でもいるだけでも安心できる。もし村で何かあったら、最悪青戸さんを囮にすればいいし。
     おれはそんな思いで提案したが、青戸さんは驚きで大きく目を見開いた後、すぐに申し訳なさそうに首を横に振った。
    「悪いが君は来ない方がいい。あの村じゃ何が起きてもおかしくないし、君を守れる保証がない」
    「自分なら大丈夫だと言いたいんですか」
    「いやそういうわけじゃないが……」
    「ならズルいですよ。おれだけ情報を開示するなんて、おれになんのメリットがあるんですか。ここは等価交換でいきましょう。おれはあんたに知ってる情報をすべて渡す。その代わり、あんたはおれを赤ツ鹿村に連れて行く」
    「……」
    「おれだって知りたいんです。村のこと……あそこで一体何が起こっているのか」
     青戸さんのサングラスの奥から鋭い視線がおれを突き刺す。おれは思わずゴクリと息を呑んだ。相手はただの記者だというのに、なんでこんなに緊張しているのだろう。まるで見定められているような感覚だ。
     しかし少し間が空いてから、青戸さんはやれやれと言わんばかりに深い溜め息をついた。それからコーヒーを飲み切ると、パンッと両膝を叩いて席を立ち上がった。
    「よしわかった。そこまで言うなら今からついてきてくれ」
     え、今から? おれは腕時計を確認する。時刻は九時を過ぎていた。
    「何をするんですか?」
    「君の度胸試しさぁ」
     青戸さんはそう言って、おれに向けてウザったらしいウインクをしたのだった。
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